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5,898本のパイプを持つオルガン。その響き、もはや異次元体験です!


お元気ですか? サントリーホールのトビラです。

サントリーホールの入口で、いつも両扉を広げて皆様をお迎えしている私トビラが、このホールで見聴きしたさまざまなエピソードをお伝えします。
今回は、壮大なオルガンのお話です。


♪  大ホールに最初に響いた音は?

いきなりですが、問題です。
1986年10月12日に誕生したサントリーホールでは、今までに2万回以上ものコンサートが開催されてきましたが、さて、最初に響いたのは、何の楽器の音だったでしょうか?

それは、大ホールに足を踏み入れれば必ず目に入る、巨大な楽器。
でも、あまりに建物と一体化しているので、もしかしたら楽器と気づかないかも知れません。


ホール正面に堂々と構える、オルガンです。
日本ではパイプオルガンという呼び名で親しまれているように、鍵盤を押すと指定のパイプに風が送られ、笛と同じように音が鳴る仕組み(ざっくり言えば、です。その構造はかなり複雑で簡単には語れないので……またの機会に)。

パイプの種類や本数は1台1台異なるのですが、サントリーホールのオルガンは、長さ7メートル・重さ150キロもあるパイプから、わずか1センチ・10グラムのパイプまで、総数5,898本! 世界最大級、唯一無二のオルガンなのです。

大ホールに最初に響いたのは、このオルガンのA(ラ)の音でした。
鍵盤を押したのは、初代館長 佐治敬三
赤ちゃんがオギャ〜と産声をあげるように、生まれたてのホールに、オルガンの音が ラ〜〜〜 と鳴り響きました。

オルガンのA音を鳴らして開館宣言をする初代館長 佐治敬三

その音に合わせて、ステージ上のオーケストラ奏者たちが、それぞれの楽器をチューニング。そして演奏されたのは、日本が誇る作曲家 芥川也寸志の世界初演作、 「オルガンとオーケストラのための響」(サントリーホール落成記念委嘱作品)。

突如、天から降り注ぐような大音響。地から湧き上がってくるような重厚な低音。
壮麗で神秘的なハーモニー。疾走する旋律。
巨大なエネルギーが渦巻くように、オルガンとオーケストラの響きが大ホールいっぱいに満ちて、サントリーホールが幕を開けたのです。
私トビラも、ビリビリと震えるような心持ちでした。

♪「1台のオーケストラ」とは?

さて、世界最大級のオルガンと紹介しましたが、それにしてもなぜ、5,898本ものパイプが必要なのでしょうか? 

もちろん、それぞれに役割があります。
一本一本が、ある音の高さ(音高)と音色を持ち、多彩な音色を鳴り響かせるために存在しているのです。

このオルガンは、小さな3階建ての家のような構造になっていて(ドアも階段もあるんです)、内部にも、縦笛のような形やラッパのような形の金属パイプ、長方体の木製パイプなど、形も素材も長さも太さもさまざまなパイプが、ぎっしり列をなしています。

オルガンの内部には、木製・金属製の形状も様々なパイプが林立しています


手鍵盤と足鍵盤あわせて276鍵あるので、276本のパイプがあれば、22オクターブ半の音階が作れます。
しかし、それだけでないのがオルガンの醍醐味。
ここに、数十種類の音色がかけ合わされるのです。

オルガンは、「たった1台のオーケストラ」と言われるように、たくさんの音色を重ねて鳴らすことができる楽器。そのために、さまざまな形状のパイプが用意されているわけです。

「この曲のこの部分は、どんな音色を組み合わせようか」と考えて準備するのが、オルガニスト(奏者)の大きな役割。
その音色選びのための装置が、演奏台の左右に並んでいる、黒くて丸いノブのような ストップ(ドイツ語ではRegister)です。

サントリーホールのオルガンの演奏台

「フルート」「トランペット」「ヴィオラ」などの楽器名や「プリンツィパル」などの言葉と数字が記されたストップを手前に引くと、その音色を鳴らすパイプに風が送られる仕組みです。

演奏台の両脇に並ぶストップ

サントリーホールのオルガンのストップ数は74。
単体で使うことも、いくつものストップを組み合わせて使うこともできます。

オルガニストは、両手で4段の鍵盤、両足のつま先とかかとを使って足鍵盤を弾きながら、ストップの組み合わせを変えて音色をコントロールし、音楽を奏でているのです。

ものすごい表現力 + 身体能力!

