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ゲームブック SAIKAI~ Another story~

Sゲームブッカー


65パラグラフゲームブック。筆記用具やサイコロなどは不要です。「SAIKAI ~Final version~」の前日譚的物語で、両方クリアすることによって物語の全貌が明らかになるようになっています。



プロローグ

 気がつくと宙に浮いていた。体がとても軽い。それに重力を感じない。

 どうして浮いているのだろうと視線を下に向けると、5メートルほど下の歩道に、髪の長いセーラー服姿の女の子がうつ伏せで倒れているのが見える。女の子の体はピクリとも動かない。私はその真上に浮かんでいた。

 すると、近くの道路の左脇に停まっていた軽自動車からお爺さんが慌てた様子で降りてくると、倒れている女の子に駆け寄る。

「大丈夫ですか!?」

 助け起こされて、女の子の顔がこちらを向く。

 あっ……!

 それは私だった! どうやらあの車にひかれてしまったらしい。じゃあ、この浮かんでいる私は……。

 倒れている私とお爺さんを囲むように周りに人が集まってくる。その中のスーツ姿の若い男性が携帯電話でどこかに電話している。

 お父さん、お母さん、ごめんなさい。17年しか生きられなかった私を許してください。そして、信治。こんな形で突然お別れすることになってしまってごめんなさい。

 彼とは約1年前に出会い、すぐに付き合うことになった。私をいつも大事にしてくれて、会えない日には必ず電話やメールをしてくれた。付き合って1周年の記念日には2人で旅行にでも行こうと話していて、私はその日をとても楽しみにしていた。記念日まではあと数日だった……。

 けたたましいサイレンを鳴らしながら、救急車が混んだ車の間をぬって到着する。降りてきた2人の救急隊によって私は担架に乗せられ、再びサイレンを鳴らしながら救急車が走り去っていく。私はその光景をただ呆然と見つめていた。

 あの世へ旅立つ前に、もう一度信治に会いたい!

 そう思った瞬間、信治が住宅街に挟まれた道を歩いているのが目に飛び込んでくる! どうやら瞬間移動したようだ! 凄く便利な能力が使えるようになっていることに驚く。

 こちらに向かって歩いてくる信治の顔を空に浮遊しながらじっと見つめる。信治に霊感があったなら、私の存在に気づくことができただろうに。

 しばらくすると、信治はズボンのポケットから携帯電話を取り出し、誰かと話し始める。

「はい」

「えっ! 未希が!?」

「わかりました! すぐ行きます!」

 信治は携帯電話を持ったまま突然駆け出す。私が車にひかれたという知らせだったようだ。飛行して、その後を見守るようについていく。

 信治は目の前から走ってくる自転車に乗った男性の行く手を遮り、「すみません! 後で必ず返しますから、ちょっと自転車を貸してください!」と懇願する。男性は事情を察したのか、すぐに自転車から降りて、快く貸してくれる。信治は自転車にまたがると、猛然とペダルをこぎ出す。

 信治が向かった先は、約1年前、雪が降って凍結した道で滑って膝を痛め、信治に連れられて手当てを受けた病院だった。

 入り口に自転車を停め、ドアを開け放って院内に入り、階段を駆け上がる。私は開けっ放しのドアから院内にすべり込むようにして入り、すぐ後を飛行して2階まで上がる。

 信治は私の名前のある病室を見つけると駆け込む。私も後から入ると、そこにはお母さんが待っていて、ハンカチ片手に泣いていた。傍らには医師の姿もある。

 信治はベッドに横たわる私に歩み寄る。震える手で顔にかけられた白布をそっとめくる様子を見ているだけで、言いようのない悲しみが伝わってくる。信治は愛おしそうに私の頬に触れる。

「嘘だろ......」

 すでに温かさは失せていたのか、信治は力が抜けたように両膝をつき、ベッドに横たわる私に泣きつく。私は声を上げて泣く信治の後ろ姿を、何もしてあげられずにすぐ後ろで見つめていた。私の目にも涙が溢れ、信治の後ろ姿が滲み出す。幽霊でも泣くことができるんだ。

 お母さんは医師とともに、横たわる私から片時も離れずに泣き続ける信治をいつまでも見守っていた。

 10分ほどしてお父さんが慌てて駆けつけてきた頃には、私は病室から移動させられようとしていた。

「未希ーーーーっ!」

 信治の悲痛な叫び声が少しずつ遠ざかりながら、何度も院内にこだまする。私はそれを聞きながら、次第に目の前が真っ暗になってくるのを感じた……。

【1】

 光のない真っ暗な闇の中を、何かに導かれるように飛んでいた。

 とても穏やかな気持ちだ。この先には愛に満ちた幸せな世界が待っている。

 そう感じた瞬間、突然目の前に眩い大きな光の塊が現れた!

《未希さんですね》 

 その光は中性的な澄んだ声で、私の脳内に語りかけてくる。

「あなたは?」

《いずれわかります。それよりも、信治さんが数時間後に異世界のある町に体外離脱して来ます》

「えっ! 信治が!?」

 信治が体外離脱できるなんて聞いていなかった。

《彼はあなたにどうしても会いたいようです。信治さんは初めての体外離脱で、異世界には不慣れです。再会のそのときまでに体外離脱後の町をあちこち見て、どんな世界なのかを知っておくべきでしょう。今のあなたなら、すでに使った瞬間移動と飛行の他に、テレパシー、物体すり抜け、金縛り、憑依を使えるようになっています。役立てなさい。信治さんとの最後の時間を過ごした後、私たちの世界に来るのです》

 それだけ伝えると、眩い大きな光は一瞬目を開けていられないほどの強烈な光を放つ! 私は思わず目をつぶり、右手を目の前にかざして光を遮る。

 ……眩しい光がやむと、明るい太陽が照りつける見慣れない町の空に浮かんでいた。ここが信治が体外離脱して来る町なのだろうか。

 視線を下に向けると、デパートらしき建物の10メートルほど真上に浮かんでいるのがわかる。屋上遊園地には今は誰もいないから動いていないけれど、ミニSLやティーカップ、飛行機や動物の乗り物などがある。その中で可愛い象の乗り物に目が留まる。北側には双眼鏡も設置されている。

 それを見て、財布のことを思い出し、スカートのポケットに手を突っ込んで中の物を取り出す。右に携帯電話、左にサイフとハンカチが入っていた。携帯を開くと、電波がつながっている。ひかれたときに壊れていなくて良かった。

 このハンカチの裏には、信治と付き合うことが決まった日に2人で行った公園で、私がベンチで書いた信治と私の相合傘がある。サイフの中を確かめると、千円札が3枚と100円玉が5枚入っている。

 それらをポケットの中に戻し、空を漂いながら屋上の周囲を見渡していると、近くにいくつかの気配があることに気がついた。それは南西と東にあり、南西のはここからすぐ近くで、東のは自転車に乗っているかのような速さで南へ移動している。体外離脱後の町にはどんな人たちが暮らしているのだろう。あの大きな光がどんな世界なのかを知っておくべきと言っていたし、気配にアクセスする感じで瞬間移動して、確かめてみよう。

