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珈琲の大霊師017

「とまあ、そんな所だ。母さんは、今でも元気にガキの面倒見てるぜ。その後は、なんかヤンチャすんのもつまらなくなってよ。母さん安心させる為にも、医師会の連中がバカやらない為にも、つまんねえ衛兵の仕事に就いたってわけだ。ここにいりゃ、中の情報も、外の情報も入ってくるしな。ま、今はその頃の仲間とも必要以外は殆ど連絡も取らねえし。あいつらは、俺無しでもやってけるようになったし。今は、しがない衛兵ってことだ」

 ジョージは、首をすくめて軽くそう言った。母さんとは、当然孤児院を経営している元巫女の事に違いない。
 
「……あなたは、それでいいんですか?」

「あん?」

「それだけの才能を持ちながら、一衛兵で生涯を終えるんですか?」

 リフレールには、そんな生き方は考えられなかった。それは、自分をドブに捨てているようなものだ。確かに不自由はしていないかもしれないが、衛兵の仕事も、医師会を監視する事も、他の誰にでもできる事だ。難しくない。

 この男は、こんな所で終わるべき人材ではない。王家の血を引くリフレールは、本能的にそれを確信していた。

「……今の所、他にやりたい事もねえしな。楽しい事がありゃあ、そっちに行くかもな。そうそう、今日の競争なんかは結構楽しかったぜ?」

「私も、楽しかったですよ?」

 にこやかに、リフレールは笑った。誰をも惹き付ける、最高の笑顔で。それは本心だったが、今はそれだけではなかった。打算が首をもたげてくるのを、リフレールは感じていた。打算で付き合いたいわけではない。常に打算を片隅に置いて考えるのが、長年王を補佐してきた父からの教育だったのだ。

