6畳一間、夢追う男と二人暮らし
「来月からお前んち、住むわ。」
久々に会った友人に、突然そう言われた。
彼は、元同じ大学の、元同じ研究室の、友人。
僕は大学を卒業してそのまま大学院に進学。彼は大学院には進学せず、どうやら小説家を目指してフリーターをしているらしかった。
大学を卒業してから三ヶ月ぶりに彼から飲もうぜ、と誘われて、ひょいひょいと顔を出してみれば、そんな話だった。
「家賃何ヶ月間か滞納してたらさ、ついにアパート追い出されそうで。」
彼は、はははと笑って照れくさそうに頭をポリポリとかいた。いや、笑い事ではないだろ。
僕が住む家は、大学に入学する時に契約した6畳一間のワンルーム。ベッドを置いて、ローテーブルを置いて、テレビを置けばすっかり足の踏み場がなくなってしまう。
彼が橋下環奈のような千年に一度の美女だったならば、僕はガッツポーズをしていたであろう。彼が峰不二子のようなセクシーなおねえさんだったならば、僕も息子も思いっきりガッツポーズをするだろう。
しかし、皮肉なことに彼は男。身長180センチ、体重80キロの大男。無駄に鍛え上げられた大胸筋が、そこにあるはずだった乳の代わりに隆々と君臨していた。
「まあ、一年後には諦めて就職するからさ。」
そんなこんなで僕と大男の、6畳一間のワンルーム二人暮らしが始まった。
翌月、彼はキャリーバッグひとつで本当に家にやってきた。
家具などは金になるものは売って、あとは全部捨ててしまったらしい。
まず僕らは、お金のルールを決めた。
光熱費は半額ずつ出し合おう。シャンプーとかトイレットペーパーとか、その他諸々の雑費は、毎月1000円徴収することにする。本当は家賃も半額出して欲しいけれど、お金がないやつには何を言ってもお金は出てこないので目を瞑ることにした。そのほか食費やらなんやらは、自分で食べる分を買うこと。
そして僕はハンガーラックで彼のために仕切りをつくってやった。人ひとり寝れるかどうかくらいのスペースを彼にあげた。
流石にワンルームに男二人、仕切りもなしに住むのは、ストレスで蕁麻疹まみれになってしまいそうだった。
居候生活一ヶ月目。
彼はさっそく僕のミートパスタを盗み食いした。
別にパスタの一つや二つ、食べられたところでなんとも思いはしなかったが、しっかりと「食費は自分が食べる分を自分で買う」と決めたのである。ここで許してしまっては、そのままずるずると僕が不快な思いをすることも増えてくることが目に見えた。
だから、僕はあえて強く彼を叱った。
彼は、申し訳なさそうに、ごめん、と言った。普段あまり怒らない僕が怒ったのもあって思いの外、効力があったらしく、次の日僕が家に帰ったら、掃除するのを諦めていた、髪の毛だらけの浴槽がすっかり綺麗になっていた。
居候生活二ヶ月目。
僕はお盆で実家に帰省したが、彼はお金がないから、と帰省をしなかった。
帰省から帰ってきて、1週間ぶりに家に戻ると、なんだかゴミ箱が異臭を放っていた。ゴミ箱の中身はカピカピになったティッシュが溜まっていた。
彼に、「やったな?」と聞いてみたけれど、彼はとぼけた顔を貫き通した。
それ以降、ゴミ箱が異臭を放つことは無くなったが、彼は夜中にのそのそとイヤホン片手にトイレに籠ることが多くなった。
居候生活三ヶ月目。
彼は洗濯機の使い方を覚えた。
僕は、家事に苦労をあまり感じるタイプではなかったので家事分担を明確にしていたわけではなかったのだが、彼は居候という立場に、多少の窮屈さを感じているのであろう。
「俺、今度から洗濯とトイレ掃除やるわ。」
と彼はドヤ顔でそう言い放った。
本当は、掃除機かけたり、シンクに溜まったゴミをゴミ箱に捨てたり、シャンプーの詰め替えをしたりなど、他にも家事はあげたらキリがないのだが、あえてここはあえて目を瞑った。
これまではたまにきつく叱った翌日にトイレを掃除するぐらいのことしかやってなかった彼が洗濯を覚えたのだ。一歩大きな成長である。
「なあ、俺ってなんのために生きてるんだろう。」
居候生活がついに半年を迎えようとしているある日の夜、彼のために用意した仕切りがわりのハンガーラックの向こう側から彼がぼやいた。
「俺って、世間じゃ結構いい大学出てるじゃん?それでもさ。学歴を捨ててまでしてさ。毎日毎日小説書いて、バイトして。どう見ても自分よりも頭の悪いバイト先のおっさんがさ。毎日毎日俺を罵るわけよ。お前本当にそれでも〇大卒か?勉強はできるかもしれないけど、頭は悪いみたいだな、ははは、〇大卒も所詮こんなもん、ってさ。」
彼は続けた。
「小説家になるって言ってさ、思い切って就活もせずにフリーターになったけどさ。今思うと、本当は小説家になりたかったんじゃなくて、ただ、他人とは違う何かになりたかったんだろうなって思うんだよね。きっと、他人と違うならなんでもよかったんだと思う。たまたま、文章を書くことで褒められることが多くて、なんとなく投稿したSNSがちょっと伸びたりして。可能性、感じちゃったんだろうな。馬鹿だな。俺は。」
そういう意味では、バイト先のおっさんの言う通りなのかもな。って彼は冗談っぽく笑ったが、その笑い声は酷く枯れていた。
居候生活八ヶ月目。
彼は東京の会社に就職することが決まった。
それは突然のことだった。もう来月には荷物をまとめて東京に引っ越すらしい。
彼は多くを話さなかったが、それでも一時期の彼と比べれば、どこか吹っ切れている、そんな様子だった。
引っ越しの日を尋ねてみると、まさかの年明けすぐだという。ちょうど僕が実家に帰省しているタイミングだったので、最後ぐらいちゃんと挨拶しろよ、ってツッコミをいれたくなったのだが、そのいい加減なところが彼らしかった。
年明け。
2週間の帰省から久々に家に帰ると、彼の姿はなかった。
彼のために用意した仕切りという名のハンガーラックは元の位置に戻されていて、どうやら掃除をしたらしい痕跡が残っていた。
『洗濯とトイレ掃除やるわ。』と言っていたのに、結局あれから二回ほどしか実施されていなかったトイレ掃除もついに第三回目が実施されたみたいで久しぶりに綺麗になっていた。
家のポストには、彼に渡した鍵と、一通の手紙が入っていた。
手紙の最後には、意気揚々と書かれた彼直筆のサインがあった。
長かったようで短かった8ヶ月間の居候生活。
居候の相手が、橋本環奈でも峰不二子でもなく彼で良かったなと、たったほんの少しだけ、そう思いそうになった。