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割れる存在

 気づけば木製デスクが視界に入ってきたようだ。ここはどこで、僕は誰なんだろうと自明の問いを発する。答えを理解していながら、問うことをやめない。
 いつもこうなのだ。ふらっと世界に崩れ墜ちるように、意識が問いを生む。やわらかい肉塊を二枚に裂くと、世界が浸み込んできて、僕は安心する。そして僕は人間の言葉を話して、笑って、この世界で交流する。デスクの裏に手を当てると、そこだけちょっとひんやりと感じた。でもやがてその冷たさも頭にわずかな刺激を与えたきり、それは塊となって形を失い、網膜に映るオブジェクト以上の意味を持たなくなった。
 それで僕はまた不安になって、意味もなく向かい合う人物に話しかけた。嘘。僕はただ自分かどうかもわからない、自分のために話しかけた。声を発するとき、自分の中から何か塊が皮膚越しに通り過ぎるのを感じる。それを感じるとやっぱり安心して、「何でもないよ」と会話をキャンセルするのだった。しばらくすると、ああ、暇だなと思ってその空白を存在で埋めていく。思考を思考で追うのは煩わしいなと思いつつも、一度正気に戻れば絶えず存在を意識することになるのだから仕方がない。ちょっと眠りたいなと思って脳内コーンスープを飲み干すと、そのまま深く眠った。

「あの」

「うん?」

応答しながら、なんか変だぞと直感する。僕はどうしてここにいるんだろう。僕、僕?今目に映る現実とはなんだろう。世界が割れていく。
「ここ、わからないんですけど」「ああ、これはね……」
 僕は今まで、ここにはいなかった。でも今はここにいる。誰か説明してくれ。急に眼前に現れる世界、思考とは無関係に話し出す、自分の声のようでそうではない声。頭は急速に問いを発しているのに、身体は椅子から離れずゆったりと地に続いている。ああ生きているんだなあって思ってそっと手首を握ると脈を感じる。生きているんだ、生きているんだ、生きて……。でも、生きていると感じるのはこの瞬間だけで、次の瞬間には緩慢な生が襲ってくるんでしょう。この一瞬しか生きるということができないなんて。いつか、無機質で真っ白な世界以外で生きることができるだろうかと考えたところで言葉の濁流にのまれ、僕は無意味に眼前に笑いかけた。

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