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【ショート小説】ザ・ドライブインシアター



 「これはこれでいいでしょ? 」
 運転席の芽依がポテトをつまみながら聞いてきた。
 「そうだね」と返事して、私も買ってきたお弁当を開ける。
 「ほら、始まるよ」
 うん、と私は車内から大きなスクリーンに視線を移した。今、私と芽依が二人してドライブインシアターにいる理由は、一週間前に遡る。

 「もう人がどんどん殺されて、私思わず叫んじゃって」
 芽依が目の前に置かれたパフェを美味しそうに頬張りながら、デートの様子を話している。その顔はご機嫌そのものだ。
 「それで、芽依は大丈夫だったの?」 一応聞いてはみるが、芽依の行動は予想がつく。どうせしがみついたはずだ、彼に。
「もう、彼にしがみついちゃってさ」
 ほら、やっぱり。付き合ってまだ一ヶ月半だもの、楽しい時期であることは芽依の言動から見て取れる。スマホの写真で見せてもらった芽依の彼は、塩顔のイケメンだ。
 「ドライブインシアターか。ちなみに、彼はどんな車に乗ってきたの? 」
 横に座っている麻美が質問を投げかけた。本当は車には興味がないだろうに、それでも、ちゃんと芽依の話に耳を傾けてあげる麻美は、昔から優しいお姉さん気質。スタイルも良くて美人で聡明だが、彼氏ができてもすぐに別れてしまう。やはり相手が麻美の完璧さに怖気付いてしまうのだろうか。
 「えっとね、車は確かフェラーリのミラノ、じゃなくて……」芽依が彼の車種を思い出せないのか、スマホで調べ出した。
 「もしかして、ローマってやつじゃない?」
 麻美の意外な回答に「えっ、車に興味あったっけ? 」と二人して聞けば「違う違う」と麻美が左右に手を振った。
 「この前彼がね、車の雑誌を見てたから」
 そうだ、麻美も一ヶ月ほど前に彼氏ができたと言っていた。今度は長く続いたらいいな、と麻美の横顔を見てそう願った。
 「今度行こうかな、そのドライブインシアター」
 無意識に自分の口から出た言葉に、彼氏のいない私が一人で行ってどうする、と自嘲した。
 「じゃぁ行こうよ、三人で」
 ね、と麻美がこちらを見て笑った。
 「それ、絶対楽しいじゃん」と芽依も目を輝かせている。そして、ちょっと待ってね、と麻美がスマホで映画のスケジュールをチェックし始めた。
 「由香、楽しいことは分け合うんだよ、私たち」麻美が優しい笑みで言った。

 一週間前のことを思い出していたら、もうスクリーンでは映画が始まっていた。 麻美が指定した映画は年甲斐もなく、学園ラブストーリーだった。横目でチラリと芽依を見れば、ポテトを摘む手が止まって、主人公の男の子に釘付けになっている。

 映画の概要を読んで、観る前はそこまで期待をしていなかったが、意外に始めから面白い展開になっている。スクリーンの中のはしゃぐ高校生たちを見て、十年前の自分達を思い出した。

 高校生活を終盤に迎えた時、麻美が私と芽依を呼んで「友達の定義を決めよう」と言った。

「これから私たちは高校を卒業して、別々の道を歩むでしょ。だから今のようには会えなくなるよね」
 分かってはいたけれども、麻美から紡がれる言葉を耳にすると、あれだけ夢見た大人への階段を登ることを躊躇してしまいそうだった。それくらい、三人でいることの存在意義は私の中でとても大きなものだった。

 そんな不安げな私の表情を汲み取ったであろう麻美が、優しく笑い返し、話を続けた。
 「でもね、これからも楽しいことや悲しいことを『分け合う』ようにしたいの、今までみたいに。その方が一つ前に進めるでしょ。そうやって私たちは色んなこと乗り越えてきたんだから」  
 約束しよ、と笑った麻美を見たら、私と芽依も自然と笑みがこぼれた。