南西の気配 5へ

 東の気配 13へ

【2】

「もちろんできるよ」

 逆手で鉄棒を握り、肘を曲げたまま足を振り上げる。もう少しというところでお尻が上がらない。やっぱり最近やっていなかったからだ。

 ちらりと少女を見ると、少し怖い顔をしている。

浮遊を使って逆上がりしたようにみせる 21へ

 スカートだからベンチでお話しようと言う 8へ

【3】

 驚かさないように静かに女性の背後に降り立つ。

「あの、すいません」

「はい?」

 振り向いた女性はとても綺麗な人だった。ほのかに香水の良い香りが漂ってくる。

「この町はどんな町ですか?」

「住みやすくて良い町よ。近くには海もあるし、遊園地もあるわ」

「そうなんですか」

 そんな話をしていたそのとき、北の方から白いタクシーが走ってくると、女性の近くで停まる。

「来たわね。じゃあ」

 女性はそう言うと、開いたタクシーの後部座席に乗り込む。タクシーはそのまま南へ走り去っていく。私も他の場所へ移動しよう。

 ここからだと、近くの西に2つ、やや遠くの西に1つの気配を感じる。

近くの気配 16へ

 遠くの気配 7へ

【4】

 ゲームセンターの前の道を制服姿で高校生に見える3人の男の人たちが北へ向かって歩いている。

「ダイガンって使いこなすの難しいな」

 その中の1人がそんなことを話している。どうやらゲームセンターを出てきたところらしい。入り口を通り過ぎるまで近づいてみたけれど、1人で声をかける気になれずに佇んでいると、入り口のドアが開いた音がして、背後に気配を感じた。

「奈緒、また格闘ゲームだろ? 無駄遣いするなよ」

 後ろから声をかけられ、私と同年代の女の子と間違っているのだろうと思いながら振り向く。さっきの男の人たちと同じような学生服姿の男の人が立っていた。

「あれ、違った。ごめんなさい。後ろ姿の雰囲気が妹に似ていたので」

 そう言いながら申し訳なさそうに後頭部に手を当てた後、すぐに私のセーラー服をまじまじと見つめてくる。

「ところで見かけない制服だけど、君はどこの高校?」

 そう尋ねられ、何と答えるべきか迷う。本当のことを言っても、きっと信じてもらえないだろうから。

こう見えても中学生 25へ

これはコスプレ 12へ

 隣町の高校 18へ

【5】

 真新しいアパートの階段から制服姿のOL風で茶髪の若い女性が下りてくる。羨ましいほどに大きな胸を上下に揺らしながら。これから出掛けるところらしく、道の先を交互に見て、何かを待っている様子だ。

 話かけてみようと女性の背後に静かに降り立つ。

この町について尋ねる 3へ

 何を待っているのか尋ねる 10へ

【6】

 どうするか見つめたままでいると、「こ、これは、僕からの贈り物なんです。この工場には守衛さんがいなくて。じゃあ、しっかり働くんだよ」

 少年はマネキンに向かってそう言うと、そそくさと来た道を引き返していく。動かないマネキンが守衛さんの代わりになるのだろうか。

 ここからだと、今までよりも小さな気配が北西にある。

19へ

【7】

 空き地の奥の1本だけある木の下で、野球帽をかぶった中学生くらいの少年が、背を向けて何やら数を数えている。1人で何をしているのか気になり、木から離れた空き地に降り立つ。

「......ろーく、よんじゅうなーな、よんじゅうはーち、よんじゅうくー、ごーじゅっ!」

 どうやらかくれんぼか何かをやっているようだ。数え終わった少年はサッと振り向くと、野球帽を深々とかぶり直す。鬼だとバレないように顔を隠したのだろうか。

 少年は私がずっと見ていたのに気づいて、「あっ!」と声を上げてこちらに駆け寄ってくる。タッチして私を鬼にするつもりだ! でも、そうはさせない。

 駆けてくる少年の目の前で10メートルほど上空に瞬間移動する。予想以上に足が速く、危うくタッチされるところだった!

 少年は不思議そうにキョロキョロ辺りを見回していたけれど、すぐに東側から空き地を出て、そのまま住宅街に挟まれた道を東の方へ駆けていく。このまま私も他へ移動しよう。

 ここからだと、すぐ近くの西に1つ、すぐ近くの北西に少しずつ北へ移動する3つの気配を感じる。

西の気配 14へ 

 北西の気配 4へ

【8】

「今日はスカートだから、あっちのベンチでお話しよう?」

「いいよ」

 さなえちゃんはあっさり承諾してくれた。2人で南側にあるベンチへ向かい、腰掛ける。

 さなえちゃんはこの近くの団地にお母さんと2人で住んでいるらしく、やはりあの女性がお母さんだという。お母さんはどうやら自分のことを話していることに気づいて、さなえちゃんの隣に腰掛けると話し始める。

「1週間ほど前、さなえがサンタとここに遊びに出かけた後に頭の千切れたサンタを抱えて帰ってきたことがあって、『どうしたの?』って聞いたら、『サンタをベンチに置いて遊んでて、帰ろうと戻ってみたら頭がなかったの』って言うんです。それからさなえは夜になるといつの間にか外に出ていて、帰ってきたら汚れた頭のないサンタを抱えてくるようになってしまって……」

 お母さんはそんなことを話してくれる。

「あの、さんたって?」

 そう尋ねると、「さなえがクリスマスプレゼントにサンタさんから貰った熊のぬいぐるみなんです」と言って微笑む。

「そうだったんですか」

 誰がサンタの頭だけを持ち去ったのだろう。酷いことをする人がいるものだ。

「お母さん、サンタがお腹をすかせて待ってるよ」

「そろそろお昼ね。お姉さんにバイバイして帰りましょう」

 お母さんが腕時計を見て言う。

「お姉ちゃん、バイバイ」

 さなえちゃんはそう言って手を振り、お母さんと手をつないで公園から出ていく。

「バイバイ」

 手を振り返して見送る。二人が北へ続く道を歩いて遠ざかっていくのを見て、私もそろそろ公園から出ることにする。

 ここからだと、遠くのやや西にかすかに気配がある。

14へ

【9】

 作業服姿の中学生くらいの少年が、スキンヘッドで裸の女性のマネキンを肩に担いで橋を渡っている。よく見ると、少年の作業服は油まみれで、ラジコンの送信機のようなものを首にかけている。

 少年が向かっている先には何かの工場が見える。気になって飛行しながら後をついていく。

 少年は橋を渡り、てくてくと工場までの道のりを歩き切ると、慣れた様子で閉まっていた工場の門を左手で少し開き、門の前にマネキンを立たせる。少年はマネキンの胸の膨らみを何度か指で押している。きっと倒れないか確認しているのよね……。

 やがて満足した様子でマネキンを残して、来た道を戻ろうとする。あんなところにマネキンを置いて何をするつもりなのだろう?

