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100年後のぼくと、今のボク/考察みきおとミキオ

「みきおとミキオ」は、「小学四年生」と「小学五年生」の二誌で、1974年5月号から翌3月号まで連載された作品で、全部で22作が描かれた。

この年度は「小学二年生」から「小学六年生」まで「ドラえもん」を連載していたが、並行して本作や「バケルくん」や「モッコロくん」も描かれた。

一説には、この時「ドラえもん」の人気が芳しくなく、打ち切りも視野に本作などが描かれた、と言われている。他にも「キテレツ大百科」や「つくるくん」なども発表していて、おそらく最も多彩な作品を描いた一年であった。一覧化してみよう。

「幼稚園」「小学一年生」 モッコロくん
「小学二年生」「小学三年生」 ドラえもん、バケルくん
「小学四年生」「小学五年生」 ドラえもん、みきおとミキオ
「小学六年生」 ドラえもん
「こどもの光」 キテレツ大百科
「キンダーブック」 つくるくん
「たのしい幼稚園」ほか パジャママン
「小学館ブック」 ドラミちゃん

この他にも短編も数本発表しており、それらをざっと数えあげると、この年度で189作品もの作品を世に送り出している。ひと月に換算して約16本二日に一日のペースで締め切りがやってくるという、聞いただけで過労死してしまいそうなあり得ない状況だったのである。

しかもこの年度中には、「ドラえもん」の単行本が一気に6巻発売されている。単行本への収録にあたり、掲載誌から大部分改訂が加えられており、その作業量も膨大であったはずだ。

僕はこの1974年を、自分が生まれた年ということもあり、藤子F奇跡の年と位置付けたいと思う。

そんな奇跡の年に発表された作品が「みきおとミキオ」なのである。

ここのところ、数回に渡ってF先生の得意レパートリーである、入れ替わりの物語を考察してきた。本作は、現代の自分が100年後の未来の自分と入れ替わる、という「とりかえばや」物語のメインストリームのような作品と言える。

テーマとしては、未来人と現代人のカルチャーギャップを面白おかしく描き出すことで、F作品としては「21エモン」「モジャ公」の系譜に連なるタイトルとなっている。そして、実際、同じようなネタが出てくる。

それでは、具体的な回の見所をダイジェストで追ってみよう。

『昆虫園でデート』(「小学四年生」1974年6月号)
未来のガールフレンドマリちゃんと、昆虫園にデートに行く。100年後の世界(2074年)では、土や生きた虫を見ることが貴重となっている。マリは昆虫園でカブトムシやトンボを見つけて大はしゃぎ。まるでパンダを見つけたようにゴキブリを見ても興奮する。

『水着は海底に』(「小学四年生」1974年7月号)
100年後の海水浴を体験。酸素フィルターを鼻に詰めると、海水の中を自由に泳ぎ回ることができるようになる。イルカにも乗れる。ちなみに100年前のミキオが海で流したパンツを、100年経ってみきおが発見するというギャグも。

『宇宙ヨットで月旅行』(「小学四年生」1974年8月号)
10歳前後の子供たちでも宇宙ヨットを使って月に行くことができる。目的は晴れの海でのキャンプである。ちなみに未来人にとっては、バンガローに泊まって飯盒(はんごう)でご飯を炊いて、キャンプファイヤーを囲む、という現代のスタイルは目が眩むほど魅力的に映っている。

『みきおのかつやく』(「小学四年生」1974年9月号)
月旅行でのトラブルを現代人のみきおが解決していくお話。科学力を享受している未来人にはできないことが、現代人には軽々とこなすことができる、という「21エモン」にも登場したテーマを含んでいる。
作中、2467×13のひっ算を答えて天才だと絶賛される。「人間にはもともと計算する力があった。計算機に頼るようになってできなくなった」と。
体力面でもジャンプ力や腕力、歩く速さなどで未来人を驚かせる。「乗り物や機械ばかりに頼るようになったから、体の力が弱くなった」と語られている。

『かぜをひいたミキオ』(「小学四年生」1975年2月号)
未来人にとって、かぜは未知なる病気。免疫が失われているので、風邪にかかったミキオは、死にそうになるのだが、何とか未来のマリちゃんの力と「ホームドクター」という救急ロボットによって治療されるのであった。

『大地震』(「小学四年生」1975年3月号)
未来では地震のエネルギーが溜まると、それを人工的に「震防車」によって安全な場所に送って散らしている。F世界の未来では、天候や天災をコントロールできる、というような話が多く登場する。

『決とう公園』(「小学五年生」1974年9月号)
未来世界でよく転ぶみきお。未来では自動ドアや動く道など、徹底的に体を動かさずに済むようにできているので、下手に動くと転んでしまうのである。「決闘公園」は、ガス抜き目的に合法的なけんかができる施設のこと。

『人力飛行機』(「小学五年生」1975年3月号)
未来世界で新発売された「フライングクリーム」を手に塗ると、手を羽のようにして空を飛ぶことができる。

『メンバンのチャンピオン』(「小学四年生」1974年12月号)
未来では大型のメンコ、メンバンが世界的に人気のスポーツとなっている。まるで「もしもボックス」で描かれそうな設定である。現代人のみきおは、未来人と比較して力が強いので、試しにメンバンをしてみると、ズバンと凄い能力を発揮して、プロのスカウト合戦にあうことに。

『午後の初日の出』(「小学四年生」1975年1月号)
おぞうにスープや、乗り物のような「たこあげ」など未来のお正月描写あり。さらに大陸間パイプラインでエジプトに行き、ピラミッドの頂上で初日の出を見るという素敵なお話。百年前と日の出はちっとも変わらないという、みきお。「これからの歴史は僕らがこの手で作っていく」という強い決意表明の込められた名作である。


「みきおとミキオ」のエピソードは大きく2種類に分かれている。一つは、未来の科学技術の素晴らしさ、もう一つは、ひ弱になった未来人の姿である。

藤子F先生は、子供向けの物語をたくさん描いたが、その全てに通じるのは、未来への憧れであったり、世の中はどんどん良くなるはずだという希望に満ちた世界観である。特に『午後の初日の出』などにおいては、100年後の世界でも、まだまだ未来への途上であることが語られる。少しずつでも前へと歩みを進めることの尊さをF先生は訴える。

その一方で、科学技術が進化したとしても、人間が退化してはまるで意味がない、というメッセージも強く受け取ることができる。

たった100年ではこうも変わらないかも知れないが、ひ弱になった未来人に近い事例はいくらでもある。

例えばネットの普及で、地図を読めなくなる、漢字が書けなくなる、辞書で調べる力を失う。聞くメディアの発達で、読む力が衰える。リモートの発達で体を動かさなくなるので、体力が落ちたり、視力が落ちたり、成人病になりやすくなる。すぐに検索できるので、考える力を失う、記憶力が悪くなる。

便利を追い求めるということは、逆に言えば不便なことをしなくなるということだ。不便なことをする中に、実は大事な力を育成する機会があるのかもしれない。便利=効率的、不便=非効率、と割り切ってしまう中に、失うものがあるはずなのだ。そうしたことへの警告も忘れていない。


藤子Fワールドでは、入れ替わりの物語が非常に多いことを3回に渡って記事にしてきた。本作などが分かりやすいが、立場が入れ替わることで見えてくる世界がある。F先生は、このジャンルにおいて、異なった立場から見えてくる異なった価値観を描きだすことが好みだったのだろう。価値観逆転の作家と言えるのではないだろうか。

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