 映画の高校生たちは、心の葛藤や友情、そして恋を見事に体現してくれた。
 それは過去の私を癒してくれているようで、瞬く間に二時間が過ぎていった。

 エンドロールが流れる。ドライブインシアターは、思ったよりも快適で、過ごしやすいものだった。
 「麻美にも見せたかったね、この映画。あの主役の子イケメンだったじゃん」後で調べよう、と愉しげに言った芽依がシートベルトを締めた。

 「さすがに、麻美にはそろそろ自分の幸せを考えてほしいって思う。なかなか会えない彼からのせっかくの連絡だったのに、それを断って私たちと今日ここに来ようとするんだもんね」呆れ顔で私が言うと、大きく芽衣も頷いた。

 麻美は昔から、彼氏より私たちとの時間を選びがちだ。
 「あの高校三年生の時の約束を、麻美は真面目に守り過ぎなんだよ」そう言って一笑した芽依も、鑑賞中、あの日の私たちの約束を思い出したのだろう。

 綺麗に塗られた自分の爪を見ながら、「ネイルも麻美が最初にやりだしてさ。私もしたい、って言ったらすぐに準備してくれてね」そう言って、綺麗でしょ、と満足気に私にネイルを見せてきた。

 芽依の言う通り、麻美は自身が経験したことに、私たちが少しでも興味を示せば、必ず同じ体験をさせてくれた。逆にこちらが楽しかったことを話せば、麻美も同じように経験してくれた。そうやって、楽しい体験を分け合った。

 私に初めて彼氏ができた時、彼と一緒に過ごす時間がとても心地がよい、と言えば、自分も早く彼氏を作らなきゃとはしゃいでいた。
 その二週間後に麻美に彼氏ができた。
 ただ、私は別れた直後だった。そこでも一緒に悲しんでくれた。そして麻美も彼とは別れた。
 私たち、もしかしたら恋人とは長続きしないかもね、なんて言って悲しみを分け合った。

 昔日を思う私の表情を察してくれたのか、「次は三人で来ようね、由香」と芽依がこちらを見て微笑んだ。
 見た目はチャラいけど、実は古風で愛嬌のある笑顔が魅力的な芽依にも、麻美と同様、今の彼と幸せになって欲しいと素直に思った。

 「そう言えば芽依、今日はこの後、彼と会うんじゃなかったっけ? 私のことはいいから、適当に駅で下ろしてね」
 「それがさ、急用が入ったんだって」
 でも明日また会えるし、とさ程気にも留めない様子に安堵し、私の罪悪感が少し減った。

 「さぁ、出ようか」と芽依がハンドルを握り、左右を確認して車を発進させた。
 その瞬間、横から車が飛び出してきた。
「きゃっ」
 と言った私の声がかき消されるほど、芽依がクラクションを強く押していた。
 「ったく、危ないじゃん」芽依が車内で叫んだ。だけど、相手の車は悪びれる様子もなく、私たちの車の前を横切った。

「あっ」
 同時に私たちが声を上げた。
 「ねぇ、芽依、今のって」もしかして、芽依は見たのだろうか。もし見たとしたら……
「由香、あれって……」
「うん……」
「……彼と同じ車種じゃん。やっぱ格好いいなあ」
「そ、そうなんだ」
 そうか、芽依は車種しか気づいていなかったんだ。でも私には、はっきりと見えた。運転席には携帯で見た芽依の彼がいて、助手席には…… 
 麻美が乗っていた。
 そして、麻美と一瞬だけ目があった。
 その口が、あるコトバを形どった。

 『分け合う』と。

 過去が、全てが、繋がった。

あとがき:
コトバは、
互いに理解していたつもりでも、
解釈によって意味合いが異なるもんですね。

麻美は
純粋に友達を想っていたのでしょうか。

由香は過去の点と点が繋がったようですが、、、

一方の
芽依は気づいていない様子ですね。

共通認識の言葉を探すこと、
意外に難しいものです。

最後まで読んでいただきまして、
ありがとうございました。

しゃろん;

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