珈琲の大霊師023

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【第8章】花の村に怪奇の影

誰か気づいて下さい

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 モカナという少女は、見ていて飽きない。と、私リフレールは思う。
 
 いつも楽しそうにしている。子供は基本的に何にでも興味を持つものだが、モカナの場合はそれが非常に広い範囲になっていると言える。
 
 今も、道端に咲いている花を見つけてはジョージを呼んではしゃいでいる。対するジョージは笑っているが、興味の先は花ではなくモカナの表情の方だ。かく言う私も同じで、モカナの顔を見ているだけでただ延々と歩くだけの作業も辛くはない。
 
 その分、ジョージと大人の男女の会話ができないのが玉に傷なのだけれど。
 
 貿易都市マルクを発って五日。私達は、サラク領スゥク市へと向かっている。といっても、そこには徒歩で1ヶ月程かかる。まずは、食料の補充を考えて連合領プロル村へ寄る予定だ。
 
 ジョージには意外な顔をされたが、私はサラク国境からは馬と徒歩だけで単身マルクに乗り込んだのだ。旅は慣れている。野宿も、マルクに向かっていた頃に比べれば随分楽だ。
 
 盗賊を自分が警戒しなくても、ジョージが気付いてくれるし交渉もしてくれる。今の私には水精霊のサウロがいるし、歴戦の巫女ユル直伝の戦闘技術がある。小隊規模の盗賊団なら、私一人でも制圧できる自信があった。
 
 飲み水の確保が楽というのは、旅にとって非常に重要な要素だ。マルクへの旅では、時々水を切らして森へ入る事もあった。そうなると、飲み水を確保するだけで半日近く使ってしまうこともあった。

 今は、休憩時間にモカナがぱぱっと作ってくれる。それも、美味しい。岩清水のような澄んだ味なのだ。

「あぎゃぎゃー!だばっだば~!!」

 と、品の無い大声を上げながら水を作るドロシーにはいまいち慣れないけれど、この水を飲みながら旅ができるなら安い。
 
 水筒の水を、ぐいっと飲む。以前は、唇を湿らす程度にしか飲めなかったりしたものだ。砂漠の王国であるサラクでは水の節約は常識でもあるから、例えがぶ飲みしても平気だというのはそれだけで凄く贅沢な気分になれる。
 
「はぁ~。美味しい」

 つい口から出てしまうくらい、モカナの水は美味しいのだった。

 三人は、プワルの宿の中でも割と地味な外見の宿を選んで飛び込んだ。名は、「花の褥」。
 
 無名のジョージやモカナはともかく、サラクへ近づくにつれてリフレールの素性がバラる確立は上がってくる。よって、極力目立たぬよう目立たぬよう行動しなければならない。

 たまには、水宮やサラク宮殿のような大きな浴槽に浸かりたいとリフレールは感じていた。たった一週間ほど離れていただけだというのに、湯というものは随分恋しくなるものだ。

「いらっしゃい。外は大変だったでしょう!タオル持って来ますね」

 大柄な女性が、丸々とした腕にいくつもくたくたになったタオルを下げて迎えに来た。

「はい。お願いします」

 笑顔で頼んでおく。実際は精霊術によってほとんど水はかかっていないけれど、そんな事を言えば訝しがるに決まっている。

「今、お風呂空いてますよ。お夕飯前にどうですか?」

 地味な外見の割に、サービスには拘っていると見える。一般的には、サウナの方が導入されているのだ。治水が良くなければ、浴槽に水を溜める程の水を確保する事は難しい。

「はい、是非お願いします。モカナさん、一緒に入りましょう?」

「はい!」

「はい!」

 モカナの真似をするように、ちゃっかりと一緒に入る気でいるジョージに冷たい視線を浴びせかける。

「ジョージさんは、私達の後でおごゆっくりどうぞ」

 にこりと笑顔を作って、ジョージの前で扉を勢い良く閉めた。

「フラれたね。色男。お部屋はこっちだよ」

 女将が愉快げに笑った。ジョージは、親近感の持てる女将だと思いながら苦笑いし、3人分の荷物を持って女将の後に続いたのだった。

 脱衣所に入ったモカナは、先にさっさと服を脱いで湯船に向かうリフレールに見とれていた。

「?どうしたの?モカナちゃん」

 リフレールさんは、本当に綺麗な人だ。ボクなんかとは、生まれも育ちも違うんだなぁ。
 
 真っ白な肌に、絹みたいな金色の髪。それに、すごく女の人らしい丸い体。ボクには、そのどれもない。
 
 いいなぁ、リフレールさん。綺麗だなぁ。
 
「モカナちゃん?」

「あっ、はい!入ります」

 わっ!!じろじろ見てるの分かっちゃったかな?

