珈琲の大霊師022

 その夜、モカナは中庭にいた。リフレールに呼び出されたのだ。
 
 深夜の薄暗い中庭でキョロキョロと辺りを伺っていると、リフレールの金髪が闇にしゃらしゃらと柔らかな光を放っているのを見つけた。

「リフレールさん、どうかしたんですか?」

 モカナの肩には、眠そうにこっくりこっくりと頭を揺らしているドロシーが寝転んでいた。そのドロシーを起こさないように、リフレールはモカナを手招きすると、静かに座るようにとベンチを指差した。

 何を言いたいのか理解したモカナは、ゆっくりとベンチに腰掛ける。

「こんな夜中に呼び出してごめんなさい。モカナさん、珈琲の味が変わってしまった原因は掴めましたか?」

 モカナは無言で首を横に振った。

「やっぱり、ここだけじゃ分からなそうです」

「そうですか……。では、噂通り旅に出るんですね」

「え!?噂になってるんですか?」

「ええ。誰でも知ってますよ。ジョージさんと行くのでしょう?」

「あ、はい。ジョージさんが、ボクの珈琲はジョージさんのものだからって」

「そうですか……」

 少しだけ、胸が痛む。ジョージは、まるでモカナが自分の物だと言っているかのような発言を平気でする。事実、命を助けているのだから間違ってはいないのだが……。
 
「宛ては、あるんですか?」

 これが、リフレールの本題だった。

「……今の所、ボクの故郷以外は何にも。その、ボクの故郷も……」

 モカナの表情が暗くなる。リフレールは違和感を感じた。ありとあらゆる、その言葉に続く言葉を予想する。ありがちなのは、故郷が戦争に巻き込まれて破壊されたといった展開だろうと踏んだが、これまでそういった様子はモカナからは見受けられなかった。リフレールも始めて見る反応だった。
 
「故郷が、どうかしたのですか?」

「…………」

 無言で、膝の上に置いた手をギュッと握り締めるモカナ。余程言いづらい事なのだろう。もしかすると、誰にもまだ言った事の無い事なのかもしれないとリフレールは読んでいた。
 
「ボク、変なんです。故郷の事を、思い出せないんです」

「え?」

 躊躇いの後、モカナは告白した。
 
 リフレールは意外な展開に着いていけず、戸惑ったが、先を促した。

「ボクの村は、どこかの山の上にあったと思います。そういう光景は思い出せるんです。近所の小川とか。仲良くしていた友達の顔とか。でも、村の名前とか、近くに何があったとか、どこをどう行けば行けるとか、そういった事が全然思い出せないんです」

「いつから思い出せないんですか?」

「分かりません。ボク、下に降りて来てから、毎日食べていくのに必死で……。気付いたのは、珈琲豆が無くなった日です……。言い出そうと思ったんですけど、おかしな子だと思われるのが怖くて言い出せなくて……」

 丸2ヶ月程、モカナはそれを黙っていた事になる。確かに言いづらい事だ。信じがたい事でもある。

「心当たりは何も?」

「……とても、美味しい水の流れる川があって、住んでいや山は見上げるとどんな季節でも必ず雪が見える山だったと思います」

 即座にリフレールは脳裏に世界地図を思い浮かべる。ヒントがあるとすれば、一年中雪が消えない程の標高の高い山がある土地だ。

 そうなると、けして数は多くない。リフレールがすぐに思いつくのは、大陸中央に聳える霊山山脈、北方のアルブ山脈、西の魔封山脈といった所だ。それぞれに、かなり標高の高い山々が連なる山脈であり、人の手が全く入った事の無い山も多い地域である。
 
 山脈で考えれば5~6個で済むが、その中に所属する山の数はざっと500以上。全て回ろうと思えば、モカナは年頃を過ぎてしまうだろう。モカナの記憶がどんな理由か曖昧になっている、あるいは一部が失われている事を考慮すると、それらが戻るまでは情報の集積する場所での情報収集の方が見込みがある。
 
 そう考えたリフレールは、元々モカナにするつもりだった進言を口にした。

「モカナさん、その場所がハッキリしないのでしたら、まずはサラクに来ませんか?」

「えっ?」

 降って湧いた話に、モカナは戸惑いを隠せなかった。

「理由は分かりませんけど、モカナさんは故郷の場所が分からない。そして、ここには珈琲に関する情報が無かった。でしたら、手始めに私の故郷はいかかでしょうか?私もそろそろ戻ろうと思っていた所ですし。私の権限で、協力もできますよ」

