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ひとりきりの雪国 2


朝6時に目が覚めた。湯たんぽはまだあたたかい。
まだ読書灯はついていた。でもだれも起きていないようだ。
支度をして善光寺へ向かう。
足元は凍っていて、すべらないようにゆっくり向かった。
人がまばらで、静かだった。
お朝時が始まっていた。
すこし離れたところから、暗い中で暖色の光が僧侶たちを包んでいるのを見ていた。
しばらくすると年配の女性がこっちよ、と手招きする。
外に正座してみんなで並んだ。
僧侶に代わって尼さんが入っていく。
通る時、みんなの頭をなでて行った。一瞬の出来事だった。
顔をあげると、もう離れたところを歩いていて、不思議な体験だった。
尼さんが座ったのを見てから善光寺を出た。

まだお店はどこも開いていない。
何本かある大きな通りを全部歩いて、鯉焼きを買った。
長野は海がないからたい焼きではなく鯉焼きらしい。
たい焼きより小さくて立体感があった。
近くのパン屋で「添加物:ビタミンC」と書かれた厚焼きのたまごサンドも買って宿に帰った。
朝はうす暗かったリビングに人が集まっていた。
おはようございます、と挨拶すると、朝ごはんを一緒に食べようと誘ってくれた。
部屋に荷物を置いて、コーヒーを注いでテーブルに座った。
テーブルにはわたし以外に3人座っていて、キッチンには昨日と同じスタッフの人が立っていた。
対角線に座っていた男性は大荷物で、チェックアウトの準備をしていた。
饒舌なひとで、少し早口ぎみに話しかけてくれた。
ゲストハウスが好きで、年末年始の休みを使って宿をはしごするそうだ。
もうすこし山に近い民家で、みんなで料理を作って年越しするのがいつもの決まりだと楽しそうだった。
正面にいた女性は、これから友人の家に向かうらしく、鯉焼きを食べていた。
キッチンからりんごが出てきたのだけれど、見た目は桃のようで、じゅわっと血色
よくピンクがにじんでいた。
今まで食べた中で一番おいしいりんごだった。
あっという間にみんな食べ終えてしまった。

昨日教えてもらった善光寺のお朝事を見てきたとスタッフの女性に話していると、隣に座ってずっとパソコンに向かって話に入ってこなかった男性が、お戒壇巡りは、と聞いてきた。
いえ、と答えると、じゃあお遍路は、と聞かれて、首を横に振った。
お戒壇巡りは胎内巡りで、錠前を見つけると極楽浄土に行ける、善光寺の2階には四国のお遍路のレプリカがずらっと並んでいて、同じご利益があると言われているそうだ。
ご利益がお手軽に得られるなんておもしろいところだ。
もったいないよと言われて、じゃあもう一回行こうかなと言うと、そうしなさい、と笑う。
向かいにいた女性が、一緒に行こうと誘ってくれる。
名前も知らない、母より少し年下くらいの女性とお参りに行くことになるとは思わなかったから、おかしかった。
会話は途切れなかったけど、お互いのことを必要以上には聞かなかった。
日がのぼって、地面の白さが際立っていた。

宿に戻ると、さっき隣でパソコンをしていた男性がリビングで待っていてくれた。
さわりあてたお戒壇巡りの錠前の形の確認や、お遍路の話をした。
さっきまでは寡黙だったのに、いろいろと話をしてくれた。
戸隠の代わりに行く場所を探していると話すと、小布施はどうだろうと提案された。
秋には栗のお菓子がたくさん出て混み合うようで、小さな街だからまわりやすいかもしれないと地図を一緒に見た。
おいしい味噌カツをお昼に食べるといいよと話していると、年内の営業が今日までということが分かって、二人で食べにいくことになった。
彼はわたしよりずいぶん年上だったけれど、ずっと敬語で丁寧に接してくれた。

長野駅から長野電鉄に乗って小布施に向かう。
電車を待つホームで名刺交換をした。
彼は、フリーのウェブライターで、10年ほど長野で年を越している宿の常連だった。
窓の外は、どんどん建物は低くなって三角屋根の家が増えていった。
駅に停まるたび、その場所の説明や歴史を話してくれる。
大学時代のゼミの先生と重なって、前から知っている人のようで安心した。

小布施駅から少し歩くと、「みそカツ 味郷」があった。ヒレとロースをふたつ頼んで半分こした。
カツは、みそにひたひたで、ぺろりと食べてしまった。
数時間前に知り合ったひとと向かい合ってごはんを食べているのは不思議だった。
旅に来る前は、誰かとおいしいと言い合うなんて思ってもみなかった。
小布施は、小布施堂と竹風堂がお店を広げているらしい。
小布施堂には朱雀というモンブランがあって、お店に向かったけれど年末でお休みに入ってしまっていた。
残念がっていると、他のケーキ屋のモンブランを食べようと連れて行ってくれた。
ケーキも半分こにして、感想を言い合った。
彼は、自分が知っていることをいっぱいにつかってわたしを楽しませようとしてくれているのが分かった。

連れて行きたいところがあると言われて向かったのは、葛飾北斎の美術館。
わたしは浮世絵には詳しくないけど興味があった。
企画展では、北斎が浮世絵で有名になる前に漫画を書いていたものを展示していた。
いくつかあったけど、どれも恋愛沙汰で呪われて死んで詫びるという流れ。
物騒だなあと笑う。
常設展では各々見ているとたまに横に来て、これは、と説明をしてくれる。
浮世絵が描かれる過程は興味深かった。
屋台の飾り舞台も見応えがあった。
おみやげにちょうどいいものを探していると伝えると、一緒に選んでくれて、お揃いの富嶽三十六景のマスキングテープを買った。
美術館を出ると、あなたのものの見方は自分と違っていておもしろいとほめてくれた。
わたしも知らないことがたくさん知れて、すごくいい日になったことを伝えた。
小布施を出る直前で、帰りのバスの中で食べるといいと言ってモンブランを託してくれた。
長野に向かう電車の中では、長野に移住をするという想定で住み良い場所や、雪国に住む大変さについて話した。
長野はひとが本当にあたたかいし、おだやかな時間が流れている。
駅についてしまえば帰る時間はすぐに来る。
まだしばらく乗って話をしていたかった。

駅でお土産にビールを買った。
いろいろ種類があって迷ったけど、善光寺ロマンとオラホビールをお勧めしてもたった。
連れて行きたいバーがあったけどまた今度、と言われて、昨日行ったバーの話をした。
お店の名前を言うと、同じ場所だったことに彼は笑った。

かならずまた長野に来る、そして今度はそのバーに行こうと約束して帰りのバス停までお見送りをしてくれた。
バスが出てからもしばらく彼は手を振っていた。

もらったモンブランにフォークがついていないことに気がついた。
いろんなことを忘れないようにひとくちひとくちかぶりついた。
外はもう暗い。ここでの二度目の夜が来ないのがとても寂しかった。

ほんとうにいい旅だった。
見たことのない真っ白な景色が広がっていた。
誰もわたしのことを知らないこの土地で、友達ができた。
一人になりたかったけれど、ずっと誰かがいてくれた。
ゆっくりとした時間が心を満たしてくれた。
もうなにに腹を立てていたのかも思い出せない。
どこにだって行ける。なんだって知れる。
だれかがいなくても、だれかがいてくれる。

きっと、この旅の記憶はこれからのわたしを強くする。
たからもの、大切な二日間。







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