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私立恵比寿中学「EVERYTHING POINT 5」

Base Ball Bear『ポラリス』に関してのエントリーで「Flame」について書く際に、"不在"ということをめちゃくちゃ考えた結果、ずっと封を開けていなかった私立恵比寿中学の2017年春ツアーのドキュメンタリー作品「EVERYTHING POINT 5」を観ようと不意に思った。そして観た。

2月になると思い出すのが、2017年2月8日。これが"推す"という感覚なのかと知り、何かにつけて語りたくて仕方がなく、生涯これ程魅力的なアイドルに出会うことはもうないと確信していた、私立恵比寿中学・松野莉奈の急逝のことだ。あれほどの巨大な喪失感はいまだかつて知らなかった。当時、様々な人が様々な形で彼女を偲んでいたが、言語化できない悲しさが今もまだ続き、その日に感情が取り残されている。いや少しは進めているのかもしれないけれど、彼女の最後の歌唱音源が収められた「EVERYTHING POINT 5」を未だ観ずにおいてあるのがその表れだと思う。それを観たら全てが終わってしまう気がして。

その春ツアーにも行ったし、その年に出たアルバム『エビクラシー』も文句なしに素晴らしいものだった。しかし正直に言えば、松野莉奈の"不在"にどうしても目がいってしまう。そこに彼女の姿や声はない。昔の曲は、他のメンバーがパートを引き継いで歌ってくれている。ただ、どんな楽しくバカ騒ぎできる曲でもその度に意識はふっと松野莉奈へと飛んでいく。ライブでは引き続き、イメージカラーの青色をペンライトを振り続けているが、時に虚しい気持ちになる。居なくなって終わりではなく、居ないことがずっと続くということは、とても優しい気持ちをくれるのと同時に、終わりなき寂しさと直面することなのだと思い至った。

自覚的にアイドルを推し始めたのがエビ中であったから知らなかったのだけど、推すという行為はひとりのメンバーを好きになること以上の意味があった。推しと他の子をセットで見ることで広がる世界があり、推しを通してグループそのものの姿を捉えていく。推しが去るということは、そのグループと自分の接着面が取り外されるということなのだと、この出来事で初めて気づいた。あの頃、松野莉奈越しにエビ中を見つめていた時の血沸き肉躍るような感情は薄れてしまった。

それでも、エビ中は今でもトップアイドルグループだと思っていて大好きだし、楽曲そのものが好きだということもあり、新曲を追い、ライブに行くことは自然なことなのだけど、やはりこの2年間でどんどん心の距離が離れていっている。それは仕方がないことだと思う反面、すごく悲しい。好きなものを同じように好きなままでいられないやるせなさはとても辛い。 何をどうして欲しいわけでなく、どうなりたいわけでもなく、このどうにもならない心が申し訳ない。そんな思いを抱えたまま、「EVERYTHING POINT 5」を観るに至った。

作品はツアーのリハーサル風景から始まる。一見すると、あぁいつものスタジオ練習かと思うのだが、「手をつなごう」のリハ中に、小林歌穂が突然泣き出してしまう。タイトル通り、メンバー同士で手をつなぐ振り付けがある楽曲、しかしそこにいつも握っていたはずの手はなかったことが、彼女の記憶を振動させたシーン。急逝の日から1か月と少ししか経っていない日の出来事が刻まれたこの一瞬ですら、あの冬を鮮明に思い出させた。ヘヴィな幕開けだった。

しかしエビ中は松野莉奈の話で笑顔にもなる。先ほどのシーンの後には、自分の手はあまり握ってくれないと言う小林歌穂に、「次が自分のパートだから集中してるんだよ」と笑いかける真山りか、そして「あぁそっかそれなら」と納得する小林歌穂というやり取り。また、ツアー初日のフードエリアでヤングコーンを取り皿によそいながら、松野が作ったヤングコーンの歌を思い出して口ずさむ柏木ひなたの姿。永遠の"不在"を気にとめず、さりげなく日々の中に松野の存在を感じ続けることを刻んだシークエンスだった。