「いいんですか!?」

 モカナが目を輝かせる。予想以上の反応に、リフレールは少しだけ引いた。

(こっちの思惑は聞かないのかしら?そこまで頭が回っていないのかもしれないけど)

 当然、リフレールには思惑があった。モカナが着いてくれば、間接的にジョージも着いてくる事になる。最大の目的は、ジョージをサラク国内に連れて行く事だった。
 
 だが、それだけではない。サラクで珈琲の問題を解決できれば、珈琲を政治的に利用できる。外交を優位に進める事もできるだろうし、特産品として売り出してもいい。なにせ、あれだけの魅力がありながら世界的に流通していない嗜好品なのだ。紅茶に次ぐ規模の商品になりうると、リフレールは踏んでいた。
 
 更に、モカナも修行中とはいえ水の巫女だ。水資源の枯渇しかけている現在のサラクでは、活躍の場はいくらでもあるだろう。
 
 一石で何鳥取れるのかという、リフレールにはリスクも無い案なのだ。
 
 強いて言うなら、父王がジョージとモカナを間者として警戒しないか?という事程度だが、敗戦の負い目で思考の鈍った父親相手に、舌戦で負ける気は全くしないというのがリフレールの実感だった。

 モカナも、正直な所全く宛てが無かったので、リフレールからの提案は渡りに船だった。
 
 かくして、モカナを言いくるめたリフレールは意気揚々とジョージの仕事場へと向かったのだった。
 
 
 
 ジョージの仕事場は、水路も通らぬマルクの外れ。西門である。
 
 元々、リフレールも西門から一般人として忍び込んだ口だが、人に聞いてゴンドラに乗った為全く土地感がなかった。
 
「やはり、水宮の辺りとは随分違いますね」

 と、リフレールは傍らのモカナに話しかける。
 
 水宮の辺りは、高級住宅街だ。曇りの無い白い壁の家が連なっている。それに比べると、こちらはまるで貧民街といった様相だ。
 
「ジョージさんに、路地裏に入るなってよく怒られます」

 モカナは照れ臭そうに笑った。モカナは、時々無防備にふらふらと狭い路地に引き寄せられる習性があるのだ。
 
 マルクの市街地はレンガの道だが、この辺りは土を固めただけの道になっている。リフレールは、午前中に通り過ぎていった雨が作ったぬかるみに足を踏み入れないよう気をつけながら歩いた。
 
 しばらく歩くと、大きな門の脇で一見ボーッとしているように見えて鋭く目を光らせているジョージがいた。
 
 (確かに、ジョージさんって衛兵向きね。観察力あるし。瞬間の判断力も良い)
 
 そんなジョージの横顔を見ながら、リフレールはふとそう思った。

「?お、なんだ?二人揃って。……今、ちょっと交代頼んでくるわ。ちょっと待ってろ。おーい、ロベルト。ちょっと代わってくれ~」

 すぐに自分に用があるのだと判断したジョージは、ささっと仲間の衛兵に交代を頼んで二人に合流した。

「汚い所で悪いな。座ってくれ。ま、何となく要件は分かってんだがな」

 ジョージが二人を案内したのは、衛兵の休憩室だった。時々、門を突破しようとする罪人の取調室も兼ねている。
 
「ちょっと待ってろ」

 意味ありげに笑いかけ、ジョージが部屋を立つ。扉の奥に消えたジョージを、二人は目を丸くして見送った。
 
(不意打ちをしたのはこちらだと思っていたのですが……)

「ジョージさん、何か楽しそうですね」

 しばらく、窓から零れる日差しを眺めているとぎぃと扉が開いた。
 
 その時、ふわりと何かが香った。
 
 ガタッとモカナが目を見開いて立ち上がる。リフレールが前に居る事も忘れてジョージに駆け寄ろうとしたせいで、リフレールに体当たりする格好となってしまった。

「ちょ、ちょっとモカナさん!?」

 慌てて抱きとめるリフレール。だが、モカナはそれでも前進しようとしていた。まるでリフレールの事を見ていない。

「慌てんな。残念ながら、お前の期待に答えられる程のもんじゃない」

 優しく、ジョージの手がモカナの頭を撫でる。途端に、モカナの動きが緩慢になり、そこで始めてモカナはリフレールに抱きかかえられている事に気付いた。

 その部屋には、香りが満ちていた。
 
 紛れも無く、モカナが求めてやまなかった香り。でも、少し違う香り。ジョージの手元には盆と三つのカップ。
 
 そこには、漆黒の液体がたゆたっていた。

(珈琲?でも、新しい珈琲はこんな香りはしなかったはず・・・)

