サウナでおっさんにナンパされた話

 これは今から3年前の夏。近所のスーパー銭湯で、おっさんにナンパされた時の話である。

 当時、僕は大学3年生。就活をはじめるという理由で3年間所属していたヨット部を引退したころだった。その日は一日中、冬インターンに向けてのエントリーシートを書いては、エントリーシートに書かれた自分がまるで自分でないような違和感に頭を悩ませ、悶えていた。そんな自分を労わろうという口実でスーパー銭湯に来たのである。僕がよく通っていたスーパー銭湯は、阪急オアシスに併設されたごく普通のスーパー銭湯で、近所の女子大に通う学生らが多くバイトとして働いていた。

 その日も、いつもと同じように入り口から入って一番右手前の靴箱に靴を入れる。100円の硬貨を入れて鍵を引き抜き、靴箱の鍵を受付に渡して、代わりにリストバンドを受けとる。今日の受付は、見るからに優しそうなしわしわの笑顔のおばちゃんらしい。毎週日曜日のこの時間帯にいる可愛い店員さんは今日は不在なのだろうか。少し明るめの茶髪の、長い髪を後ろで括った、少しばかり身長の低い、笑うと笑窪ができる店員さん。夏になると少しばかり肌が焼ける彼女はきっと、屋外のサークルか何かに入っているのだろう。いつもと同じようにどうでもいいことをあれこれと考えながら青の暖簾をくぐり、ふわりと香る温泉の匂いを胸いっぱいに吸い込み、心を踊らす。いつもと同じ一番左奥のロッカーに荷物を入れようと思ったが、今日は使われているらしいので代わりにその下のロッカーを使う。銭湯に行くときは毎度脱ぎやすい格好をしているので、3秒で服を全部脱いでしまうと「宝塚の湯」と大きく書かれたよれよれの手拭いで股間を隠し、浴場へと向かう。

 やけに今日は人が多いな。いつもより賑わう浴場の様子に少しばかり落胆し、掛け湯をかける。奇跡的に空いていた普段使っているシャワーの前に腰掛けると、裸の自分が鏡に映る。浴場の鏡に映る自分は毎度1.5倍ほどかっこよく見えるのがなんだか良い。なんでモテへんのやろなぁなんて思いながら熱いシャワーを頭からかぶって、濡れた髪をかきあげる。8回ほど殴った後の木村拓哉が鏡に映った。

 頭と身体を全部洗ってしまうと、身体に残る水滴を全て拭いとって、青いビート板を手に取る。さっと水で洗い流してしまうと、少し足早にサウナの入り口へと向かい、重たい扉に体重をかけてぐっと開ける。途端に熱気がぶわっと全身に当たり、肌の表面がピリっと痺れる感覚がする。これがいいのだ。普段は1番上の段に座るのだが今日は混んでいるため、出来るだけ上の段に腰を下ろす。じりじりと身体が焼けていく感覚に神経を研ぎ澄ます。吸い込む息が熱く渇いていて、それがなんとも心地よい。耳を澄ますと、ジィィィというヒーターが活動する音が聞こえてくる。暑さに耐えるために余計なことを考えずにじっと時計の針を見つめる。12の時に入ったので、出るのは10だな。

 時はあっという間に過ぎる。針が10になったのを確認してまた少し足早に出口へと向かう。立ち上がるとより暑い熱気に身体が晒されて、乳首が痺れる感覚がする。身体に滴る汗が流れるのを鮮明に感じる。重たい扉にぐっと力を込めて開けると涼しい風が入ってくる。小さな桶で水風呂の水をいっぱいに汲んで、身体にかけ流す。右足。左足。右肩。左肩。頭。そして一気に水風呂に入ってしまうと体がビリリと硬直する。少し我慢をすると、じんわりと身体の表面に温かな膜ができるのを感じる。水風呂に入っているのに冷たさを感じなくなる。全身がその膜に覆われたところで水風呂を出て、身体の水滴を手拭いで拭い取り、外に出る。ふわりと暖かい空気が身体を撫でる。外気浴様のリクライニングチェアーに腰をおろすと、温泉の匂いをまとった心地の良い風を肌で感じながら目を瞑る。心臓の鼓動がドクドクと鳴る。ゆっくりと深呼吸をして、息を整える。じわーっと身体に籠った熱が冷めていくのを感じる。これがいいのだ。

 意識が無くなるか無くならないかの狭間を揺れ動きしている中、トントンと右肩に物理的な感触を感じた。目を開けてそちらを見ると、そこにはずいぶんと肥えた体をしたおっさんがニコニコとした笑みを浮かべて仁王立ちしていた。見たこともないほどにでかい腹には、どれだけ掻き分けても深層に辿り着かないほどの毛が生い茂っている。首は肉で覆われていて、息をするのが苦しそう。髪は見た目に反して小綺麗にさっぱりと整えられていて、髭もしっかり剃ってある。身長はそれほど大きくなく、おそらく170センチ程度だろう。ただ、どでかい図体に引っ張られて180センチ以上ある様にも見える。

