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珈琲の大霊師016

 王族に純粋な好意で近づく物は少ない。

 誰もが、自らの利益の為に近づいてくる。王族は賢くなければならない。それは国を運営する為ではなく、まず自らを守る為に。

 仲の良かった幼馴染は異性の貴族に騙され、財産を奪われて家を追われた。その貴族に相応の罰を与える為、リフレールは知恵を磨いた。その貴族は、1年後に失脚し、領地を追われた。

 その頃から、世の中がよく見えるようになった。人を上手くうごかせるようになった。それに伴って、いかに周りの人間が愚かで自己中心的で、知能が低いのかという事も分かってしまった。

 賢いと思っていた父も、人としての器が足りず、本来の力を生かす事もできずに国の衰退を招いた。リフレールの忠告も通じず、最早誰にも期待できないと判断したリフレールは国を出てきたのだった。

「私は、うぬぼれていたんですね」

 頭が悪いとは思わない。だが、父王同様人間としての器に疑問を持たざるを得ない。と、リフレールは自己を断じていた。

「・・・・・・まあ、人間そんなもんだろ。完璧な人間なんていやしねえよ。あんたは、それに気付くのが少し遅かっただけだ。つっても、実際は気付けない奴も多いんだけどな」

「ジョージさんは、どこで?」

 どこで、自分を鍛えたのか?という質問だ。ジョージのフォローあってこその、今の立場だ。リフレールは、ジョージを高く評価していた。共に居て、安心できる程度には。

「別に。生きてたら、必要になる知恵ってだけだ。あんたみたいに食うに困らない生活じゃなかった」

 ジョージもまた、生い立ちを話す事にした。大した事のない話だから、今まで話した事もなかった。

 ジョージには親はいない。ジョージには生まれながらに兄弟がいた。それも、20人にも及ぶ大家族。親ではないが、面倒を見てくれる巫女がいた。そう、ジョージは孤児院の出身だったのだ。

 当時はマルクにはいなかった。マルクより北。小さな農村で現役を引退した巫女が運営している孤児院が、ジョージの故郷だった。

 巫女は、退役軍人だった。戦巫女として活躍し、多くの命を奪った贖罪として、子供達を育てていた。

 ジョージは20人いる子供達の中でも、やんちゃな子だった。いつも巫女をあの手この手で困らせて怒ってもらうのが好きだった。

 怒ってもらうということは、それだけ大事にされているということだからだ。

 やんちゃをしていると、素行の悪い連中とも知り合いになる。ジョージは気付けば毎夜孤児院を抜け出し、マルクの街へ繰り出し悪事を働くようになっていた。

 盗み、恐喝、軽犯罪は大抵こなした。特にジョージが得意としたのは、正体を隠し、相手の弱みを握っての継続的な恐喝。搾取しすぎず、継続して大人数から金を取り続ける事で、ジョージはいつも遊ぶ金に困らなかった。

 羽振りの良さとキレる頭のおかげで女にはモテたが、それでも年頃になって女遊びをしなかったのは、巫女への敬愛の念から来るものだった。

 ある年、巫女が病に倒れた。巫女はずっとその症状を隠し、子供達に不安を与えまいとしていたのだった。しかも、観察力のあるジョージはその頃になると一日の大半をマルクで過ごしていた為、それに気付くのが遅かったのだ。

 ジョージは後悔した。自分が傍に居れば、絶対に早く気づけたものを……。

 その日からジョージはマルクに行かず、巫女を必死に看病した。だが、病状は改善せず、自分の力だけでは解決しないと理解したジョージは巫女をマルクの医者に見せる事に決めた。

 巫女は動かせる状態でなかった為、ジョージは一人で医者を訪れた。

 