「ほれ、座れ座れ。珈琲を飲むってのに、何て顔してやがんだ。行儀良くしないと、やらねえぞ?」

 どこにそんな機敏さを持っていたのかと思うような早さでモカナが椅子に座り、両手を膝の上に置く。

 それでも目は言っていた。待ちきれないと。確かめたいと。

「あんまり手がかりが無かったんでな。俺なりに珈琲を淹れてみた。モカナの珈琲には及びもつかねえが、そうだな。これは、俺とモカナの珈琲って所だな」

 まず、リフレールの前に。次に、自分の前に。最後にモカナの前に、カップが置かれた。
 
 そこからふわりと香るものは、正しくあの香る麻薬とも言うべき珈琲の香り。に、とても良く似ていた。

 モカナは、カップを持ち、じっとその黒い水面を見つめた。水宮屋上で乾かしていた珈琲も、色だけは同じように出ていたように思える。ただ、同じ黒でも何か違う。モカナはそう感じていた。
 
 その証拠に、こんなにも芳しい。果実を思わせるような香りもする。不思議だ。

「おいおい、珈琲は美術品じゃねえんだぞ?飲めよ」

 そう言って、ジョージはゆったりとカップに口をつけた。
 
 モカナは、カップを引き寄せ目をつぶって口をつける。リフレールも、それにならった。
 
 最初に広がるのは、口から鼻まで満たす独特のアロマ。それも、モカナが知っているそれではなく、不思議な南国を思わせる香り。
 そして、その外見からは想像もできない酸味。しかしその酸味も、以前飲んだ物とは全く違う。酸っぱく、未熟な果実を食べるかのような不愉快さは全く無い。
 
 酸味の後に、深いコク。そして、どこか炭のような味がした。それも、不快でないものだ。
 
 知らず知らずの内に、モカナは涙を流していた。
 
 これだと。自分が求めていたものは、これなのだと。
 
「美味しい」

 リフレールは、つい口に出していた。リフレールには、モカナ程の感動は無い。以前の珈琲に比べると、味に偏りがあり、明らかにバランスが悪いからだ。それでも、個性として認められる差だ。

「ははっ。驚いたか?ま、この味になるまで随分苦労したぜ?麻袋一袋分、炭だか豆だか良く分からない代物にしちまったよ。だがまぁ、飲める程度にはなっただ」

「ジョージさぁん!!!」

 がばっとジョージの視界一杯にモカナの貧相な胸部が迫った。不意を突かれて、ジョージにはモカナを受け止める事しかできなかった。
 
 その腕の中で、モカナは泣いた。

「うぅ、うわぁぁぁぁぁぁん!!!!ジョージさん!!ジョージさん!!凄い!ボク、ボク、ずっと、ダメだったら、どうしようって、ずっと、うわぁぁぁん!!」

 誰よりも、珈琲に真剣だからこそ、誰よりも不安だったのだ。もう二度と、珈琲が淹れられなかったらどうしようかと。
 
 その真摯な姿勢は、ジョージを裏切らなかった。ジョージは、満足げに泣いてすがるモカナの背を撫でてやった。
 
 リフレールは、ジョージの指が細かい傷や火傷の跡で変色している事に気付いた。どれだけの時間をこの味を出す為だけに費やしたというのだろうか?
 
 ジョージの腕の中で泣けるモカナに、一抹の嫉妬を感じつつ、リフレールは再確認していた。
 
 この男が、欲しいと。

 モカナが泣き止み、ジョージに珈琲のおかわりをもらう傍らでリフレールはジョージに告げた。モカナと相談して、旅の目的地をサラクに決めたという事を。
 
 ジョージは驚きもせず、ただ珈琲を啜った。

「まあ、そんな所だろうと思ってたぜ。俺から特に言う事は無い。今回は、俺の工夫で少しは飲めるようになったが、味はまだまだだ。これ以上を求める上でも、旅は必然ってやつだと俺は思ってるぜ?」

 ジョージの返事を聞いて、リフレールがそっと胸を撫で下ろした。断られるパターンも何十種と想定していただけに、どっと力が抜ける。そして自覚する。自分がどれだけ緊張していたのかを。
 
(惚れた弱みか・・・)