 少年は振り向いた拍子に空から見つめていた私に気づき、目と目が合ってしまう。少年はしまったという表情をして、どうしようかあたふたしている。仕方なく少年の近くにゆっくり降り立つ私の様子を、少年は不思議そうに見つめている。

「何で空に浮けるの? ジェット噴射機でも背負ってるんでしょ」

 少年は私の背中が気になるのか、しきりに覗き見ようとする。

「そこにマネキンを置いてどうするの?」

 構わず尋ねる。

「えっと、実験なんです。人に受け入れられるかどうかの……」

「受け入れられるかどうか?」

「はい。これは大事な実験なんです。だから、僕がここに置いたことは秘密にしておいて欲しいんです」

見つめたままでいる 6へ

秘密にできない 15へ

 見なかったことにして他へ移動するなら、ここからだと、今までよりも小さな気配が北西にある。

 北西の気配 19へ

【10】

「何を待っているんですか?」

 振り向いた女性はとても綺麗な人だった。ほのかに香水の良い香りが漂ってくる。

「タクシーよ。今日は仕事が終わってから会社の飲み会があるの。楽しみだわ」

 女性は笑顔で言う。信治はたまに飲むと言っていたけれど、私はまだ未成年だから一緒に飲んだことはない。

 そのとき、南の方から白いタクシーが走ってくると、女性の近くで停まる。

「来たわね。じゃあ」

 女性はそう言うと、開いたタクシーの後部座席に乗り込む。タクシーはそのまま北へ走り去っていく。私も他の場所へ移動しよう。

 ここからだと、近くの西に2つ、やや遠くの西に気配を感じる。

近くの気配 16へ

 遠くの気配 7へ

【11】

 南側の塀の前で30歳くらいのふっくらした女性が悲鳴を上げながらもがいている。よく見ると、右腕が塀の黒い穴に突っ込まれた状態になっている。静かに女性の背後に降り立つ。

「どうしたんですか?」

 女性は突然背後から声をかけられて少し驚きながらも、「昼寝から目が覚めたらこんな状態になっていたんです。大声で助けを呼んでも、この辺りは人がほとんど住んでいないらしくて……」と言い、今にも泣き出しそうな表情をする。

「引っ張ってみますね」

 両手で女性の右腕を横から引っ張る。

「んん……」

 ビクともしない! しかも、右腕は少しずつ黒い穴に吸い込まれているように見える。これは私の腕力では無理そうだ。

金縛りをかける 24へ

 憑依する 29へ

【12】

「これ、アニメのキャラクターのコスプレなんですよ」

「そうなんだね。よく似合ってると思うよ。そうだ! もしボブカットで髪を少し紫色に染めた君と同じくらいの年の女の子を見かけたら、今日は2人で留守番だから早く帰ってくるようにと兄貴が言ってたと伝えてもらえないかな?」

「わかりました。見かけたらそう伝えておきます」

「ありがとう。じゃあ」

 そう言うと、さっきの男の人たちを追いかけるようにして北の方へ走り去っていく。ゲームセンターの中に妹さんはいなかったようだ。後ろ姿の雰囲気が私に似ているというのが少し気になった。

 ここからだと、南西と、北に少しずつ西へ移動している気配がある。

南西の気配 11へ

 北の気配 9へ

【13】

 住宅街に挟まれた道を南に向かってお巡りさんらしき格好の男性が颯爽と自転車を走らせている。道の左右を何度も見回しながら、一つ一つ何かを確認している様子だ。どうやら巡回の最中らしい。きっと自分の仕事に使命感を持っているのだろう。

 お巡りさんは突き当たりを右に曲がり、西と北へ続く分かれ道の前で自転車を停めると、交互に道の先を見渡している。

 すると、北へ続く道の右手の家から、黒猫が何かを口にくわえて走り出てくる。それに気づいたお巡りさんは、「そこの君、止まりなさい!」と叫びつつ自転車をこぎ出し、黒猫の後を追ってデパートと住宅街に挟まれた左の道へ曲がって姿を消す。あのお巡りさんはこの町のために毎日あんな風に頑張っているのだろう。

 ここからだと、西に2つの気配を感じる。

16へ

【14】

 本屋の前の道の真ん中で、おかめのお面をかぶった黒い着物姿の女性が、本屋で購入したらしき本を読みながら佇んでいる。お面をかぶったまま本屋に入ったのだろうか?

 よく見ると、読んでいるのは占いの本のようだ。私も女の子だから、占いには興味がある。熱心に占いの本を読んでいる女性の背後に降り立つのは簡単だった。お面のゴムが見当たらないようだけれど、髪で隠れているだけだろう。

「占い、好きなんですか?」

 女性は私の問いかけに振り向く。肩まであるまっすぐな黒髪のサイドで両耳とお面のゴム穴が隠れているけれど、やっぱりおかめのお面をかぶっている。

「おほほ、私、占い師ですのよ。参考のためにこの本屋でこれを買って、待ち切れずに読んでいたところですの」

 女性がしゃべっている間、お面の口元が少し動いたような気がした。きっとお面が動いてそう見えたのだろう。

恋愛運を占ってもらう 23へ

 お面について言う 28へ

【15】

「それはできないわ。こんなところにマネキンが置いてあったら、工場の人たちが迷惑するもの」

「仕方ないなぁ。僕の実験の邪魔をするやつは、こうだ!」

 少年は首にかけていたラジコンの送信機のようなものを両手で操作しながら、「マネコン、こいつをやっつけちゃえ!」と叫ぶ。マネキンはどうやらラジコンだったようだ。だからマネコンなのね。

 マネコンは膝から下だけ動かすと、こちらへカツカツと迫ってくる。動きが意外に素早いのは、送信機とマネコンの距離が近いからかもしれない。

「あれ? 両腕が動かない。これは配線ミスだな。まあ、いいや。頭突きだ!」

 少年が送信機の十字レバーを上に動かすと、マネコンは私に迫りながら白い頭で頭突きを放ってくる! とっさに右へかわし、右手でマネコンの首に手刀を放つ。マネコンの首には何かが詰まっているようで、硬くて手刀が効いた様子がない!

「そんな攻撃じゃあ、僕のマネコンは倒せないよ」

 少年が送信機をガチャガチャ操作しながら嘲る。私はその操作音にハッと気がついた。

「もう1回頭突きだ!」

 マネコンは私に向き直り、カツカツと迫ってくると、また頭突きを放つ! 素早く後退してかわすと、両手を少年にかざして金縛りをかける。

 すると、少年の動きがピタリと止まり、それと同時にマネコンも頭突きの途中でピタリと動きが止まる。少年は瞳だけこちらに向け、困惑したような表情をしている。どうやら口も動かすことができないらしい。

 その隙に上空へ瞬間移動して、少年の金縛りを解く。

「お姉さんが一瞬で消えた! あ、しゃべれるようになってるし、体も動く。さっきのは金縛りだな。心霊現象でないなら、最近、実験で徹夜続きだから、その疲労からだろう。でも、立ったまま金縛りになることがあるなんて知らなかった」

 少年はそんな独り言を長々と言っていたけれど、マネコンを少し重そうに肩に担ぐと、来た道を戻っていく。どうやらマネコンを置くのは諦めたようだ。

 ここからだと、今までよりも小さな気配が北西にある。

19へ

【16】

 生垣に囲まれた公園で、お下げ髪と横縞のTシャツがよく似合う9歳くらいの少女がブランコに乗り、その少女の背中をお母さんらしき女性が優しく押している。

 西側にある公園の入り口の前の道に降り立ち、公園に入って遊び場に近づく。少女はすでにブランコから降りていて、滑り台の階段を元気に駆け上がっている。滑り下りた下には女性が待っていて、少女のスカートを優しくはたいてあげている。