 マルクの医者は、マルクの市民、あるいはその家族しか治療してはならない。

 そんな法律が、当時のマルクにはあった。マルクは医療先進都市である。その技術を他国に持って行かれない為の法律だと、ジョージは調査の末に知った。

 だが、そんな都合は知った事ではなかった。ジョージは、なんとか巫女を医者に見せるべく奔走を始めた。

 まずジョージは、恐喝していたネットワークを変更し、より支配力を強めた。

 方法は単純、それまで「払わなければバラすぞ」と脅していたものを、「お前の秘密は俺が守ってやろう。その対価を貰う」という形にしたのだ。

 秘密は常に露呈のリスクを孕んでいる。ジョージにバレずとも、危険は常にあるのだ。そこを突き、得る金額はそのままに恩を着せたのだ。結果的に恩を売られた連中は、ジョージに恩を返す形で協力せざるを得なくなった。

 無論、実際にはジョージは何の手も打ってはいない。実際に秘密がバレた際には、見捨てるつもりでいた。

 巫女を医者に診せる方法は二つ。

 1.巫女を、マルク市民にする。

 2.法律を変えさせる

 マルク市民になるには、厳密な審査が存在する。その者の身元を照会し、審議にかけ、通るまで最低でも1ヶ月が必要になる。

 この過程は余程強力な力でもない限り短時間で通す事はできない。単純に、事務手続きだけでも何重もの審査があり、それを一気に突破できるだけの人脈はジョージには無かったのだ。

 そこでジョージは、法律を変えさせる方向に舵を取った。

 運良く、ジョージの「顧客」にはマルクの議員も居た。慈善事業への寄付を着服していたという事実をジョージに握られていた、人権団体出身のこの議員を使うことを決め、ジョージは議会を揺るがすべく情報をかき集めた。

 その情報とは、マルクに滞在中病気にかかり、法律によって医師の診察を受けられず死んだ者の数。または重篤になった者、障害を持つ事になった者の数と実態だ。

 最初は少しでもいれば目標を達成できると踏んでいたジョージだったが、その実態はジョージの想像を超えて酷かった。

 例外は認められず、マルク市民以外の診察は一切行われていなかった。その結果、急いで隣の都市へ移動しようとして事故にあった者、途中で病状が悪化し死に至った者、町を囲む塀の外に存在する下町でモグリの医者にかかって死んだ者、障害を負った者。いくらでも情報が溢れていた。

 それだけではなく、感染症の患者は強制的に街の外まで連れ出され、追放されていたのだ。

 この法律は、マルクの社会問題だった。ここまでの実態がありながら、何故問題として浮上していないのか、ジョージはその裏に意図的な構造が存在していると感じていた。

 裏には、想像以上の利権構造と闇があった。

 ジョージは、調べていく内に外国人患者の中でも、診察を受けに病院に行った者が、時々行方不明になっている事に気づいた。

 最初は、街の外に出ていって死んだのだろうと思っていたが、出国履歴が無いこと、共通性がある事が気になった。

 そこで、ふと気付いたのだ。なぜ、マルクが医療の最先端を走れるのかということに。

 水精霊がいるからだと思い込んでいたが、それだけでは外科技術、薬学研究でも最先端を行くのはおかしい。

 明確に理由がある。必ず裏があると思っていたら、ある日部下から世間話で面白い話を聞く。

 毎朝、決まった時間に海に出ていく漁師がいると。そいつは、必ず昼下がりには帰ってくるが、いつも魚が一匹も樽に入っていないのだ。それなのに、そいつは酒場に入り浸り、気前が良いのだという。

 世間話としては、変だなあ程度で済む話だったが、ジョージはこの漁師が何のために海に出るのか気になった。

 海に出て、何をするか?魚を釣らないなら何をする?海に出てすること。

 頭のなかを言葉が入り乱れた。

 そして、ジョージは、真実に至った。気付いた瞬間、ジョージは真実の残酷さに、義憤の焔を立ち上らせる事になったのだった。

 次の日、ジョージは仲間と共にその漁師を締め上げ、樽の中味を見た。

 そこには、夥しい数の人骨が入っていたのだった。

 漁師に吐かせた真実は、ジョージの予想通りの物だった。

 マルクの医師会は、病にかかって病院を訪れた外国人達を、人体実験の材料にしていたのだ。解剖されたもの、新薬の実験台にされたもの、移植用の臓器や四肢を奪われた者、命が無くなるまで使われ、命が無くなったら溶液に浸して肉を溶かし、骨を砕いて沖合いに流していたのだ。