 椅子にもたれかかり、ため息を一つ。珈琲を一口。
 
 不思議と、さっき飲んだ時には分からなかった深みが、口の中に広がるのだった。

「ジョージさん、ボクの淹れ方の、何がいけなかったんでしょうか?」

「いや、俺も基本的にはお前と同じ淹れ方だぞ。豆を焼いて粉砕し、湯に浸して豆から出る何かを取り出すんだろ?何回もお前の横で見てたんだが、お前はいつも同じ分量、同じ製法をしてるよな?」

「はい。ボクに、美味しい珈琲の淹れ方を教えてくれた人のやり方を守ってます」

 誇らしげにモカナは胸を張った。ジョージも、その味の虜になった。その製法は、揺るがないモカナの絶対の法なのだ。

「その豆ってのは、お前の故郷の豆だよな?」

「え?はい」

「豆ってのは、どれも同じ味なのか?」

「・・・・・・え?」

 はっと顔色を変えるモカナ。考えた事も無かったとばかりに目をぱちくりさせた。

「同じ種類の果実でも、南国産と北部産で味がかなり違う事があるだろ?俺は珈琲についちゃ初心者だからな。途中までお前のやり方に疑問を一切挟まなかったんだが、そいつは思考停止以外の何物でもないと途中で気付いたわけだ。で、珈琲の実も他の果物と同じだと考えたら味の違う理由に思い当たったわけだ」

「ボクの知ってる珈琲豆とは、そもそも物が違うって事ですか!?」

「物というか、産地だな。聞いた所によると、あの実、『オラクルベリー』とか『シロップベリー』とか名称の統一されてない未分類の果実の一種らしい。というわけで、暫定的に『珈琲の実』『珈琲の木』として呼ぶ事にする」

「あ、ボクの故郷でもそう呼ばれてました」

「なら、むしろそれを統一名称にしてしまえばいいですね」

 にこりとリフレールが、サラリと言ってのける。統一名称とは、言ってしまえば早い者勝ちである。統一しようと最初に動き出した物に、大抵は定まる。

「そりゃいいな。まあ、天下の貿易都市マルクでの名称となりゃあ広めるのも難しくないだろ。早速ダチに連絡しとくとして、話を戻すぞ?」

 ずいっとモカナが身を乗り出す。その目は真剣だ。

「味が違えば、調理法も違って当然だろ。といっても、大筋が違うんじゃ全く違う物になっちまうからな。次に俺は、生の豆から珈琲を淹れるまでの肯定を整理してみた。そうすっと、焙煎、粉砕、抽出っていう3工程に分けられる」

「ばいせん?ちゅうしゅつ?」

「焙煎ってえのは、簡単に言うと火で焙って煎じるって事だ。まあ、ここはちょっと知り合いになった薬学先生からの入れ知恵なんだが」

 リフレールは、即座にその先生というのが以前ジョージに借りを作った医者連中だと悟った。

「最初に豆を煎って外の皮を飛ばし、それを砕いて中の成分を抽出し易くする。あとは、水による抽出ってわけだな。抽出ってのは、何かからその一部を取り出す事を言う」

「す、凄いですジョージさん!ボク、そんな事全然考えた事ありませんでした!」

 モカナが、目をきらきら輝かせながらジョージを見上げた。ジョージも、そんな尊敬の念を受けて満更でも無さそうだった。

「で、あとはその3工程の見直しだな。使う道具、分量、時間、今までモカナはそれを全部同じにしてきたわけだが、元になる豆の味が違うとなればそれらは大してあてにならねえ。で、一つ一つ工夫してみたわけだ」

 ジョージも、そこにかなりの力を注いだと見えて饒舌になってきていた。ぐいっと残りのコーヒーを飲み干し、机の上に身を乗り出してモカナに良く似た熱い目で語る。その情熱を共有している二人に、リフレールは心の片隅で嫉妬した。

「主に工夫したのは、焙煎時間だな。モカナの時間より長めにやってみた。そうすると、香ばしくなる。が、あまりやりすぎるとただの炭になっちまう。その加減が難しい」

「焙煎・・・煎る時間を延ばす・・・」

 呟くように、何度もモカナはそう呟いた。まるで、大地にしとしとと降る小雨のように何度も何度も心の中に染み渡らせているのだろう。

「多分、お前に珈琲の淹れ方を教えた奴も、そうやって試行錯誤を繰り返して見つけたか、誰かに伝えられた物をお前にまた伝えたんだろうな。モカナ、面白えな。どうやら珈琲ってやつの懐は随分深いぞ」