 お母さん……。

 子供の頃にお母さんと公園で遊んだあの時も滑り台で遊んでいて、少女と同じようにお母さんからスカートを優しくはたいてもらったことをふと思い出していた。

「お姉ちゃん、一緒に遊ぼう」

 ぼんやりとしている私の目の前に、少女がいつの間にか立っていた。よく見ると可愛らしい少女だ。女性は遠くで微笑みながらこちらを見ている。

「うん、いいよ」

「じゃあ、鉄棒しよう」

 少女に手を引っ張られ、鉄棒の前に移動する。

「さなえはね、まだ逆上がりできないの。お姉ちゃんはできる?」

 少女はさなえという名前らしい。逆上がりなんて、小学校以来やっていない。

逆上がりする 2へ

 スカートだからベンチでお話しようと言う 8へ

【17】

 女性は表情を変えずにそう言う。お面だから当たり前だ。サイフから100円玉を3枚取り出して渡すと、女性は着物の裾に入れ、帯の中からトランプの束を取り出す。どうやらトランプ占いらしい。でも、束は4分の1くらいの厚みしかない。

「恋愛運はハートとジョーカーだけを使って占うんですの」

 女性はそう言うと、慣れた手つきでトランプを数回切り、扇形に両手で持って裏側を私に向ける。

「この中からどれでも1枚引いて、見ないようにして私に見せてください」

 私は指を少し迷わせてから真ん中辺りのを引き、女性に見せる。

「では、次にどこでも戻してください」

 どうやら戻す場所でも占うらしい。私は少し迷ってから、一番左側に戻す。

「わかりました。あなたは相性がとても良い男性と出会えるという暗示がありますね。いえ、すでに出会っているかもしれません。しかし、その男性とは何かのきっかけで突然お別れすることになると出ています。そして、あなたがその男性と出会うのも、別れるのも運命であるようです。その男性とは仲が良好なまま別れられたなら、来世でもきっとどこかで再会することができるでしょう。ちなみにあなたが引いたのはクイーンでした。ジョーカーが最悪で、エースが最良ですのよ」

 相性がとても良い男性というのは信治に違いない。かなり当たっているようだから、この女性は本物の占い師なのだろう。

「ありがとうございました。凄く当たっていますね」

 私がそう言うと、おかめのお面が少し微笑んだように見えた。

「あなたの恋愛運はある意味、とても良いと思いますよ」

「それを聞いて安心しました。あの、そのお面、似合ってますね」

 すると、おかめの目がカッと見開かれたように見えた!

「こ、これですか? ああ、そ、それはどうも。で、では、私はこれで」

 女性は急に慌てた様子で、そそくさと本屋とゲームセンターに挟まれた道を歩いて去っていく。お面のことには触れてはいけなかったのかもしれない。

 私も本屋に入ってみようかと思ったけれど、太陽が西に傾きかけているし、もし立ち読みしていて信治が現れたのに気がつかないと大変だから、他へ移動しよう。

 ここからだと、南西と、北に少しずつ西へ移動している気配がある。

南西の気配 11へ

 北の気配 9へ

【18】

「隣町の高校です」

「そうなの? 隣町は休みの日によく出かけるけど、そんな制服着た子は見かけたことないなぁ」

 またセーラー服をまじまじと見つめてくる。

「最近転校してきたから」

「そうなんだね。だから見かけない制服なんだ。そうだ! もしボブカットで髪を少し紫色に染めた君と同じくらいの年の女の子を見かけたら、今日は2人で留守番だから早く帰ってくるようにと兄貴が言っていたと伝えてもらえないかな?」

「わかりました。見かけたらそう伝えておきます」

「ありがとう。じゃあ」

 そう言うと、さっきの男の人たちを追いかけるようにして北の方へ走り去っていく。ゲームセンターの中に妹さんはいなかったようだ。後ろ姿の雰囲気が私に似ているというのが少し気になった。

 ここからだと、南西と、北に少しずつ西へ移動している気配がある。

南西の気配 11へ

 北の気配 9へ

【19】

 住宅街に挟まれた道の上空にいるけれど、人の姿が見当たらない。降りて確かめてみよう。地面に降り立ったその直後、背後で「キーコキーコ」と何かの物音が近づいてくる。

 振り向くと、そこには三輪車に乗った赤ん坊がいた。赤ん坊に三輪車はまだ大きいようだけれど、まるでバイクにまたがっているかのようにふんぞり返っている。赤ん坊は人懐っこい笑顔を向ける。

「姉ちゃん、可愛いな。こんなところで何してるんだ?」

 そう話しかけてきた赤ん坊の声は、驚いたことに中年男性のような低い声だった!

「お、お散歩してたの」

 少し動揺しながら答える。

「そうか。暇だったら今からデートしようぜ」

 まさか赤ん坊からデートに誘われる日が来るとは思わなかった。

「ごめんなさい。私、彼氏がいるの」

「じゃあ、俺の部屋でビールでも飲もうぜ」

「あなた、まだ赤ん坊でしょう。未成年の飲酒は法律で禁じられているのよ」

「こう見えても俺は大人なんだぜ」

 赤ん坊は意味深な笑みを浮かべている。

「何なら今夜、ベビーベッドで俺と一緒に……」

「あ、お母さんよ」

 赤ん坊にその続きを言わせまいと玄関の方を見ながら言う。

「ママーーっ」

 すると、赤ん坊は急に赤ん坊の声でそう言い、玄関に向かって三輪車をこぎ出す。私はその隙に上空に舞い上がる。

 赤ん坊はそのまま玄関のドアを開け、家の中へと入っていく。やっぱり大人のふりをした赤ん坊だったらしい。

 ここからだと気配は感じられないけれど、遠くの南東に太陽の光を反射してキラキラ輝く紐のような物が雲一つない空から下りていて、揺れているように見える。あれは一体何だろうかと瞬間移動してみる。

37へ

【20】 

 お婆さんから見えないように橋の真下へ移動して確認するが、川面にも川の中にも特に何もないようだ。そのとき、橋の上から何かが勢い良く落ちてきて、ポチャンと水が跳ねる。すぐに草履が浮き上がってきて、流され始める。

 もしやと思い、橋の上空へ瞬間移動すると、左足にだけ草履を履いたお婆さんが何やら満足した様子で腰に手の甲を当て、南の方へ歩き去るのが見える。草履はきっとお婆さんのだ。