 マルクで外国人が医療を受けられない事は有名な話だ。にも関わらず病院の門を叩くということは、余程切迫した状況か、世間知らずかのどちらかである。どちらも、騙して連れ去る事は実に容易だ。誰かが調査に来た所で、既に骨も残っていない。

 仮に身分が高い者であれば、命を助けて恩を着せる事もあるという。

 あまりにおぞましい医師会の裏の顔に、ジョージも、その仲間たちも目的を忘れるほど憤った。

 その後、実験場を突き止めたジョージ達は、そこから出てくる医師達のリストを作成した。

 そして、一斉に手紙を送った。そこには、数名の医師の名前があった。

 次の日、その医師達は姿を消した。そして、更に手紙は届いた。その手紙には、血に濡れた一本の髪が添えられていた。

 次の日も、手紙に書かれていた医師達は姿を消した。そしてまた手紙が届く。今度は、書かれた医師の名前は1名だけだった。

 医師たちは、護衛を雇い、その医師を警護させた。しかし次の日、護衛達の前から医師は忽然と姿を消していたのだった。

 毎日減って行く仲間達に、医師会はその裏の意図を感じずにはいられなかった。今まで犠牲にしてきた外国人達の呪いだという者もいた。懺悔しなければ、全員殺されると。

 何の要求も記されず、ただ人体実験に参加した医師が一人一人と減って行く状況に、医師会内部は混乱を極めた。疑心暗鬼がはびこり、苛立ちから不用意な発言が飛び交い、医師達は孤立していったのだった。

 マルクから腕利きの医師が減って行くという噂はついに水宮に至り、当時の医師会会長は出頭を命じられた。

 そして、何か心当たりがないか尋ねられた時、医師会会長の脳裏には当然人体実験の件があったが、思わず嘘をついてしまった。心当たりが無いと。

 水宮で嘘をつくことが、どれほどの危険なのか理解していながらジョージの心理攻撃に平静を失っていた会長は、嘘をあばかれ、真実を露呈する事となった。

 次の日、医師会は解体され、水宮の下部組織が管理団体となった。

 このセンセーショナルな事件を武器に、ジョージ達が擁する議員は外国人への医療提供を認めることを強く提案し、満場一致で可決された。

 可決された次の日、それまで行方不明になっていた医師達がやつれ果てた姿で市場に転がされているのが発見された。

 この事件は、殺された外国人達の亡霊による怪事件としてマルクを駆け抜け、各所で亡霊を見たという報告が相次ぎ、マルク市内ではオカルト専門誌が創刊された。

 当然、実際の誘拐はジョージと仲間達が行ったものだった。彼らは、医師達を守る傭兵団に入り込んでいたのだ。犬で守りを固めたつもりが、狼だったというわけだ。

 医師達は、覆面を被ったジョージ達に脅され、あらゆる弱みを全て吐かされた上、常に監視しているという言葉を監禁中毎日のように聞かされていた。事件後、医師達は揃って亡霊に連れ出され、暗い場所でひたすら恨みを聞かされていたと証言した。

 後日、人体実験を行っていた場所には慰霊碑が建立され、今でも毎日巫女が花を捧げている。

 

 そして、孤児院を運営していた巫女は、マルク一腕の良い医師に、来院一万人記念で無料診察を受け、無料で高い治療を施され、無料で入院し、栄養満点の病院食を食べて復活したのであった。

 ちなみに、この時点でマルク一腕の良い医者がいる病院に過去訪れた患者の数は、12821人であったという。

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