 にやり、とジョージは笑った。

「はい!」

 モカナは笑わなかった。強く、強く意思を表現した。職人の目だ。こういう時のモカナの雰囲気は、いつもの柔らかい物ではない。
 
 リフレールは、圧倒される。時々見せる、モカナの強固な意志の力。リフレールが持つ国の為の大義や、民への想い、親族への想い、覚悟、それらに勝るとも劣らない意思の力だ。

「手始めにサラクだ。あっちの市場にも珈琲の実があるかもしれないし、もしかすると珈琲を飲んでる奴がいるかもしれねえ。楽しみだな、モカナ」

「はい。ジョージさん、ありがとうございます!ボク、一生懸命勉強します!」

「ああ。そうしてくれ。俺は美味い珈琲が飲めればそれでいい。お前の珈琲を飲ませろ。俺のより美味い、お前の珈琲を飲ませてくれ。それが、お前の存在意義だ。俺が拾った、お前の命の使い方だ」

「はい!!ボクは、この命にかけてジョージさんの珈琲を淹れます。ジョージさんの珈琲はボクが淹れます」

「誰のより美味い物を飲ませろよ?俺は、”あの”珈琲を飲みまくってたからな。最高に舌が肥えてるぜ?」

「ジョージさんが教えてくれました。考える事を。だから、ボクは・・・・・・」

 ひたむきな意思を、曇りの無い感情を、リフレールは見つめた。リフレールには無い。様々なしがらみの中で生き、そのしがらみそのものを力に変えるリフレールには異質な力。
 
「ボクは、いつか、あの珈琲を越えますッッ!!!」

 未来への道が、開通した瞬間だった。

 1週間後、早朝快晴。西門には旅姿のモカナ、リフレール、ジョージ3人の姿があった。
 
 それを見送る、大勢の見送りも。
 
「モカナさんの水生成技術は、本職にも劣らない段階になったから飲み水は大丈夫だろうが、くれぐれも食べ物には気をつけて」

「はい、ユルさん!」

 少し涙ぐんでいるユルの手が、愛おしそうにモカナの髪を撫でた。モカナは、笑顔で撫でられるままになっている。

「ジョージ、帰ってくる時は、土産忘れんじゃないよ!」

 ルナは笑ってジョージの背中を叩いた。

「珈琲でよけりゃあな!」

 ジョージも笑って背中を叩き返した。ルナは、この旅には着いていかない事を決めていた。直前まで迷っていたが、いずれ帰ってくるというジョージの言葉を信じる事にしたのだ。

「モカナさん。きっと、美味しい珈琲を作って持ち帰って下さいね。水宮は、できる限りの支援をします」

 巫女長の姿もあった。隣には、私服姿のゴウもいる。

「お前が羨ましいぞジョージ。各国の強者共と手合わせできるんだからな」

「いや、俺脳筋じゃないから。興味ないから」

「なら、強い奴と会ったら紹介してくれ」

「お前、ホントそれしか頭に無いのな。分かったよ。それとなく調査しといてやるよ」

「恩に着る。その代わり俺の力が必要なら、駆けつけてやるからな。俺も鍛錬を続ける」

 ゴウは、そう言ってジョージに右手を差し出した。ジョージも、呆れたような顔をしながら手を差し出した。
 
 二人が握手している後ろで、リフレールはルナに囁く。

「いいんですか?ルナさん。私、手加減しませんよ?」

「ジョージは、帰ってくるって言ったからね。あんたのものにはならないよ。あんたこそ、遊ばれないように気をつけな」

「言いますねぇ」

「私も腹を決めたんだよ。その上で、勝算があるから言ってるのさ。おーいモカナ」

「はい?なんですか?」

「道中は危険だからね。一時たりとも、ジョージから離れるんじゃないよ?」

「はい!」

 素直に返事するモカナは、言われた通りにとてとてとジョージの傍へと寄っていった。
 
 それを見たリフレールは遅れて気付き、ルナを睨んだ。
 
「っ!!やりますね、ルナさん」

 モカナが常に間に入っては、リフレールはジョージとの距離を詰められない。男女の距離にするよりも、ジョージとモカナの師弟のような兄妹のような関係の方が遥かに距離が近い。その間に自然に割り込む事は至難の業だ。
 
「ふふん」

 ルナは、始めてリフレールから一本取ったのだった。
 

「行ってきまーーす!!」

 大声で、手をぶんぶん振りながら丘の向こうに歩いていくモカナの姿を、見送りの一団はその姿が消えるまで見送ったのであった。

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