草履を拾い上げてお婆さんに届ける 39へ

 草履に金縛りをかける 34へ

【21】

「今のは練習だよ」

 慌ててそう言うと、少女は笑顔に戻る。仕方なく浮遊を使って体を浮かせてぐるりと回り、そのまま両手を離して地面に着地する。

「お姉ちゃんすごーい! 両手を離して着地したね!」

「ちょっと本気出しちゃった」

 それは嘘ではなかったけれど、浮遊を使ったことがバレなかったかどうか少し冷や冷やした。女性も近づいてきて、優しそうな笑みを浮かべて私たちを見つめている。

「さなえもいつかお姉ちゃんみたいに逆上がりできるかな?」

「毎日ここで練習したら必ずできるようになるよ。でも、地面に着地するまでは両手を離さないようにね」

「うん!」

 さなえちゃんは素直に返事をする。

「そろそろお昼ね。お姉さんにバイバイして帰りましょう」

 女性が腕時計を見て言う。

「そうだね、サンタにごはんやらなくちゃいけないもんね。じゃあ、お姉ちゃん、バイバイ」

 そう言って手を振り、女性と手をつないで公園から出ていく。

「バイバイ」

 手を振り返して見送りながら、サンタってあのサンタだろうか、三太というペットか何かだろうかと、そんなことを考えていた。

「サンタの頭は取れちゃってるじゃない。どうやってご飯あげるのよ?」

 遠ざかりながらそう言う女性の声が聞こえてくる。

 ペットの頭が取れている!? ペットではなくて人形か何かなら、ご飯をあげる必要はないと思うけれど……。

 気になって二人を追いかけると、手をつないで北へ続く道の途中を歩いていた。私はすぐに追いつき、「あの、さんたって?」と尋ねる。

「さなえがクリスマスプレゼントにサンタさんから貰った熊のぬいぐるみなんです。1週間ほど前にさなえがサンタと公園に遊びに出かけた後に頭の千切れたサンタを抱えて帰ってきたことがあって、『どうしたの?』って聞いたら、『サンタをベンチに置いて遊んでて、帰ろうと戻ってみたら頭がなかったの』って言うんです。それからさなえは夜になるといつの間にか外に出ていて、帰ってきたら汚れた頭のないサンタを抱えてくるようになってしまったんです」

 女性はそんなことを話してくれる。

「そうだったんですか」

 誰がサンタの頭だけを持ち去ったのだろう。酷いことをする人がいるものだ。

「お母さん、サンタがお腹をすかせて待ってるよ」

 やっぱりお母さんだったんだ。さなえちゃんが手を引っ張ると、お母さんは私に軽く会釈して、二人は十字路を左に曲がっていく。私も他へ移動しよう。

 ここからだと、遠くのやや西にかすかに気配がある。

14へ

【22】

 男性は肩を落としながら私たちから離れるようにとぼとぼと歩き始めたけれど、すぐに何事もなかったかのようにスタスタとどこかへ去っていく。背中の紐が後をついていくかのように空を漂っているのが何かこっけいだった。

 少年を見ると、スイカを持ったまま佇んでいる。歩み寄り、「ねえ、この町はどんな町なの?」と尋ねる。

「最近転校してきたから、あまり詳しくないぞ」

 そう言ってニッと微笑む。すると、一瞬だけ口が異様に大きく見えた!

「そ、そうなの」

 何だか食べられそうな気がして少し怖くなった。

 少年はすぐにくるりと背を向けると、スイカを持ったまま学校の敷地内へ向かって歩き出す。内心ほっとしつつ、私も他へ移動することにする。

 ここからだと、遠くのやや北に2つの気配があるけれど、1つは小さくて、今までのとは何か違うようだ。

40へ

【23】

「そうだったんですか。良かったら恋愛運を占ってもらえませんか?」

 信治との関係がこんな形で突然終わってしまった私の、今の恋愛運が気になったのだ。

「いいですよ。300円いただきますけれど」

300円を払う 17へ

 お面について言う 28へ

【24】

 女性に両手をかざして金縛りをかけてみる。

 すると、女性の動きがピタリと止まる。黒い穴に右腕が飲み込まれなくなったように見えるけれど、引き抜くこともできないから意味がない。

29へ

【25】

「私、まだ中学生なんです」

「そうなんだ。確かに妹より年下に見えるね」

 上手く誤魔化せたみたいだ。

「そうだ! もし、髪を少し紫色に染めたボブカットの女子高生を見かけたら、今日は俺たち2人だけだから早めに帰るように兄貴が言ってたと伝えてもらえないかな?」

「わかりました。見かけたらそう伝えておきます」

「ありがとう。じゃあ」

 そう言うと、さっきの男の人たちを追いかけるようにして北の方へ走り去っていく。ゲームセンターの中に妹さんはいなかったようだ。後ろ姿の雰囲気が私に似ているというのが少し気になった。

 ここからだと、南西と、北に少しずつ西へ移動している気配がある。

南西の気配 11へ

 北の気配 9へ

【26】

 冷蔵庫の中には、ソフトクリームやらカップのやら、いろんなのがある。その中で私の好きな苺味のアイスに決める。しかも当たり付きのやつだ。レジに向かい、アイスを出す。

「ひゃ、100円になります」

 店員は声が裏返り、何やら落ち着かない様子で言う。サイフから100円玉を取り出して渡す。

「ありがとうございました」

 ビニール袋に入れてもらったアイスを受け取り、溶ける前に食べようとコンビニを出ようとしたときだった。

「あの、もし良かったら携帯電話のメールアドレスを教えてもらえませんか?」

 さっきの様子の原因がわかった気がした。

「すみません。私、彼氏いるので。名前は信治で、優しくてかっこいいんですよ」

 店員はがっかりした様子でうなだれる。

「そう、ですよね……」

 うなだれたままの店員を残し、そそくさとコンビニを出る。

 さあ食べようと、袋を破ってアイスを取り出し、一口かじる。冷たくて美味しい! 苺の味が口の中に広がる。

 半分ほど食べると、棒に「当たり」の焼き印が押されているのが見えてくる。

「やった!」

 食べ終わり、交換してもらおうとコンビニへ戻ろうとすると、店員はまだうなだれている。入りづらくてひとまず当たりの棒をビニール袋に入れ、場所を移動することにする。

27へ

【27】

 ここからだと気配は感じられないけれど、遠くの北東に太陽の光を反射してキラキラ輝く紐のような物が雲一つない空から下りていて、揺れているように見える。あれは一体何だろうかと瞬間移動してみる。

37へ

【28】

「あの、そのお面、似合ってますね」

 すると、おかめの目がカッと見開かれたように見えた!

「こ、これですか? ああ、そ、それはどうも。で、では、私はこれで」

 女性は急に慌てた様子で、そそくさと本屋とゲームセンターに挟まれた道を歩いて去っていく。お面のことには触れてはいけなかったのかもしれない。

 私も本屋に入ってみようかと思ったけれど、太陽が西に傾きかけているし、もし立ち読みしていて信治が現れたのに気がつかないと大変だから、他へ移動しよう。

 ここからだと、南西と、北に少しずつ西へ移動している気配がある。

南西の気配 11へ

 北の気配 9へ

【29】

 次に女性の体に憑依すると、女性の心を一瞬で支配したのがわかった! それとともに、体が急に膨らんだような気がして、右手に異様な感触を感じる。塀の硬くて冷たい感触ではなく、何かまとわりつかれているような奇妙な感触だ!

 私は女性の左手と右足で塀を押して右腕を引き抜こうとする。でも、やっぱりビクともしない! それどころか、黒い穴はさらに少しずつ右腕を吸い込んでいる!

 ふと、憑依した状態から瞬間移動したらどうなるだろうかと思い、50センチほど後ろに瞬間移動してみる。すると、女性の体は塀から離れ、右腕を黒い穴から出すことに成功した!