説明すればするほど零れていくものがありすぎる作品だ。正直、頼むから見てくれという感想が全てなのだ。初日、安本彩花が最後のMCで「形が全てじゃない」と涙をこらえて語るシーン、デビュー5周年の名古屋公演でいつも気ままな中山莉子が「なんか今日は心が泣いてる」と呟く場面。それぞれがそれぞれの思いを抱えながら、ツアーが進む。エンターテイメントとは何なのか、今ここに流れている感情は何なのか、定まらないまま、ショーは次の夜へと向かい続ける。

ディスク2に全編が収録されたツアー千秋楽・2017年7月16日は松野莉奈の19歳の誕生日だった。予定が組まれた時にはきっとバースデー公演として彼女の飛び切りの笑顔が観れる日だったはずだ。しかしそこに彼女は居ない。この辛さは計り知れない。それなのに、徹底的にツアーの集大成として名演を見せてくれるエビ中の姿が心を打つ。松野が好きだった「スターダストライト」と、松野がきっと好きになったはず、とメンバーが口々に語っていた「春の嵐」を続けて披露する局面も、決して盛り立てない。それこそがただ美しいと思った。

松野に捧げられた「全力☆ランナー」と「フレ!フレ!サイリウム」、そしてエビ中イズムをもってこの局面に寄り添った「サドンデス」と「えびぞりダイアモンド!!」というアンコールの流れにも目が離せなかったが、何より締めくくりのMCだ。安本彩花が語った「夢の中で松野に会えた話」。あくまで夢の話なのに、鮮烈な筆致で観るもの全てを泣き崩れさせる。文字起こしすれば失われてしまう純粋さ、優しさ。エビ中メンバーが、ずっと持ち合わせている心だけが輝いている凄まじい時間である。

千秋楽のアンコール終わり、舞台袖にメンバーが捌けてからおよそ30分間がノーカットで送られる。ステージ上で流れ続けるツアーのドキュメントショット。そのバックで流れるのは松野莉奈が歌唱する「感情電車」の音源。生前にレコーディングされたが、『エビクラシー』には入ることのなかった歌声。その映像を嗚咽を漏らしたり、時々笑ったりしながら、じっと見守るメンバーたち。いったい幾つの新しい感情がそこに流れたのだろうか、と思う。僕もめちゃくちゃ泣いた。そして、洗い出された。綺麗さっぱりと、色々なしこりやら申し訳なさが消えていった。僕がこれからのエビ中を楽しむうえで必要だったのはこの作品を観ることだったのか、と。1年かかったけど、気づいて良かった。

「Flame」がこのきっかけをくれたわけだが、そういえば2017年の哀しみを受容できたのもベボベの『光源』だった。これは僕にしか見えていない世界なのだろうけど、なぜかずっとエビ中とベボベは連動して聴こえてくる。黒髪、制服といったモチーフが松野莉奈を想起させるのは当然として、彼女の死以降、更に様々な曲からその存在が現れてくる。不謹慎だと思われるかもしれないけれど、何かに彼女を託して紐付けることで、忘れないようにしているのかもしれない。それが僕にとってはベボベの楽曲だったという。「PERFECT BLUE」なんかはもう、ねぇ。

ほとんどを忘れ
たくさんを失う
でも 青い君は美しくなる
むせび泣いたみたいな 通り雨がやんだ
あたらしい風に向かい
僕は君の知らない季節を さぁ、いこう
-Base Ball Bear「PERFECT BLUE」

観終わって何もかもが終わってしまうなんてとんだ杞憂だった。明らかに何かが始まった。そういう決意が描かれていたし、変わらずに在ることを圧倒的な不在を通して描いていた。平野勝之の「監督失格」という映画を思い出したりもした。喪失と再生、在と不在、愛と叫び。エビ中のみならず、これからも様々なポップカルチャーの間に、松野莉奈という破格の存在を見出していけたらいいよなぁ。そういう大事な感覚を彼女がくれたのだ。いつだって思い出したい、そして少し切なくなっても、結局はあの笑顔につられて笑えてしまえたら、と。

#私立恵比寿中学 #エビ中 #松野莉奈 #コンテンツ会議


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