 「君、いい身体してるね。」おっさんは確かにそう言った。いい身体、の定義にもよるがもし目を引くという意味であればおっさんのほうがある意味いい身体をしているなと、ふと思った。隣座ってもいいかい、と聞きながら僕の隣にのしりと腰を下ろす。仮に僕が断ったとしても、隣に座る予定だったのだろう。毛むくじゃらの身体が自分の身体に触れるのを生理的に拒否したのか急いで身体を少し離す。

 彼は自分の名を、斉藤と名乗った。個性的な見た目に反して随分と平凡な名である。よくよく話を聞いてみると、彼は保健関連のなんだか名前を聞いたことある様な大手の子会社で人事関連の、主に採用の仕事をしているようだった。そして、趣味として、こうして若者に声をかけては就職活動の相談に乗っているのだと言う。一言目が一言目だったため、あっち系の人間なのかと戸惑ったのだが、そうではないらしいのでなんとか後ろの穴の貫通は魔逃れそうでひとまず安心した。

 「次2セット目に行こうと思うんだけど、よかったら一緒に行かない?」と彼は言った。今日はなんとなく一人で静かに入りたかったのが本音のところではあったが、就活の相談相手をしてくれるのは悪い話ではない。ましてや人事だ。まだ彼に対する不信感は拭えないものの、話に乗ることにした。

 僕は今抱えている悩みについて打ち明けた。自己分析をどれだけ行っても辿り着いたものが自分とは到底思えないということ。頭の中で何かを思って文字に書き起こす。その直前までは確かに自分の本心であるはずなのに、紙の上にその文字が書き出されると途端に自分のものではない様に思ってしまう。誰なんだこいつは。それが故に、当然面接でも話せない。嘘はついていないはずなのに、自分の話す言葉の一つ一つが虚像の様に感じてしまい、自信がなくなる。また僕は「あなたの強みはなんですか。」というこの質問にさえ、困惑してしまう。果たして質問者が求める「強み」は何においての何と比較した際の「強み」なのだろうか。仮に一つ、コミュニケーション能力を切り出したとしても、上に上がいることは言うまでもない。部活で新歓担当をしていた人間が、ハードな営業インターンで鍛えられた人間の前で声を大にしてコミュニケーション能力が強みですなどと言えるだろうか。そもそもコミュニケーション能力はなにをとってコミュニケーション能力というのか。ハードな営業インターンで培われたコミュニケーション能力は果たしてどこでも通用するコミュニケーション能力か。彼がもし仮にノリと勢いと元気で受注する様な営業スタイルであった場合、ロジカルで気難しい人間相手には逆に「弱み」になってしまうのではないか。

 斉藤と名乗るおっさんはその都度その都度、うんうん、とか、なるほどね、とか、たしかに、とか適当な相槌を入れながら僕の話を聞いていた。そして彼は肉に埋もれた顎をぽりぽりと書きながら言った。「まあ、就活なんてものはゲームみたいなものだからね。そういうもんって割り切るのがいいんじゃないの。」

 やはりそういうものなのだろうか。しかし、人事の人間がそういうのであればそうなのだろう。頭ではそう理解しようとしつつも、心のどこかで、偽りの自分を見せたその先の関係は果たして生産的なものになり得るのだろうかといった疑念がいつまでも宙を彷徨っていた。

 彼との関係性はこの日以降も続いた。半ば強引に交換させられたLINEには毎週の様にメッセージの通知が来た。度々、就活相談に乗ってあげるという口実で渋々会っては彼の仕事の愚痴を延々と聞かされた。職場の人間にプライベートのSNSアカウントがバレちゃってさ。プライベートの侵害だよなあ。最近の若いやつはメールの返信を一言で済ますんだから。りょ、じゃねえよ。りょ、は二文字か。がはは。そして、本命の就活相談も日に日に説教じみたものになってくる。「俺はお前の兄貴みたいなもんだからさ、別にいいんだけど。」を枕詞にして。


 今ではもう大阪を出て就職もしてしまっているため、彼とは連絡を取っていない。今思えば、右も左もわからない就活生に対して「大人」という肩書きを乱用して歩み寄り、ただただ気持ちよくなっていただけなんだろうなと振り返る。

 しかし、ふと自分に重なる部分を自覚する。最近どうなん。なんて先輩面をして、後輩に話しかけ、傲慢にも何かを教えようとして長々と話す。あたかも自分の生きてきた道が正解の如く、こうするべき、それはよくない気がするなあ、ええそんなことしちゃうの、もったいない、なんて。そのせいで右も左も分からない後輩たちは余計に困惑して、次第に何が正解なのかが分からなくなって、何もできなくなってしまう。そんな想像も出来ずに、自分の見栄と快楽のためにマウンティングをする。

 おっさんは今何をしているのだろう。今日もまた、右も左も分からない就活生に対して「大人」の肩書を乱用してマウンティングをしているのだろうか。そうして積み上げてきた人生経験は塵の如く、同世代からは「薄っぺらい人間」のラベルを貼られ、ますます若者にしか相手にされなくなるのであろう。

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