「やった!」

 思わず憑依したまま自分の声で叫んでいた。すぐに女性の体から抜け出る。

「あれ? 右腕が引き抜けてるわ!」

 塀を見ると、いつの間にか黒い穴は消えていた!

「急に体が動かなくなった後、気を失ったような気がしたのだけれど」

 女性が不思議そうに言う。

「あなたが気を失っている間、右腕を引き抜くことができました」

「そうだったんですか! 本当にありがとうございました!」

 女性は何度も頭を下げる。私は笑顔でそれに答えるが、少し疲れたようだ。

「ふう。アイス食べたくなっちゃった」

「それなら堤防沿いにコンビニがありますよ。ここから南東の方です」

「わかりました。行ってみます」

 左の突き当たりにある一軒家へと入っていく女性を見送ってから、コンビニ目指して南東へ飛行しようとする。そのとき、近くの南西に気配があるのに気がついた。

南西の気配 33へ

 コンビニ 35へ

【30】

 少年はくるりと背を向けると、スイカを持ったまま学校の敷地内へ向かって歩き出す。男性に視線を移すと、何事もなかったかのようにしている。さっきのがっかりした様子が嘘のようだ。

 歩み寄っていくと、男性は私の顔を見た。外国人らしき彫りの深い男性は、私の顔を見て顔をほころばせる。

「トテモウツクシオジョサントウジョネ」

 やっぱり外国人のようだ。

「ありがとうございます。この町はどんな町でしょうか?」

「ゴメンネサイ。ジツハ、サッキリダツシテキテ、マヨッテタトコネ」

 申し訳なさそうに言う。

「りだつって、もしかして体外離脱のことですか?」

「ソウ! ワタシ、タイダツケンキュシャネ。イマカラツキイクトコヨ」

「月に? どうやって?」

「シュンカンイドーヨ。モウナンドモイクテル。デモ、スコシジカンカカル。キミモイク?」

 どうしよう。月がどんなところか行ってみたいけれど、信治が町に離脱して来る前に戻ってこれるだろうか。

連れて行ってもらう 36へ

 遠慮する 42へ

【31】

 いつものようにまずは雑誌コーナーに向かう。棚に拝読しているファッション雑誌の最新号がある。まだ見ていなかったから嬉しい。

 雑誌をパラパラとめくっていると、冬服の特集をしているページが目に留まる。こういう服も着てみたいと思っていたのだけれど……。

 ふとレジの方から視線を感じて振り向く。じっと私を見つめる店員と目が合う。店員は慌てた様子で目をそらす。もしかして立ち読み禁止なのだろうか。ひとまず雑誌を棚に戻す。

アイスを買う 26へ

 コンビニを出る 27へ

【32】

 少年に歩み寄っていくと、二人はほぼ同時に私の顔を見る。外国人らしき彫りの深い男性は、私の顔を見て顔をほころばせる。

「トテモウツクシオジョサントウジョネ」

 やっぱり外国人のようだ。

「ねえ、良かったら少し分けてあげて」

 少年は少し悩んでいる様子だったけれど、「別にいいぞ」と言ってスイカを少し割り、男性に差し出す。

「オウ! アリガテゴザマス!」

 スイカを受け取ると、もう待ち切れないといった様子でほお張る。それを見ていると、妙に私も食べてみたくなったけれど、何とか堪える。

 すると、男性が急にふらつき出し、前のめりに倒れる途中でパッと姿が消えた! 男性に何が起こったのだろう?

 少年は何事もなかったかのようにくるりと背を向けると、学校の敷地内へ向かって歩き出す。

 あの男性はスイカを食べながら瞬間移動したのだろうか? 何か罪悪感のようなものを感じながらも、私も場所を移動することにする。

 ここからだと、遠くのやや北に2つの気配があるけれど、1つは小さくて、今までのとは何か違うようだ。

40へ

【33】

 髪は白髪混じりで、古びた服を着たやせ細ったお婆さんが、橋の西側の欄干から下の川を覗き込んでいる。時折、川を指差しては何かを喚いている。川に何か落としたのだろうか?

声をかける 38へ

 橋の下に移動して確かめる 20へ

【34】

 流される草履に向かって手をかざし、金縛りをかける。しかし、草履は止まらずに少し流されてから沈んでしまった。どうやら金縛りは、人や動物などの生き物にしか効果がないようだ。

 仕方なく草履を諦め、コンビニへ行くことにする。

35へ

【35】

 川を越えるとすぐに堤防が見えてくる。確かに堤防の近くにコンビニがあり、中華まんののぼりが風もないのに揺れている。

 車もなく、誰もいない駐車場にゆっくり降り立ち、自動ドアを通って店内に入る。

「いらっしゃいませ」

 レジの方から若い男性店員の声がする。他に客はいないのは、入るずっと前から「気配」でわかっていた。

雑誌を立ち読みする 31へ

アイスを買う 26へ

 コンビニを出る 27へ

【36】

「行きたいです」

 途中で帰ったらいいんだと思い、そう答える。

「キマリネ! ソノマエニ、キミノナオシエテ」

「未希です。未来に希望のミキ」

「イイナダ。ワタシ、ライアンデス。ジャ、ワタシノカタニリョテノセル」

 ライアンはそう言って背中を向ける。信治よりも大きくて少しドキッとする。私はライアンの右肩に両手を乗せる。

「マチガウ! キミ、ケッコウテンネンネ。リョカタニリョテネ」

「あはは、ごめんなさい」

 慌てて左手を左肩に移す。

「ヨシャ、シッカリツカマッテル」

 ライアンがそう言うと、体がフッと浮いた気がした。

 ……あの光の塊が現れる前に飛んでいた真っ暗な闇の中に似た空間を、直立の状態で平然と飛行するライアンの両肩につかまって、凄いスピードで移動していた。両手を前に突き出すのを想像していたけれど、慣れた人だとその必要もないらしい。

 ふと後ろを振り返ると、真っ暗な闇に浮かんでいる青く輝く地球が見える。闇に映えるそのあまりの美しさに見惚れていると、ライアンが何処かにふわりと着地したのを感じて、すぐ後に私も岩場のような地面に着地する。

「ツキニ、トチャクシタネ」

 ライアンにそう言われ、辺りを見渡すと、灰色の大地と、黒い空がどこまでも広がっていた!

 ここが月!?

 周囲には大小の石が転がっていて、クレーターらしき丘のような盛り上がりも近くにある。空を見上げて地球を探すけれど、今いる場所は月の裏側なのか見当たらない。 

「ワタシ、ヤルコトアルカラ、サンポデモスルイイヨ」

 ライアンは背を向けて歩き出し、どこかへ去っていく。

 足を一歩踏み出してみると、地球と同じように歩ける。見ると、ライアンも普通に歩いている。性質は違うだろうけれど、どちらも生身の体ではないからかもしれない。彼は生身の体につながっていて、私は完全に離れている。

 私はクレーターの中がどうなっているのか気になってきて、唯一近くに見えるクレーターらしき丘に向かって歩き出し、月での散歩を「両足」で楽しむ。

 数分後、遠くから見たときよりも巨大に感じる円形の丘が迫ってくる。高さは私の背丈くらいだ。傾斜を両手足で登り、穴の縁から中を覗き込む。

 すると、底の方から眩い巨大な光の塊が飛び出してきた! あの光りだろうか?

