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猫を棄てる~読書記録293~

2020年発行。作家・村上春樹のエッセイだ。

副題にあるように、亡くなった父親についての想い出やエピソードなどに多くのページを費やしている。

各紙誌で絶賛! 村上作品の原風景がここにある 村上春樹が自らのルーツを綴ったノンフィクション。中国で戦争を経験した父親の記憶を引き継いだ作家が父子の歴史と向き合う。 父の記憶、父の体験、そこから受け継いでいくもの。村上文学のルーツ。 ある夏の午後、僕は父と一緒に自転車に乗り、猫を海岸に棄てに行った。家の玄関で先回りした猫に迎えられたときは、二人で呆然とした……。 寺の次男に生まれた父は文学を愛し、家には本が溢れていた。 中国で戦争体験がある父は、毎朝小さな菩薩に向かってお経を唱えていた。 子供のころ、一緒に映画を観に行ったり、甲子園に阪神タイガースの試合を見に行ったりした。 いつからか、父との関係はすっかり疎遠になってしまった——。 村上春樹が、語られることのなかった父の経験を引き継ぎ、たどり、 自らのルーツを初めて綴った、話題の書。 イラストレーションは、台湾出身で『緑の歌—収集群風—』が話題の高妍(ガオ イェン)氏。


可愛らしいイラストを描かれる方だ。

村上春樹のエッセイは珍しいのではないかと思う。
彼自身の作品について言うと、IQ84では、ヤマギシ会、エホバの証人、オウム真理教などのカルト宗教を題材にしたものがある。又、団塊の世代というか、世代的に共産主義っぽいのかなと思っていたところもあり、この本で知った事実。
「村上春樹の父の実家は京都の浄土宗のお寺」
というのが、ええええええ!だった。

現在は、村上春樹の従弟の純一くんが住職をされているそうだ。

高浜虚子も訪れて、
「山門のぺんぺん草や安養寺」
と読んだらしい。

住職をされていた村上春樹の祖父が事故で突然亡くなり、後を誰が継ぐかが大変だったらしい。
何しろ、京都の昔からある寺だ。檀家さんが色々と言うわけだ。
6人の男の兄弟で話し合い、税務署に勤務していた長男(春樹の伯父)が税務署を辞め、寺を引き継いだようだ。
明治期に僧侶が結婚出来るようになってから、後継者というのはむしろ大変になったのだな、と個人的に思った。

村上春樹の父が3度も戦争で招集されたが、生き延びた事。母は婚約者を戦争で亡くしたこと。それによって、春樹が生れるわけだが、これについて彼は、もし、これらの事がなかったなら自分は存在しなかったろうと書いている。

いずれにせよ、僕がこの個人的な文章において一番語りたかったのは、ただひとつのことでしかない。ただひとつの当たり前の事実だ。
それは、この僕は1人の平凡な人間の、1人の息子に過ぎないという事実だ。
言い換えれば我々は、広大な土地に向けて降る膨大な数の雨粒の、名もなき一滴に過ぎない。固有ではあるけれど、交換可能な一滴だ。しかしその一滴の雨水には、一滴の雨水なりの思いがある。(本書より)

村上春樹のエッセイは、両親共に戦後生まれという人には理解できないかもしれない。 つまり、親が戦争で生き残った、母の婚約者が招集され亡くなった。などなど…色んな事が重なって生まれた1人の人間の存在なのだ、がテーマなのだ。 
平成、令和の平和な時代に生まれた人間には理解出来ないかもしれないが、私自身も、あの戦争でこうだったから自分がいる。親戚の○○ちゃんがいる、などと思う事が多い。
祖母に、「戦争がなかったら長男が後を継いでいたから、お前みたいな孫と暮らす事はなかった」と言われて育ってきたからかもしれないが。
大正生まれの私の伯父は、敗戦の時に、ソ連のハバロフスクに捕虜として収監され、そこで亡くなったのだそうだ。
「お骨も返してもらえないのかーー」
と、祖母は度々怒っていた。

村上春樹の思いを感じた本であった。


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