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エスパー魔美は二度誘拐される 藤子F「誘拐」ストーリーズ ②

前回の記事では、藤子F先生が「誘拐」をテーマとした作品を数多く描かれている背景には、黒澤映画『天国と地獄』前後から急増した営利目的の誘拐事件があったことを語った。また、身近となった誘拐をギャグのネタに据えた3作品の紹介を行った。

本稿では、F先生の「誘拐」ストーリーズ(一覧は下記)の中から、単なるナンセンスギャグでは終わらない、しっかりとドラマが作られている作品を紹介していく。

オバケのQ太郎『ゆうかい魔に気をつけろ!』
「週刊少年サンデー」1964年42号/大全集1巻
パーマン『ガン子誘拐事件』
「小学二年生」1968年3月号/大全集3巻
SF・異色短編『ヒョンヒョロ』
「S-Fマガジン」1971年10月増刊/大全集4巻
バケルくん『さらわれたのはだれ?』
「小学二年生」1974年11月号
エスパー魔美『ただいま誘拐中』
「マンガくん」1977年11月号/大全集1巻
エスパー魔美『エスパーもさらわれる?』
「少年ビッグコミック」1980年18号/大全集4巻
パーマン『さらわれてバンザイ』
「てれびくん」1983年9月号/大全集7巻
ドラえもん『テレテレホン』
「小学二年生」1984年12月号/大全集15巻

それでは、二本も誘拐をテーマとした作品が描かれた「エスパー魔美」をみていく。まずは1977年発表の『ただいま誘拐中』から。

「エスパー魔美」は基本的に、中学生である魔美の行動範囲で起こる事件や問題を解決する物語で、社会的な大きな事件に関わることはほとんどない。本作は連載開始から11話目だが、初めての大型事件と言ってもいい。

そろそろ大きな事件にも関わらせようという考えもあっただろうが、誘拐が身の回りに起こる身近な事件だったこともあると思われる。


本作では少女の誘拐事件が発生。魔美は一般人なので事件の現場にたちあうのは難しいはずだが、誘拐された家族の中に何食わぬ顔で入り込んで、犯人からの身代金要求の電話を聞いたりする。無理矢理に現場に溶け込んで、誘拐事件の全貌を掴むことに成功するのである。

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犯人の要求は現金2000万。それを誘拐された娘の通学カバンに入れる。待ち合わせは河原の鉄橋高架下。警察側は、犯人をそこでは捕えずに、後を尾行して居所を突き止める作戦である。ちなみに2000万は、この年の物価から単純計算すると、今の3000万位の金額イメージである。

誘拐ものの一つの見せ場は、犯人との現金受け渡し方法である。『天国と地獄』が話題となったのは、鉄道から現金の入ったカバンを投げ落とすというテクニックが受けたことが要因の一つだった。

本作では、そこに犬を登場させる。よく訓練された犬を使って、誘拐した女の子の匂いのついたカバンを奪わせるというテクニックだ。マンガ的だが、実際にもありえそうなアイディアである。

魔美は誘拐犯の家に忍び込むが、女の子がいる気配がしない。もう殺されてしまったのだろうか? そこに、先ほどの犬が襲ってきて誘拐犯に捕まってしまう。最初はビビる魔美だったが、冷静さを取り戻し、テレポートで脱出して高畑くんの家にアドバイスを仰ぎに行く。

魔美は再び誘拐犯の家へ。今度は体をロープで縛られてしまうのだが、ここで魔美のテレキネシスは、手振りがないと発揮できないことが判明し、絶体絶命の危機に。そこに囚われていた女の子が物陰から目を覚ます。麻酔で眠らされていたので、気配がなかったのである。

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魔美は、先ほどの犬が飛び掛かってくるエネルギーを利用してテレポートに成功すると、手も自由になってテレキネシスで誘拐犯と犬に麻酔を打って気絶させるのであった。