 光の塊は私の存在に気づいたかのように目の前で停止する。その直後、強烈な光が放たれた! まるで太陽が目の前にあるかのような眩しさだ!

 私は目をつぶる間もなく、その光に照らされながら、意識が遠退いていくのを感じた……。

 気がつくと、あの町らしき住宅街のどこかの十字路の真ん中に仰向けになって倒れていた。いつの間にか月から帰ってきていたようだ。でも、穴の縁から中を覗き込んだ後の記憶がない。近くにライアンの姿はなく、まだ月にいるのだろうか。辺りはすでに薄暗く、今は何時くらいなのだろう?

 立ち上がり、辺りを見回しながら信治の気配を探る。そのとき、私の前にあの大きな眩い光の塊が現れた!

《あなたが月面で気を失っているのに気づいて、私が転送しました》

 あのときと同じ中性的な澄んだ声で、脳内に直接語りかけてくる。

《そこは信治さんが数時間前に最初に降り立った場所です。信治さんは日が沈んでからこの町に現れ、さっきまであなたを一生懸命探していましたが、あなたがいない世界に離脱したと思い、元の肉体に戻っていきましたよ》

「そうだったんですか。信治はまたどこかに離脱してきますか?」

《しばらくは無理でしょう。それにあなたにもはや時間の余裕はありません。そろそろ私たちの世界に行きましょう》

 すると、光は私の体を包み込んだ。そして一瞬、強烈な光を放ち、眩しくて目をつぶる。月に行ったことを後悔する間もなく……。

64へ

【37】

 学校の校門の前で、半分に切ったスイカを両手に持ち、制服の裾を半ズボンから出したこの学校の生徒らしき坊ちゃん刈りの少年と、金髪の外国人らしきダウンジャケット姿の背の高い男性が立ち話をしている。男性の背中からは半透明の紐のようなものが空に向かって伸びている! 遠くから見えたのはこれだったんだ。この紐は一体何なのだろう?

 少年からも見えないように男性の背後の少し離れた場所に静かに降り立つ。

「ソノスイカ、スコシ、ワケマエテクダサーイ」

 男性は少年の持っているスイカを食べたがっているらしい。

「これか? じゃんけんで勝ったらいいぞ」

 少年はそう言ってニッと微笑む。

「ヤリマスショウ」

 すると、少年は器用にスイカを左手で持ち、右手をグーにして構え、男性は左手をグーにして構える。

「いくぞ。じゃんけんぽんっ!」

 少年の掛け声とともに少年はグー、男性はチョキを出した。

「シモッタネ……」

 男性はがっかりした様子で肩を落とす。

「残念だったぞ」

 何やら男性が可哀想に思えてきた。

スイカを分けてあげてと頼む 32へ

少年にじゃんけんを挑む 41へ

少年に町について尋ねてみる 22へ

 男性に町について尋ねてみる 30へ

【38】

 お婆さんの背後に静かに降り立ち、声をかける。

「どうしたんですか?」

 お婆さんはゆっくりとこちらを振り向く。顔は皺だらけで、何やら虚ろな目をしている。

「あそこにいる婆さんがな、こっちを指差して笑うんじゃ!」

 そう言って真下の川を指差す。欄干から下を覗いてみるが、川面に隣のお婆さんと私の姿が映っているだけだ。

 お婆さんは右足に履いていた草履をつかむと、川に向かって放り投げる。川面に映ったお婆さんの姿がぐにゃりと歪む。

「どうだい、懲らしめてやったよ」

 お婆さんは満足した様子で、腰に手の甲を当て、片方裸足のまま橋を渡って南の方へ歩いていく。私は唖然としてその後ろ姿を見送るしかなかった。コンビニへ行こう。

35へ

【39】

 まるで小船のように流れていく草履を拾い上げ、お婆さんの気配を探る。腰に手の甲を当て、南の方へ歩いているのが見える。お婆さんの背後に降り立ち、声をかける。

「草履を落としましたよ」

 すると、お婆さんはゆっくりとこちらを振り向く。顔は皺だらけで、何やら虚ろな目をしている。

「おや、すまないねぇ。どこに落ちていたんだい?」

「川に流されていました」

「そうかい。どうもありがとうねえ」

 お婆さんは細くて骨ばった手で草履を受け取り、足元に落として右足に履く。そしてまた腰に手の甲を当て、橋の方に向かって歩き出す。あれ? お婆さんはどこへ行こうとしているのだろう? そろそろコンビニへ行こう。

35へ

【40】

 踏切の手前で、頭の天辺がはげた寝巻き姿のお爺さんと白い子犬が戯れている。どうやら散歩の途中らしい。

 しばらくほのぼのとした光景を眺めていると、一匹の黒猫が線路内に入ったのが見えた。子犬はお爺さんよりも先に気づいた様子で、尻尾を振りながら黒猫を追って線路内へ駆け入っていく。

 そのとき、踏切がゆっくりと下り始める。警笛は壊れているのか鳴らないけれど、電車が通るらしい。

 黒猫はすでに線路を渡って向こう側へと姿を消した。子犬は辺りを見回し、黒猫の姿を捜している。その間に右から電車が子犬に迫ってきていた! このままでは子犬が危ない!

「ムク! 戻ってくるんじゃ!」

 電車が迫ってきているのに気づいたお爺さんが子犬に向かって叫ぶ!

テレパシーで運転手に線路内に子犬がいることを伝える 59へ

電車に金縛りをかける 61へ

子犬に金縛りをかける 53へ

子犬に憑依する 48へ

 お爺さんに見られるのを覚悟で瞬間移動して子犬を助ける 44へ

【41】

 少年に歩み寄っていくと、二人はほぼ同時に私の顔を見る。外国人らしき彫りの深い男性は、私の顔を見て顔をほころばせる。

「トテモウツクシオジョサントウジョネ」

 やっぱり外国人らしい。

「ありがとうございます。ねえ、私もじゃんけんで勝ったら分けてもらえる?」

「もちろんいいぞ。食いかけでも良かったらな」

 少年はスイカを両手で持ちながら、ニッコリ笑顔で言う。スイカをよく見ると、外側を少し食べた跡がある。

 少年はまた左手でスイカを器用に持ち、右手をグーにして構える。それを見て、私も右手をグーにして構える。

「じゃんけんぽんっ!」

 掛け声を合わせ、少年はグー、私もグーを出した。あいこだ。

 その後、私が何を出してもなぜか少年は私と同じのを出してきて、ひたすらあいこが続いた。このままでは固唾を飲んで見守っている男性にスイカをあげることができないかもしれない。そこで私は、少年を惑わすために、次に何を出すかのテレパシーを送ってみることにする。

 グーを出すとテレパシーを送って、少年がグーを出すのは嘘だと思い、私がチョキかパーを出すと思うなら、少年はグーかチョキを出すはず。そこで私はグーを出す。

 チョキを出すとテレパシーを送って、少年がチョキを出すのは嘘だと思い、私がグーかパーを出すと思うなら、少年はパーかチョキを出すはず。そこで私はチョキを出す。

 パーを出すとテレパシーを送って、少年がパーを出すのは嘘だと思い、私がグーかチョキを出すと思うなら、少年はパーかグーを出すはず。そこで私はパーを出す。

 結果、何を出されても負けはない。

グー 43へ

チョキ 45へ

 パー 47へ

【42】

「行ってみたいけれど、遠慮しておきます」

「ソレザンネン。デハ、ココデサヨナラ」

 目を閉じて、何かに意識を集中させていたかと思うと、左手を上げた瞬間に男性の姿がフッと消えた! それとともに、空に向かって伸びていた紐も一瞬で消えた!