オルガンを演奏する鈴木優人さん

指揮者で作曲家、オルガニストの鈴木優人さんは(サントリーホールのオルガンを最も数多く弾いているオルガニストのおひとりです)、
「オルガンの中にたくさんの個性が入っていて、一斉に鳴るわけではないけれど、全体で音楽を作る。オーケストラを指揮するのと似ている感覚です。ストップひとつだけで弾いても美しい」
と、愛おしそうに語っていました。

毎夏恒例の丸ごと1日公演「オルガンZANMAI!」や、ランチタイムの無料コンサート「オルガン プロムナード コンサート」、親子で楽しめる「こども定期演奏会」など、近年このホールでも大活躍していただいているオルガニストの原田真侑さんは、
「絵の具を混ぜるように、音色をひとつ足すだけで音の色彩が変わるので、可能性が無限大! 特にこのオルガンは、音色が選び放題、なんでもできる、とても楽しい楽器です」
と、素敵な笑顔でおっしゃいます。

「オルガン プロムナード コンサート」で演奏する原田真侑さん 

オルガンと "いい関係” を築くことが大事だそうですよ。

♪ すべてがオリジナル、すべて手作り

さて、この壮大な楽器、どこの誰が作ったのか、知りたいですよね?

雄大なアルプスの麓。
緑あふれ、冬は銀世界となるオーストリア・フォアアールベルク州。スイスとの国境近くにあるリーガー社のオルガン工場で、36人の職人の手によって、5,898本のパイプ、鍵盤、送風装置などの全パーツ、オルガンケース(本体)、すべてが一から製作されました。

リーガー社は、19世紀からヨーロッパ各地の教会やコンサートホールのオルガン製作を担ってきた、世界トップクラスのオルガンビルダーです(builderという言葉が表すように、オルガンづくりはまさに建築なのです)。

オルガンはすべてオーダーメイド。演奏したい音楽の方向性と、設置する建物の環境に合わせて、どのような様式で設計するかを考えていくのだそうです。

さらに、ヨーロッパの中でもイタリア系、ドイツ系、フランス系、スペイン系など、国や地域によって主な様式が異なります。なぜなら、その土地の宗教や習慣、時代背景と密接に関わり、音楽の歴史と共に発展してきた楽器だから。

石造りの教会のミサ用に作られたオルガンと、バロックから現代音楽まで幅広く演奏するコンサートホールのオルガンでは、設計もまったく異なるというわけです。

♪「ほな、オルガンも必要やな」

エピソード1でも触れましたが、サントリーホール建設に向け、欧米の名だたるコンサートホールを視察して回った初代館長 佐治敬三が、ヘルベルト・フォン・カラヤンを訪問した際、オルガンについても大きなアドバイスをもらっていました。

:「オルガンちゅうもんは、コンサートホールには絶対必要なもんでしょうか?」
:「オルガンのないホールは、家具のない家のようなものです
:「そうですか。ほな、オルガンも必要やな
:「オルガンを置く場所も大事です。やはりオルガンは真ん中にないといけない。コンサートホール自体がオルガンを備えた楽器なのです」

偶然にも、その日ベルリン・フィルの本拠地、フィルハーモニーのホールで佐治が聴いたベルリン・フィルの定期演奏会では、サン=サーンスの交響曲第3番 オルガン付きが演奏されたのでした。奏者は20世紀を代表するオルガニスト、ピエール・コシュロー。なんという好機!
(実はフィルハーモニーのオルガンは開館当初の設計に組み込まれていなかったため、やむなく舞台正面ではなく右手に設置したゆえ、非常に使いづらいのだ、とカラヤンは悔いていたそうです)

さっそく翌1984年の夏、オルガン研究チームがヨーロッパ中のオルガンの調査に乗り出します。ヤマハのオルガン技術者、永田音響設計、安井設計事務所と、その道のスペシャリストたちが共に、サントリーホールに最適な理想のオルガンの音色を求めて、フランス、ドイツ、チェコ、ウィーンと、3週間あまりかけて、さまざまな教会やホールを聴き歩きました。

ウィーンのアウグスティーナ教会を訪れ、やわらかく温かみのある響きに出合ったとき、「この音だ!」と全員が惹かれたそうです。

アウグスティーナ教会は、マリア・テレジアやマリー・アントワネット、エリザベートなど、歴代のオーストリア皇妃が結婚式をあげた、ハプスブルク帝国の宮廷教会。そして、そのオルガンを製作したのが、リーガー社だったのです。

♪ 海を渡ってやって来た!

