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案外なんとかなるよ、なんて口が裂けても言えない


2023ねん2がつ20にち。


今日は友達の卒業制作展示会を見に行きました。私が受験して落ちた大学です。友達と私合わせて3人で受験して、私一人だけ落ちました。あのときは本当にひどく落ち込んで、自分自身に対する暴言をノートに書き殴ったりしましたね。懐かしいな。


さて、件の大学に行くためにはいつもと反対方向の電車に乗ります。不思議な感じ。家から大学までの所要時間は今通ってるところと大体いっしょだけど、景色はぜんぜんちがうのがちょっと面白い。いつもならスマホに落としている視線を窓の外に投げたくなって、広がる空と自然をぼんやり見つめる、など。


乗り換え駅でICカードをタッチして乗車線を変える。このくだり、懐かしい。受験のときに初めてみたやつだ。エスカレーターを上がると見覚えのあるトイレがあった。受験前に気持ちを落ち着かせるために入った記憶が蘇る。いやー覚えてるもんだな。さて、この調子で駅から大学までの道のりも覚えられてるかしら。


普通電車は一駅ずつゆっくりと進んでいく。
車内はゆったりしていて、駅と駅の間もまあまあ長い。通学で乗ってる地下鉄の一駅間隔とは全く違う。なんか、のんびりしてて、いいな。こうして景色を眺めたのも久しぶりなような。もう私の中ではすっかりエモスイッチが入ってるので、今はどんな些細なことでもすぐに感傷に浸れます。


終点に着いた。ここまで来るとそこそこ大きな駅なので、道中の田舎っぷりと比較するとかなり栄えている。でもどこか親しみやすくて、こじんまりしてる感じがした。電車を降りた瞬間の景色は全然覚えてなかったけど、改札を通り出口を探して顔を上げた途端、あの頃の記憶が蘇った。

ああそうだ、この道を友達と通ったな。お、あれは受験のとき泊まったホテルだ!朝食バイキング懐かしいな。初めての1人ホテルでドキドキしたの、鮮明に覚えてる。


あれ、この道こんな風だったっけ?数年でこんな道ができたのかな?あ、ここは隣道だったか。当時通ってたのはこっちだ、そうだそうだ!ここのコンビニで時間潰したな。


うん、ここの公園も覚えてる。そうだそうだ、小学校の横を通って、そしたらもうすぐなんだよ。



あ、着いた。



駅から大学までは考え事してたらあっという間、というわけでもなくそこそこ距離はあったけど、あんなに周りを見渡しながら歩く機会も最近はあまりなかったから楽しかった。
友達となんの会話をしたか全然覚えてないのに、どこの横断歩道をどんな風に通ったかは覚えている。毎日のように一緒だった仲間も今となってはインスタの丸いアイコンが赤く光ったときに生存を確認する程度だ。


あれから、もうこんなに経ったんだな。


景色を見上げて歩きながら、あのときの自分は将来の自分をどういうふうに想像してただろうか、と思い返してみた。



全力を投じた部活を夏で引退し、今まで目を逸らしてきた進路の話が待ってましたと言わんばかりに飛び出してきて視界と脳内を占領した。そこで初めて自分のやりたいことに気づいて、志望校を思いっ切り変更するという愚策に取り憑かれてしまった。学部もこれまで書いてたやつとは全く違うやつにしたせいで、そもそも準備がギリギリだった。どうしよう、今からじゃ無理だ、でもやりたい、でも、どうしよう、と補習中にこっそり泣いた。親に泣きながら相談して、どうにかこうにか現実に持ってくため懸命に考えた。おかげで無事画塾に通わせてもらい、遅すぎる受験用美術のスタートを切った。


そこからは毎日のようにひたすら描いた。全然上手く描けなくて苦しかったけど、それでも無我夢中でやってた。周りとの差を少しでも埋めたくて、とにかくここに受かるしか自分の中で道はなくて、ここまでお金をかけてもらって落ちる訳にはいかなくて、描くのが楽しくて。たぶん色んな気持ちが綯い交ぜだったけど、今思い返せばこういう気持ちだったんだろうな、っていう感じ。その1個1個に配慮してる暇も無かったんだと思う。


とにかく頑張った。何をどんな風に?その結果は?って聞かれるとウッてなるけど、とにかくめちゃくちゃに頑張ったってことだけは覚えてる。後悔はしていない。最後の画塾で先生に「あなたを見てると“頑張ることの大切さ”を改めて教えてもらったような気がするよ」と言われたときは心から嬉しかった。


その結果、わたしだけ受験に落ちたわけだけど、まあ、今となってはそれでよかったと思ってる。


今の大学への不満はそれなりにあるけど、ここで経験したこと、出会った人、身につけたスキルは絶対にそこでは得られなかったから。勿論その逆も然りだけど、わたしは今の道で良かった、と心底納得ができる。大学に向かいながら、この道中が通学路になってた可能性もあったんだな、と考えるとちょっとやってみたかった気もしたけど、そうしていたら得ていたかもしれない何かより、今手にあるものを失う方が怖いから。



置かれた場所で咲きなさいとか、選んだ道を正解にするんだよとか、そういう言葉は無責任に前向きで優しくない気がするからあまり好きじゃないんだけど、詰まるところはそれになってしまう。うーんなんだかな。



だって当時は、周りに「落ちると思ってたからね、仕方ない!受かった友達おめでとう!」とか言ってダメージ少ない風に振る舞ってたけど、実際は死ぬほど悔しくて情けなかった。散々悩んで頑張って、親にお金を出してもらったにも関わらずこんな結果になって、しかもこれから更にお金がかかって。誰よりも頑張ったつもりだったけど足りなかったんだ、無駄だったんだ私の頑張りは。あー無駄無駄、ハナから無理な話だったんだ。そもそも決断が遅すぎだったんよな。ハイハイ終わり、お前は今から借金地獄!!!!

と、思いつく限りの罵倒を自分自身に浴びせていた。


そんなあのときからは今の自分を想像できやしないだろうな。何だかんだこれで良かったと思ってるよ、当時の私。何とかなるから大丈夫。



……と思っているのは嘘じゃないけど、じゃあもし当時の自分に声をかけられるなら?ってなっても、絶対こんなこと言わない。
「今は辛いかもしれないけど何とかなるから」だなんて、安全圏にいるから出る言葉だ。止まない雨はないより先にその傘をくれよって米津玄師も歌ってる。もし今将来の自分が現れてそんなことを言い出したら、恐らくトラックで轢き殺したくなることでしょう。


人間って案外なんとかなるもんだな、っていう安心に近い気持ちと、これまでの運が良かっただけでこれからはどうにもならないかもよ、っていう脅迫が同時に湧き上がってくる。どしたらええねん。



数年後の私なにしてるかな。

てかまず生きてる??


もし今の私に会いに来れたとしても何にも言わないで欲しいけどね。



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