珈琲の大霊師026
状況を整理しよう。
俺は、リルケという女将の行方不明になって現在は花の精と自称する少女と謎の空間で話しているが、それは相手のせいじゃなくて俺自身のせいだったらしい。
でも、俺は無自覚。これ、詰んでないか?待て、前回は何で戻れたんだっけか?
「ちょっと待ってくれ。昨日話した時は、なんで途中で話せなくなった?」
「え?・・・・・・えっと、確かな事は分からないんですけど、多分、月が隠れたからだと思います」
「ん?月が関係してんのか?」
「月明かりの下だと、私達は動きやすくなるんですよ」
「月ねぇ・・・・・・」
そういや、ルナがそんなような事言ってたな。満月の夜は精霊の力が増すとか。
ってことは、昨日は月が出ている間だけ俺とリルケは話す事ができたわけか。でも、今は昼間だ。月は例え出てたとしても、そういう魔力は働かないんじゃないか?
となると、何が要因だ?
「あ、ジョージさんのお連れの女の子が今ジョージさんの服引っ張ってますよ」
「なに?いや、全然感じないんだが」
体を捻ってみるが、全く抵抗を感じない。
「あああ、ちょ、ちょっと止まって下さい。振り回されそうになってますよ!」
俺の服にしがみついて泣きそうになっているモカナが容易に想像できた。うん。動くのはとりあえずやめておくか。
ん?ちょっと待てよ?リルケにはモカナが見えてるらしい。ってことは、声も聞こえてるのか?
「なあ、あんた俺の服にしがみついてる娘の声が聞こえるのか?」
「え?はい。聞こえます」
「なるほど、じゃああんたモカナが何て言ってるか俺に教えてくれ。そうすりゃ、間接的に話せるだろ」
「あっ。ジョージさんって頭良いですね」
「おい、モカナ。今俺にしがみついてるらしいが、俺は今全く分からねえ。とりあえず、服離せ。・・・・・・離したか?」
「あ、はい。なんだか不安そうにしてますよ?」
「モカナ、今俺はよく分からないんだが花の精と話してる。で、お前の事は見えない。多分、リフレールや女将の事も見えない。だから、お前ちょっと二人を連れてきてくれないか?」
「え?あ、頷いて行っちゃいました」
「伝えるなら、できるだけ直に伝えた方がいいだろ?」
「・・・・・・はい。有難うございます」
「まあ、女将は何でこんな事になってるのか聞きたがるだろうから覚悟はしとけよ?」
「はい」
そう頷くリルケは、少し自信無さそうな顔をしていた。
しばらくして、リルケの表情が変わった。女将が来たな?
「女将、信じられないと思うんだが今俺にはあんたの娘が見えてる。モカナから聞いたかもしれないが、今あんたの娘は花の精になってるらしい。で、あんたに伝えたい事があるってよ」
「・・・・・・ジョージさん、良くお母さん達が来たって分かりましたね」
「まあな。女将、今俺にはリルケは見えるがあんたは見えない。だから、代弁するぜ?で、何て伝えればいいんだ?」
「・・・・・・まずは、ごめんなさいって」
「ごめんなさい」
変な気分だな。オウムにでもなった気分だぜ。仕方ない、その通り話すか。
「「勝手に出て行って、ずっと心配かけちゃったよね。お母さん、ごめんね。あの日、見た事無い花畑を見つけてはしゃいでたら崖から落ちちゃって。私は一度死んだの。気付いたら、あの昔話に出てくる花の精になってたんだよ」」
そんな昔話がこの地域にあるのか。まあ、花と縁の深い地域だしなぁ。
「「何度も母さんに話しかけようとしたけど、やっぱり母さんには聞こえなくて。昨日、始めて話せる人と出あったの。ジョージさんっていう、この人」」
自分の事を他人みたいに言うのって、実に違和感があるな。ある意味貴重な体験してるな、俺。
「・・・・・・・・・え?」
「ん?どうした?」
リルケの様子がおかしい。女将か、リフレールが何か言ったのか?
