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『無敵コンチュー丹』でレギュラー作品の完成度の高さを大検証/考察ドラえもん⑨

今回のテキスト:「無敵コンチュー丹」
(「小学四年生」1978年5月号掲載・タイトル「コンチュー丹」/藤子・F・不二雄大全集8巻収録)

ドラえもんは、大長編やタイムマシンを使った大仕掛けのお話とは別に、レギュラー作品ともいえる、6~10ページほどの短編が数多く描かれています。これらは、単行本収録時に加筆が行われ、完成度を高めていることが知られています。

今回は、ドラえもんのレギュラーエピソードの中から、個人的に好きな作品を選んで、お話の構成を細かく見ていこうと思います。ライトな考察の回と考えて下さい。今回は、「コンチュー丹」という作品を取り上げます。

まず、一コマ目。ボロボロになったのび太が「ドラえも~~ん」と泣きついてきます。そんなのび太を冷めた目で見るドラえもん。ドラえもんは、何故か大量のスライムで遊んでいるようです。

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このコマだけで、読者に対し、のび太がジャイアンにやられて何か仕返しをする道具を出して欲しい、というような流れが一発でわかるようになっています。

そしてそんな読者の気持ちを汲み取るようにドラえもんは、「待った、何も言うな」「ジャイアンにいじめられたんだろ」「仕返ししたいから、強くなる道具を出せと言うんだろ」「本当にもう、いつもおなじことの繰り返しで、うんざいするよ」と、かなり冷たく言い放すのでした。

すっかりマンネリな「ドラえもん」の冒頭なのですが、それをメタ化しているようなのび太とドラえもんのやりとりが興味深いところです。ちなみにドラえもんはいつも一人で何をしているのか問題というのがありまして、本作ではスライムという変わった遊び道具をいじってます。これはちょっとした変化球でしょうか。

ドラえもんが出したひみつ道具は「コンチュー丹」という仁丹みたいなもの。「飲むとスーパーマンになるの?」という問いにドラえもんは、虫の力がつくよ」と答えます。するとのび太は「からかわないでくれ、誰が虫けらなんかに」と捨てて出て行ってしまおうとします。

ドラえもんは「虫をバカにするな、モハメド・アリを知っているか?」と聞いてきます。一瞬、話が飛躍するなあと疑問が浮かぶセリフですが、蝶のように舞い、ハチのように刺すというモハメド・アリの戦いぶりを踏まえた発言だと補足が入ります。

モハメド・アリと言えば、対ジャイアント猪木との異種格闘技戦が思い出されますが、これが本作を描かれた2年前、76年6月のこと。視聴率は40%近くまで跳ね上がり、日本中の大注目イベントでした。今読むとわかりづらいのですが、その当時のモハメド・アリは熱狂的な人気者であったことがわかります。

「コンチュー丹」の効果は、チョウの飛ぶ力、ハチの刺す力、アリの怪力、カブトムシのかたい体などが身につくというもの。のび太は早速仁丹を飲んで、これでモハメド・アリになったのか、と飛び出し行きます。ドラえもんの静止を聞かずに…。完全にモハメド・アリが虫の力の代表選手みたいな扱いになっていますが、これはもちろん、「アリ=蟻」というギャグの伏線にもなっています。ジャイアンに戦いを挑むのび太が、「アリになったんだぞ」と息巻く中、あっさりと「じゃアリみたいに踏みつぶしてやる」とあっさりと踏みつけられて返り討ちにあってしまうことで笑いを取るのです。

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再びボロボロとなって帰ってきたのび太にドラえもんは、「効き目が出るには時間がかかる。明日の朝くらい」とのんびりした答えを返します。そして、読者向けに昆虫の豆知識が披露されます。虫が幼虫から一人前になるには、何べんも姿を変えなくてはならない、と虫の変態について図解説明が入るのです。こうした科学的知識を作品にさり気なく登場させるのが、F先生の得意手法です。

のび太に異変が起きます。好きなホットケーキには目もくれず庭の木に登り葉っぱを食べ始めます。ママに止められても、我慢できず、ドラえもんが内緒で持ってきた葉っぱを狂ったように食べてしまいます。この無我夢中の感じが…。そしてその夜、のび太は口から糸を出し始め、朝には見事な繭になっているのでした。

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そして繭からスポンと飛び出すのび太。見た目には変化はないようですが、力はちゃんと付いているのだと説明されます。そしていよいよ戦いへ。道角でのび太とジャイアン(+スネ夫)がぶつかるように出会い、一触即発となります。この邂逅シーンには、カッコいいコマ割りを使って1ページを費やし、対決ムードを高めます。

ここまでで8ページが終了。本作は全10ページなので、ここから一気にオチまで行くことになりますが、この本題である虫の力を発揮するまで、物語の80%を消化させている構成が目を引きます。

本作のように、クライマックス直前までに時間をかけることが、ストーリーテリングにおける大事なポイントであるように思います。まるでジェットコースターの急降下の前の、一番高いところまでカタカタ昇っていく緊張感が醍醐味のように。

ここから1ページでジャイアンを倒します。「カブトムシの硬さ」でジャイアンのパンチを無力化させ、「蝶の舞」でジャイアンの攻撃をかわし、「ハチのように刺す」パンチを繰り出します。最後は「アリの怪力」でジャイアンをぶん回して投げ落とします。これで勝負あり。ドラえもんが最初の方で説明していたコンチュー丹の効能を全て回収する戦闘シーンでした。

ひみつ道具を使って成果を出した後は、その反動が出てくるのが「ドラえもん」王道中の王道。ラスト1ページ。強いと噂が広まって意気揚々ののび太でしたが、小さい子供の虫取り網を見て、怖れに慄きます。「へえ、虫取りあみが怖いの」とドラえもん。

そして家に戻ると、シューシューという煙。ママがハエに殺虫剤を掛けていたのですが、のび太は巻き込まれて玄関先で気絶してしまいます。「殺虫剤にも弱いのか、いいことばかりではないな」とドラえもんのやや無責任な感想でエンドとなります。

ストーリーを振り返ると、10ぺージの中にきちんとした三幕構成とギャグマンガとしてのオチも用意されている完成度の高さに感心します。

まず一幕目の「設定」で、虫の力を得てジャイアンと戦うことにする、というお話の方向性と、一人前の虫になるには何が必要かという知識が提示されます。

次に二幕目「葛藤・対立」では、虫の力を得るためのイニシエーション、葉っぱを食べて繭になる、というターニングポイントが描かれます。

そして三幕目「解決」では、無事ジャイアンを虫の力を駆使してやっつけることに成功します。目的は達成されました。

最後に「オチ」。虫になったはいいが、虫取りに怯え、殺虫剤でやられてしまい、虫になるのも善し悪し、というギャグで締めくくられるのです。

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今回、典型的なお話を分解することで、
①マンネリとの戦い
②ひみつ道具の光と影を描く
③科学的知識など入れて説得力をもたせる
④モハメド・アリなどその時の流行を取り入れる
⑤緻密なギャグ
⑥クライマックスに至る見事な構成
⑦一コマ一コマの情報量の濃さ 

などF先生の技術の高さが克明に見えてきました。こうした作品をドラえもんだけで1000本以上作っていたという事実は衝撃でしかありません。

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