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どんな戦国武将になりたいですか?

歴史小説が好きです。
特に戦国時代。
現代の世に名を遺す武将たちが戦場を駆け巡る戦国時代のものが特に好き。
合戦の状況が子細に描かれているものが好き。
軍事戦略・戦術はビジネスにも通じるものがあるとして歴史を好むビジネスマンが多いのもうなづけます。

現在というメタ視点で見ると歴史上の人物たちがどのような個性をもってどのような思いをもって行動し、実績を残したのかが分かります。
小説家の皆さんの創作が大いに入っていることを加味しても現代の目線で見ると才能はあったけれど時代がマッチしなかった、個性は強くなかったけれど運が味方した、シンプルに努力のみで名を遺すに至った、などなど様々な軌跡をたどることができます。
この武将が、もしこのような出身であったら・・・もしこの時この人物がこう動かなかったら・・・などなど昔からいろいろな人が思いを巡らしたように私もぐるりと想像してみる。
でもどこをどう回っても、歴史は変わらないし、戻らないし、武将一人一人は史実が教えてくれた生涯を全うしたという事実だけが残る。

その事実にいつも戦慄します。
現代という戦国時代を生きる私という武将は、いったいどんな生涯を送りたいのだろう。
つまり、数十年後、数百年後の世界で話題に上がるとき、どんな武将として説明されるのだろう?
周りの武将を見回して、大名の家に生まれたからあのような身分でいられて・・・と思うのか世が世なら将軍様が牢人風情で・・・と思うのか。
人を客観視するとぐっと自分も客観的に見えてくる。
更に数百年後のメタ視点から見てみるとこれまでの生き様も見えてくる。
まだ決着のついてない戦場を臨む未来を見るとそこはまだ真っ白。

本のページをめくった先が今という瞬間のページから真っ白になる。
白紙のページを見てまたふるえる。
どんな生き方を臨むのかという覚悟にごくりと生唾を飲み込み、選択肢も可能性もまだ選びたい放題なのだという自由度に胸が早鐘を打つ。
偉大なる先人たちの残した業績は大きい。

私も自分の生き様を残さねば、と思う。
武将じゃなくて足軽かもしれない。という事実は置いておいて。

われわれは、われわれの歴史のなかにわれわれの未来の秘密が横たはつてゐるといふことを本能的に知る。
岡倉天心 「東洋の理想」

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