「あ、いえ、お母さんが昔話の事を、良く覚えてるか?って」
「覚えてないのか?」
「あ、はい。もうずっと子供の頃の話ですから」
「女将、リルケは昔話あまり良く覚えてないみたいだぞ」
「・・・・・・ならいいって言ってます。何だろう?」
「さあな、ほれ。言いたい事を言えよ」
「そうでした。なんだかこうして話が出来るのが不思議な感じで・・・・・・。えっと、お母さんにお願いがあるの」
「お母さんにお願いがあるの」
俺は、またオウムの真似事を再会した。
「「東の山の森の奥に、ケシの農園があるの」」
そう、俺がリルケの代弁をした途端、そこには見えないのに空気が張り詰めた感覚があった。
「東の山の森の奥に、ケシの農園があるの」
ぎこちないジョージの言葉を聞いた時、リフレールは一瞬髪が逆立つような感覚に襲われた。
リフレールは、その感覚に覚えが合った。それは、怒りだ。
ケシの樹脂を精製して作り出す粉末は「幻視粉」と呼ばれる覚醒剤になる。地方によっては儀式にのみ使われるが、それを市場に高額で回す連中が後を絶えない。
サラクもまた、幻視粉の対応に追われる国の一つだ。リフレールは幼い頃、幻視粉の禁断症状に苦しむ親戚の姿を目撃している。
「・・・・・・なるほど、花だけにしては豪華な街並みだと思いました。そういう事ですか」
冷たい声で、リフレールは呟いた。
「ケシの農園だって!?そんなはずは・・・・・・。ちょっとアンタ、娘のフリして本当はこの村潰すつもりじゃないだろうね!?」
「・・・・・・・・・母さん、何か知ってるの?」
相変わらず、ジョージは焦点の合わない目で女言葉を口にする。リフレールは、何だか自分の手の届かない所でジョージに手を出されているのが面白くなかった。
「・・・昔、この村が資金難に陥った時、当時の村長が独断でケシ畑を作ったって話は聞いた事があるよ。確か、禁断症状に陥った奴が狂って火をつけ、この辺り一体が一度灰になったって話さ。けど、あたしが生まれる前の話だよ」
「確かめてみれば分かるんじゃないでしょうか?」
リフレールは、隙の無い笑顔で、敢えて通る声でそう言った。
「ここに私達には見えないリルケさんという花の精がいて、ジョージさんにケシ畑を焼いてくれと頼んでる。なら、リルケさんに案内してもらって、その虚実を確かめれば解決するのではありませんか?」
女将が言葉に詰まる。それもリフレールの予想どおりだ。
(思い当たる節が、過去の話以外にもある)
その反応から、リフレールはそう判断した。
「確か、幻視粉は連合法によって生産を禁じられていたはずです。もし、それが事実でこの村の誰かが運営していた場合、ただでは済みませんよ?」
リフレールの追求に、女将は暫く沈黙を余儀なくされた。
たっぷり5分程の沈黙の後、女将は凛とした表情で顔を上げた。
「分かったよ。確かめに行こうじゃないか」
「・・・・・・その場所って結構遠いのか?」
リルケの案内でケシ畑に向かおうとしたわけだが、俺は大事な事に気付いた。
「えっと、山を一つ越えた辺りだと思います」
「・・・・・・この雨の中、そんな遠くまで行くのか?」
「あっ」
どうやら失念してたらしい。こいつ自身は肉体が無いから雨に当たらないだろうが、こちとら生身の体だぞ。俺はともかく、リフレールとモカナは風邪ひくだろ。
「・・・・・・女将、どうやらケシ畑は山一つくらい向こうらしいんだが、この雨の中行けると思うか?」
「えっと・・・・・・、自殺行為だって言ってます。あはは・・・」
「あははじゃねえよ」
その上、山を越えるとなるとこの雨じゃ土砂崩れが怖い。雨が止むまで、どちらにしてもここで足止めを食うってわけか。
「まあ、晴れる事を祈っとくんだな」
ふっ
と、一瞬視界が暗くなる。おっと、なんだ?立ちくらみってわけじゃないだろうに。変だな、昨日は良く寝れたはずだが。旅の疲れがもう出たのか?
「あれ?ジョージさん、どうかしたんですか?」
「いや、大した事じゃねえ。少し疲れが残ってたみてえだ。しかし、こういう時モカナとリフレールが見えないと面倒だな」
正直だるい。まだ昼前だが、少し寝るとするか。
「リフレール、モカナ、俺には見えてないんだが、どうも調子が悪い。少し寝てるから、用事があったら起こしてくれ」
そう言って、誰も居ないように見える宿を2階に向かう。後ろからは、リルケが着いてきていた。
「なんだ?とりあえず用は済んだだろ?俺は少し休む」
「え、えっと。添い寝とかいりませんか?」
はぁ?
「お前何言ってんだ?ガキじゃあるまいし」
「・・・・・・だって、だって。折角お話できる人に出会えたんですよ!?また独りになるの、怖いんです」
・・・・・・なるほど。無理もねえか。
「分かった分かった。部屋にいるのはいいが、俺は寝るぞ。邪魔すんなよ?」
「え、お話しないんですか?」
「起きたらでいいだろ?」
部屋の前まで来て、後ろを振り返る。すがるような目でリルケが俺を見上げていた。他には誰もいない。だが、恐らくはいるはずだ。モカナも、リフレールも。そこに見えないだけで、俺を追って来ているはずだ。
何年も誰とも話せていなければ始めて話せる人間に合って話したいってのは人情だが、どうにもこうにももう意識が持ちそうにないんだよなぁ。
「とにかく俺は寝るからな?そうだ、暇だったら他の連中の様子を見といて、後で俺に話してくれ。俺には、見えないからな」
そう言って、大の字にベッドに横になる。沈むような体の重さを感じながら、瞼が圧し掛かる様に重くなっていくのを感じた。
なんだ?この眠気。今まで、こんな事あったか?あれか、幽霊もどきと話してるわけだから、気疲れでもして・・・・・・ねむ・・・・・・
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