「そうか、そりゃあ、良かった。さあて、モカナが心配してるだろ。戻ろうぜ?」

 少し照れ臭そうにして、ジョージは立ち上がり、リフレールに手を差し出した。その手を取って静かに立ち上がる。まっすぐ、ジョージの目を見上げながら。

 すっと、顔を背けるジョージ。リフレールは、その心の中を覗いてみたいと思った。

 その瞬間、グラッと眩暈がして景色が一変した。
 
 視界には、頭を抑えてふらつく自分の姿と、それを慌てて支えるジョージの姿が見えていた。

 リフレールは直感的に理解する。今、正に瞑想が成功し、サウロの視点を借りているのだと。
 
 姿勢の制御を試みるが、客観的に見る自分の情報から姿勢を直すのは難しかった。リフレールは、諦めてジョージに任せることに決めた。

「お、おい!どうした!?大丈夫か?」

 リフレールの背中に手を回し、上半身だけをなんとか起こすジョージ。リフレールは、体の力を抜いてジョージに体重を預ける。

「すみません。突然、瞑想できたみたいです。サウロが、その辺りにいるはずです。自分に指を指されるって不思議な感じですね」

 人差し指の示す方向には、確かに雑然と置かれた荷物の裏に、小さな人影があった。

「おー。何だか知らないが、あんたこれで悩んでたんだろ?出来て良かったな」

 ジョージの優しい笑みを、リフレールは少し離れた所から横顔で見ていた。なんだか、気恥ずかしい気持ちになった。

「やっとか。まさか、こんな事がきっかけになるなんてな」

 視点が勝手に動き、段々リフレールとジョージの姿が近づいてくる。サウロが、二人に近寄っているのだ。
 
「どういう事なんですか?サウロ」

「いや、きっかけが何なのか俺にも知らされてなかったんだけど、どうやら同じ事を思う、考えるっていうのが必要だったみたいだ」

 サウロがしきりに頷く。リフレールからすると、視界が縦に自分の意思でなく揺れるので、少し気持ちが悪くなった。

「あの、サウロ。すみません、あまり頭を動かさないでいてもらえますか?」

 ピタリとサウロが頭を、止める。右に傾いたまま。

 サウロは、真面目な精霊であった。

「サウロ、頭を普通に戻して下さい」

 頷いて、頭を戻す。

「頭に違和感がある。これが、瞑想で繋がるって事らしいな」

 サウロができるだけ顔を動かさずに言うと、ジョージがリフレールとサウロを見比べて思案する。
 
「で?どうやったら戻るんだ?俺にいつまで持たせておく気だよ?」

「……別に、まんざらでも無いんだから抱えてればいいのに」

「んなっ!?」

 見透かされて、ジョージが顔を赤くして慌てる。
 
「おい、勝手に人の心を覗くんじゃねえ!」

「明確な意思なんて見えない。ただ、感情は少しだけ分かる」

「だから、見るな!!ああ、おい!こら!何ニヤニヤしてんだ!」

 見ると、リフレールが楽しそうに、少し嬉しそうにクスクスと声を押し殺して笑っていた。背中にはジョージの体温。なんだか安心して、心からリフレールは笑えた。
 
「いえ。ジョージさんって、時々可愛い所、ありますよね」

 そう言われたジョージは、何だか面白くなくて、リフレールの額を小突く。

「いたっ」

「はん。少しは立場を考えて物を言えよ?このまま運河に放り投げる事だってできるんだからな?」

「……しないでしょ?」

 と、リフレールは頭をジョージの胸に押し付けるようにして顔を上向けた。なんだか甘えているように、サウロの視点からは見えて、言ってから恥かしくなってしまった。

 なかなか瞑想が解けないリフレールを連れて、ジョージがモカナの所に戻ると、そこには赤い実の山ができあがっていた。

「な、なんだこりゃぁ」

 ジョージが呟くと、その山からモカナがひょっこりを顔を出す。

「あ、ジョージさん!リフレールさん!見て下さい!沢山ありましたよ~!」

 腕を目一杯に広げてモカナが笑う。どうやら、この実がコーヒーの実ということらしい。
 
「さっき、リフレールさんが見つけてきてくれたのが、コーヒーの実だったんです。こっちでは、医療用として販売されているものが半分、果実として販売されてるものが半分だそうです。これで、またコーヒーが作れます!」

 モカナは実に上機嫌であった。だから、リフレールの様子にも気付かずにトコトコと近寄ってくる。

「リフレールさん、有難うございました!」

 急に手を握られて、リフレールが驚く。サウロはリフレールの後ろにいたため、モカナの差し出した手が見えなかったのだ。

 モカナも、リフレールの様子がおかしい事にやっと気付いた。が、そこは駆け出しとは言え巫女。リフレールが瞑想状態なのだと即座に理解した。

「あ、おめでとうございます!!リフレールさん、できたんですね!?」

「ええ。ジョージさんのおかげで」

 屈託の無い笑みで迎えるモカナに、リフレールは、素直に笑顔を向けた。

「こいつが、あのコーヒーの元になるのか。色も形も全然違うんだな」

 ジョージは感心したように、赤い実をしげしげと眺めていた。赤いつるっとした果実に、歪んで伸びたジョージの顔が映りこんでいる。

「これをどうすると、あの黒いコーヒー豆になるんだ?」

「えっと、あのコーヒー豆にするにはこの果肉を乾燥させて取り除かなきゃいけません。その後、残った豆を焙煎して香りと独特の風味を引き出すんです。大体、飲めるようになるまで2、3ヶ月かかります」

「うえ、結構手間がかかるんだな」

「はい。ボクの故郷では、皆で一斉に作業するコーヒー祭りを毎年やってて、次の年に飲むコーヒー、そのまた次の年に飲むコーヒーを皆で作るんです」

「へえ……。そりゃあ、楽しそうだな」

「はい!」

 ジョージは、誰かを扇動して動かす事には長けていたが、共同作業といった事に関してはあまり経験が無かった。孤児院出身でも、早い時期に一人で生計を立てていたからだ。
 
 リフレールも同じく、共同作業の経験が殆ど無かった。故に、二人は潜在的にそういった温かみのある共同作業に憧れている部分があった。

「面白そうじゃねえか。俺にも手伝わせてくれよモカナ」

「えっ!?良いんですか!?」

 モカナの表情が急に明るくなる。嬉しそうだ。犬なら尻尾を激しく振っていそうな顔をしていた。

「ま、知っての通り俺はコーヒーが好きで好きでしょうがねえ。ちょっと恥かしいが、惚れてると言ってもいいぜ?もっと知りたいんだよ。コーヒーの事を」

 少しだけ真面目な顔でジョージが言う。モカナは、まるで自分が好きだと言われているかのように心臓が飛び跳ね、嬉しさが体中を駆け巡っているのを感じていた。
 
 そんなモカナを横から見ていて、リフレールもまた例え難い感情に翻弄されていた。
 
 胸がざわついていた。何かを強く求めていた。その強さは、国を救いたいという願望と同じくらい強く、リフレールの胸を突き破り、飛び出そうとしていた。
 
 その正体が分からないまま、それでも置いて行かれまいとリフレールはぎこちない笑みを浮かべて手を上げる。
 
「あ、モ、カナさん。わた、私もお手伝いします。3人で、一緒にコーヒー豆を作りましょう」

 言いながら、何かが噛み合わないとリフレールは感じていた。心のままの言葉ではなかった。それだけが分かっていた。本当に何を言いたかったのか、リフレールはこの日から時折自問自答することになるのであった。
 
 かくして、3人のコーヒー豆作りが始まった。

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