#33 ペストの関東上陸を防いだ人物とは?

北里柴三郎が1894年にペスト菌を発見したことはよく知られている。
その5年後の1899年、横浜港の検疫所で客船「亜米利加丸」の乗組員がペストに感染しているのが発見された。この時、水際でペスト上陸を防いだのが野口英世である。

その少し前、野口は北里柴三郎の伝染病研究所の助手をしていた。野口が研究所の高価な医学書を友人に貸し出したところ、友人が金欲しさに売り払ってしまう。野口自身の浪費癖も相まって、野口自身が仕組んだのではないかと疑われ、横浜の研究所に移動になったそうだ。

その翌年、アメリカへの留学を夢見た野口は女学生との結婚を約束して、その持参金300円(600万円程度)を渡航費用に充てた。後にその女学生とは婚約破棄、持参金は支援者の血脇守之助が肩代わりしたという。

黄熱病の研究で有名になるのは1918年。野口は黄熱の原因となる病原菌を特定したと発表し、ワクチンを開発して効果をあげた。しかし、野口が発見した病原菌は黄熱と同じような症状のワイル病(レプトスピラ症)のものだった。
その真意を確かめるべく向かったアフリカで、自身も黄熱に感染し、1928年に殉職。人類のために研究に励んだ野口の功績は現代でも語り継がれている。



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