1年以上かけて製作されたオルガンは、リーガー社の工場の一角で仮組立され、音色を確認する引き渡し式が行われた後、再び解体、パーツごとにコンテナに積み込まれ、海を渡り、完成したばかりのサントリーホールに運び込まれました。
1986年5月のこと。リーガー社の職人チームもやって来ました。

大ホール正面に組みあげて据え付ける工程は、建築現場のごとく。
2ヵ月後、圧倒的に美しく精緻なオルガンが、ついに姿をあらわしました!

そこからは、非常に繊細な整音作業。まったく埃の無い完全に静寂な環境で、2ヵ月間かけて5,898本のパイプ1本1本の音色・音高を調整していく、完璧な整音が行われました。

そして10月、最初の「ラ」が美しく鳴り響いたのです。


♪ 成長してます

「バッハのような古典から20世紀フランスのオルガン音楽まで、これほど幅広いレパートリーを弾ける音色を持ったオルガンが、日本に初めて登場した!という喜びだったと思います」
と、常に保守点検・機能改善など、オルガンを見守ってくれているヤマハの技術者チームは、当時を振り返ります。

さらにこのオルガンは、演奏される機会がかなり多く、さまざまなオルガニストに奏でられることによって、38年の間に建物にもより馴染んで(30周年の年には大規模なオーバーホールも行いました)、ますますクリアで美しい響きに成長しているようです。

トビラも、オルガンが演奏されるコンサートを、いつも楽しみにしています。
今日は、どんな奏者が、どんな曲を、どんな音色で聴かせてくれるのかな〜というワクワク感。そして、その音色はいつも、心の底からたくさんの感情を湧き上がらせてくれるのです。うっとりしたり、ドッキリしたり。

ぜひ皆さんも一度、聴きにいらしてください! 
月に一度、ランチタイムに無料コンサートも開催しています(この記事の最後に、オルガンに関するコンサート情報を掲載しておきますのでご覧ください)。 

月に一度(8月を除く)ランチタイムの無料コンサート「オルガン プロムナード コンサート」

あ、そうそう、もうひとつお伝えしなければ。
サントリーホールのエントランス(入口)外側、中央のトビラの上の壁の中には、パイプオルゴールが設置されています。リーガー社が、オルガンと一緒に作ってくれたもので、こちらのパイプは37本。

ぶどう畑の番人を表わした老人と少年の人形が、オルゴールを回します。

毎日正午とコンサート開場時になると、壁の中から可愛らしい姿をあらわし、自動演奏を行います。

どんなに可愛らしいか、これもぜひ、見に(聴きに)来てくださいね。
トビラもお待ちしています!

<オルガンの音色を楽しめるコンサート>
バラエティに富んだ5企画でオルガンの音色をお楽しみいただける、年に一度の特別な日
「サントリーホールでオルガンZANMAI!」2024年8月12日(月・休)
公演1 オルガン研究所
公演2 手回しオルガンの広間
公演3 珠玉のオルガンコンサート
公演4 オルガンネクスト
公演5 オルガン×エリザベート ※予定枚数終了

月に一度(8月を除く)ランチタイムの30分間(12:15~12:45)オルガンの音色を楽しめる「サントリーホール オルガン プロムナード コンサート」
2024年7月18日(木9月6日(金) 10月17日(木) 11月7日(木) 12月12日(木) 2025年1月23日(木) 2月20日(木) 3月13日(木)

(ご参考)
サントリーホールのオルガンについて
サントリーホールのオルガンの中を見てみよう(オルガン内部映像)
オルガンビルダー リーガー社(Rieger Orgelbau)Webサイト