「クス。その前に、服を脱いでね」

「あわっ。はい」

 リフレールさんに笑って腕を掴まえられて、やっと気付いた。慌てて、服のままお風呂場に入る所だった。危ない危ない。
 
 そういえば、ボクの故郷にはお風呂なんて無かった気がする。やっぱりまだ全然思い出せないけど、いつも近所の川で水浴びを皆でしてた気がする。やっぱり名前は思い出せないけど、顔はなんとなく思い出せた。
 
 皆、ボクと同じように焼けた茶っこい肌に、黒い目、黒い髪だった。
 
 リフレールさんの家族は、皆あんな綺麗な体をしてるのかな?だったらすごいなぁ、やっぱり王様の家族だからなのかな?

「サウナも悪くないけれど、やっぱり私は湯船の方が好きだわ~」

 はぁ~と、気持ち良さそうにリフレールさんがため息をついた。リフレールさんは、ボクの前とジョージさんの前だと喋り方が違う。というより、ボクにだけ喋り方が違うのかもしれない。
 
「あの、リフレールさん。お湯、熱くないですか?」

 ボクは、熱いの苦手。

「気持ちいいわよ~。やっぱり、お湯は少し熱いくらいじゃないと」

「・・・・・・お水足しちゃだめですか?」

「ダメ」

 リフレールさんは、ボクにはハッキリと物事を言うような気がする。ジョージさんとかユルさんとだと、なんだか少し言いたい事をクレープに包んでるみたいな言い方をするんだ。

「モカナちゃんにはまだ分からないかもしれないけど、熱い方が体には良いんだから」

「・・・・・・でも・・・・・・」

 熱いと、クラクラする。

「はいはい、ぐちぐち言ってないで入る入る」

 そう言って、リフレールさんはボクに近づいてくる。きっとボクを抱き上げる気だ!!
 
 ボクは、じりじりと後ろに下がってしまう。こういう時、リフレールさんは凄く楽しそうな顔をする。
 
「サウロ」

「こんな事で呼ばれるのは心外なんけど」

 ボクの後ろにサウロが出てきたのを感じる。

「わっ、やだ。ドロシー!」

「あぎゃぎゃぎゃー!!!こらー!!モカいじめちゃだめだぞ!」

 サウロの前にドロシーが出てきて、サウロに組み付いた。なんでか知らないけど、サウロはドロシーが苦手みたい。ドロシーを呼ぶと、何もできなくなっちゃう。

「ほっ」

「甘いわねモカナちゃん。サウロは囮よ?」

 はっ!!!
 
 ボクの脇に、リフレールさんの腕が入り込んでいた。
 
 次に、ボクの背中に柔らかい感触がいっぱいに広がる。うー、捕まった・・・・・・。でも、柔らかいなぁ。
 
「はーい、一緒に入りましょうね~」

 ボクは熱湯地獄に連れていかれるのです。調理前の鶏肉さんなのです。そんな気分でいると、あっさり熱い湯船に連れ込まれた。
 
「あつっ!!熱いよ!」

「熱いのは最初だけ。今日は逃がさないぞ~」

 がっしり掴まえられちゃ逃げられないよ!!うわーん!熱いよー!熱いよー!体がじんじんするよ~。あと少しすると、じんじんはなくなるんだけど・・・・・・くらくらしてくるんだ。そうに決まってる。
 
 がっくし・・・・・・。
 
 
 
 30分後、のぼせたモカナを抱えた女将さんが湯上りのリフレールを伴って部屋に帰ってきたのであった。

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