あのダサいカラオケの映像みたいに
思いの丈を文字にするのは私の昔からの癖のようなもので、今のこれもそれの内のひとつだ。口に出す言葉はどうも苦手で、しかしそれは思い込みなようで「はきはきとしゃべるね」とか「話すのが上手だね」と言われることがしばしばあるが、言葉を選びすぎてどうも回りくどいと自分では思っている。だったら回りくどくても許される文字のほうが楽だ。会話はテンポや間が大事だし簡潔に分かりやすい言葉で相手を見ながらとなると言いたいことの半分も言えないものだ。だけれど文字は…いや、同じか。何が言いたいのか分からない文章がダラダラ並んでいたって伝わりはしない。それでも私は彼に手紙を書いた。口に出して言えなかった彼への想いを綴った。そばにいることは許されないけれどあなたを慕いつづけると、そんなことまで。
だけれど、私は、彼との最後の電話で、言いたいことを言った。これは私にとってとても勇気のいることだった。手紙に綴った想いを、ほとんどそのまま。読み上げてはいなかったけれど、私の気持ちは少しもブレずにそこにあって、今も変わっていない。
私たちは会うことも話すことももう二度とない。こんなに忘れることができないのに、もう今世では会えない。会ってはいけない。私がそうした。あのままだったらきっと悪いと知りながら彼と会い続けていただろう。会わなくなればその声をにおいを忘れれば、彼のこともきっと忘れられる。そう思った。けれど、忘れられない。「女の記憶は上書き保存」だと昔誰かが言ったらしいけど、この恋に関しては「名前を付けて保存」だし、そのデータを誤って消しても取り戻せるように幾つかの媒体に保存して、貸金庫にでも入れておきたい。私にはそういう恋だった。
半年間で彼と会ったのはたったの8回でいつも夜で、朝が来れば手を振って背を向けるような、そんな関係だった。だけど、その8つの記憶全部全部「名前を付けて保存」している。決して綺麗な思い出ではない。私が嫌な思い出にした。彼にとっても私にとっても嫌な思い出になるようにした。それなのに、きらきらとした思い出ばかり浮かぶのだ。笑った時の目尻のしわとか大きくない手とか、二つの方言が混じったみたいな変なイントネーションの言葉とか。あの時、スーツのジャケットにミスディオールを一滴垂らしておけばよかったとかそんなふうに思い返す。でももうそれは私の足を引っ張るだけで、私は顔を上げて前を向いて歩かなければならないのだ。決してポジティブなわけではなくて、こんな晴れるでも雨が降るでもないじっとりとした天気の下でああでもないこうでもないと起こってもないことで悩むのはもう嫌だ。それだけのことだ。だから、私は彼に渡せずにいた手紙を燃やすことにした。そこに綴った気持ちは彼に伝えたし、彼がどう受け取ったかは分からないけれど、そこにある私の気持ちごと燃やしてしまおうと思った。
チチチチと短い音を立ててコンロに火が着く。そこに彼の名前の書かれた封筒の角を近づける。あっという間に青と赤の炎に包まれて、その熱さに驚いて私はシンクにそれを落とした。炎が通り過ぎた跡は灰になった。こんなふうに私の気持ちまで燃え尽きて灰になれと思ったのにそんな簡単じゃない。その手紙全てが灰になって私は水を流した。火が残らないようにたくさんたくさん流した。私のこころはまだ何も変わらない。それでも私は私の行動ひとつひとつに意味を見出したくて、私の怨念にも似た感情がこもったこの手紙がこの世から消えた、それがまず必要だったんだと胸の中で何度も言い聞かせた。彼のことを忘れようとすればするほど、如何に自分が彼を想っていたのか、自分で驚くほどに目の当たりにする。それでもきっといつか私はまた別の誰かに恋をするんだろうとも思う。
手紙には書かなかったこと、電話でどうしても言いたかったこと、言えた言葉。
「ひどい嘘をつかれたけど、私はあなたをどうしても嫌いにはなれなくて、まだまだあなたがすきで、だから、どうか元気で幸せでいてね。人に嘘をつかないで、元気で幸せでいてね。」
彼は何も答えなかったけれど、鼻をすすった音が少しだけ聞こえた。
恋は盲目で、私は恋に恋をしていた、ただそれだけだと思っていたけど、心の底から彼の幸せを願うほどにこれは恋ではなかったのだと、自分の感情を自覚する。
手紙には書かなかったこと、電話で言いたくても言えなかったこと。
「来世ではもう少し私を早く見つけてね」
そんなことを言ったら彼はなんと答えてくれただろうか。次こそはと言ってくれただろうか。そんなこと誰にも分からないから、来世の私にこの恋を想いを託そう。
真紅の薔薇がめらめらと燃えるだっさいカラオケ映像みたいだなと少しだけ笑った。
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