誘拐犯のパートナーを犬にするというアイディアがお見事な一本である。
ちなみに本作の序盤で誘拐された家庭に入り込んでいたが、これが次作(12話目)に繋がる伏線の一部となっている。このあたりは、いずれ「エスパー魔美」の考察で触れていきたい。


さて、「エスパー魔美」から、誘拐ネタをもう一本。『ただいま誘拐中』から三年後の1980年発表の『エスパーもさらわれる?』である。

1980年は2月・3月と同一犯による「富山長野連続女性誘拐事件」が発生した年である。この頃は本当に毎年のように誘拐事件が発生し、世の中を騒がせていた。

同じマンガで2度目の誘拐ネタを登場させるにあたり、前回とは全く違うアプローチで作られた作品となる。

両親が5日間の旅行に出て一人留守番をすることになった魔美。ところがフラフラしている所を男に呼び止められ、道案内を口実に車に乗せられて、誘拐されてしまう。

誘拐事件の解決をする側だった『ただいま誘拐中』から一転、今回は魔美が攫われてしまう、というお話となっている。けれど、魔美は超能力者。犯人撃退などは楽勝だが、めったにできない体験なので、スリルを味わってみようとそのまま誘拐犯に捕まってみることにする。

連れていかれたのは、都会から離れた大型団地だが、人が住んでいる気配がない。本作の魔美は常に余裕があり、あまり緊張感がないような筋立てとなっている。ロープで体を縛られるのだが、『ただいま誘拐中』を踏まえて、「いけません、手首を縛られると、テレキネシスが…」と、やはり余裕ある受け答えをしている。

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ここまで読み進めると、犯人の迫力もなく、むしろいい人の様子が伺える。魔美と犯人とのやりとりはまるでコントで、比較的シリアスだった『ただいま誘拐中』とは意識的に作風を描き分けている印象を受ける。

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魔美は犯人が身代金要求の電話を掛けに行く間にロープから脱出し、犯人が電話ボックスに到着する前に自宅へと戻る。そこに犯人からの電話。魔美は母親のふりをして電話に対応するのだが、犯人の威嚇に対して

「まあーーどうましょう。で、身代金はいかほど?」

とはしゃぐ。その後も自ら、

「10億円ぐらいでいかがかしら。受け渡しの場所と時間は? なるべき遠い山の中なんか、人目につかなくて宜しいと思いますわ」

と率先して身代金受け渡しの段取りを整えるのであった。このように、基本ギャグで進む展開だが、ラストは爽快な終わり方が待っている。

結局受け渡しの場所に行けなかった犯人。彼は事業に失敗して借金をこしらえ、止む無く誘拐という手段に出たが、もともと悪事を働けない根のいい人なのだ。

誘拐に失敗したとして、顔を見られた魔美を包丁で殺そうと襲い掛かるが、刺すことはできずに、団地を飛び出していく。魔美は犯人を追わずに家へと帰る。

その夜、警察官に連れられて誘拐犯が現れる。自首してきたのである。しかしそこには誘拐したはずの魔美がいる。警察の問いかけに、そんな人会ったことありません、としらばっくれる魔美。結局悪いことができなかった善良な男を、魔美は見逃したのであった。

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「エスパー魔美」で描かれた誘拐ネタ2本を並べてみてみると、

シリアスタッチ → コメディタッチ
少女が誘拐される → 魔美が誘拐される
犯人が凶悪 → 犯人が良い人
誘拐の手口が詳細 → 誘拐犯の素顔が詳細

見事に描き分けていることがわかる。繰り返すが、魔美の活躍は身近な事件・問題解決に限定している。大事件に発展するような誘拐ネタが二回も登場するのは、誘拐がそれほど身近な事件だからなのだ。

そして、誘拐の手法に凝った作品と、誘拐犯の素顔に迫る作品とで、ネタを描き分けている。それだけ誘拐のストーリーのアイディアがバリエーションに富んでいる、ということなのだろう。


長くなってきたので、本稿はここまで。
次回は、世にも恐ろしい誘拐をテーマとした異色SF短編『ヒョンヒョロ』を解説する。

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