 男性は月に行って何をするつもりなのだろう。私もここから離れよう。

 ここからだと、遠くのやや北に2つの気配があるけれど、1つは小さくて、今までのとは何か違うようだ。

40へ

【43】

《次はグーを出そう》

 独り言のように少年にテレパシーを送ってみる。少年は表情を変えずに右手をそのまま構え、私もそのまま構える。

「じゃんけんぽんっ!」

 また掛け声を合わせ、私はグー、少年はパーを出した!

 どうやら少年は素直にグーを出すと思ったらしい。

49へ

【44】

 電車に背を向けるようにして子犬の目の前に瞬間移動すると、素早く子犬を抱え上げる。走って線路内から出て、お爺さんに子犬を手渡す。横目に電車が凄いスピードで通過していくのが見える。

「おお! 良かった良かった!」

 お爺さんは尻尾を振る子犬に顔をペロペロ舐められている。その背後で踏切がゆっくり上がる。

「ムクを助けてくれてありがとう。あんたも体外離脱者のようじゃな」

 どうやらお爺さんは信治と同じように、この町に体外離脱して来ているらしい。でも、お爺さんの背後には紐が見当たらない。

「まあ、そんなところです。あの、お爺さんの背後には紐みたいなものが見当たらないようですが……」

「体外離脱後の世界に長居したら消えてしまうようじゃよ。そう言うあんたも見当たらないのう」

 お爺さんは私の背後や頭上を見ながら言う。

「そ、そうですね」

 そろそろお爺さんとお別れしたほうが良さそうだ。

「あんた、もしかして......」

 お爺さんに私の正体が知れてしまう前に踏切の真上に瞬間移動する。空はすでに美しい茜色に染まっていた。お爺さんは子犬を抱えたまま、辺りを見回している。

55へ

【45】

《次はチョキを出そう》

 独り言のように少年にテレパシーを送ってみる。少年は表情を変えずに右手をそのまま構え、私もそのまま構える。

「じゃんけんぽんっ!」

 また掛け声を合わせ、私はチョキ、少年はグーを出した!

 どうやら少年は素直にチョキを出すと思ったらしい。

49へ

【46】

「信治に会わせてください。彼もそれを強く望んでいるからこそ、慣れない体外離脱をしてまで来たと思うんです」

 男性は少しの間黙っていた。

「……では、彼と会ったら、すぐに肉体に戻るようにあなたが伝えてください。彼はまだ、現世で為すべきことが残っているのです」

 それだけ言うと、フッと姿を消した。信治にもし危険が迫ったら、すぐに元の世界に帰ってもらおう。そう決めて、信治の近くに瞬間移動する。

 信治はぎこちなく夜空を漂っていた。よく見ると、信治は私が誕生日に贈った手編みのセーターをパジャマの上に着ている。きっと離脱前の格好のまま離脱してきたのだろう。セーター、気に入ってくれていたみたいで良かった。初めての手編みで約半年もかかったけれど、頑張った甲斐があった。

 信治はすぐにゆらゆらと地面に落下する! どうやら怪我はなかったらしく、信治はすぐに立ち上がると、両手のひらをまじまじと見始める。手を怪我したのだろうか?

 次に信治は辺りを見回して、離脱した場所を確認しているようだった。私は信治の背後に静かに降り立つ。信治の足元を見ると裸足だった。やっぱり離脱前の格好のまま離脱して来たらしい。

「信治」

 その声に信治はハッとして振り向く。

「未希! いつの間に後ろに」

「会いに来てくれてありがとう。手は大丈夫?」

「ああ、この世界では痛みは感じないんだな。初めての体外離脱で不安だったけど、また会えて、話ができて本当に良かった」

 信治は私を強く抱きしめる。

「うん」

「こんなに簡単に会えるとは思ってなかったよ」

 私は抱きしめられながら、信治にまた会えた嬉しさと、こんな結果になってしまった申し訳ない気持ちで涙が出てくる。

 目を開けると、信治の背後から半透明の紐のようなものが夜空に向かって伸びているのが見える。学校の校門の前で出会った外国人男性の背中から伸びていたのと同じもののようだ! おそらくあの男性も、何かの理由があって、この町に離脱してきたのだろう。

 私は信治から離れると、「その背中から伸びている半透明の紐みたいなものは何なの?」と聞いてみる。

「これは、元の体と今の抜け出た体をつなぐ魂の緒と飛ばれているものだよ。この緒が切れると、二度と元の体に戻れなくなるんだ」

 信治は自分の背後に目を向けながら答える。

「そんな大事なものがむき出しになっているんだね」

「それもそうだな」

 信治はそう言って微笑むと、何やら決意したような表情をする。

「俺はもう、元の世界に帰る気はないんだ。だから、この町でいつまでも一緒に暮らさないか?」

 私はその提案に衝撃を受ける!

「でも、それは信治のお父さんやお母さん、帰りを待っているすべての人たちを悲しませることになるわ!」

「いいんだ。俺は未希がいなくなってしまうのが一番悲しい」

 信治の頬に一筋の涙が伝ってこぼれ落ちる。それは月明かりに照らされて、朝露よりも澄んで見えた。私も信治と同じ気持ちではある。私にとって、家族以外で心から愛することができた唯一の異性だったのだから!

この町で一緒に暮らす 50へ

 信治の身を案じる意味でも断る 52へ

【47】

《次はパーを出そう》

 独り言のように少年にテレパシーを送ってみる。少年は表情を変えずに右手をそのまま構え、私もそのまま構える。

「じゃんけんぽんっ!」

 また掛け声を合わせ、私はパー、少年はチョキを出した!

 どうやら少年は素直にパーを出すと思ったらしい。

49へ

【48】

 電車に背を向けるようにして子犬の目の前に瞬間移動すると、素早く小さな体に憑依する。すると、一瞬で子犬の心を支配したのがわかった。それとともに、体が急に小さくなった気がした。子犬の目を通して、大きくなったように見える電車が目の前に迫ってくるのが見える!

 子犬の体を操って線路内から駆け出ると、そのまま大きくなったように見えるお爺さんの方へ駆け寄る。

「おお! 無事で良かった!」

 背後で電車が凄いスピードで通過していく! お爺さんは私を、いや、子犬を抱え上げる。そのとき、なぜだかお爺さんから人の温もりのようなものを感じた。お爺さんの背後で大きくなったように見える踏切がゆっくり上がるのが見える。

「不思議じゃのう。セーラー服姿の女の子がお前に駆け寄っていって消えたように見えたが……。もうこの辺りで散歩するのはよそうな。さて、そろそろ帰ろう。この町は暗くなるのが早いからのう」

 見上げると、空はすでに美しい茜色に染まっていた。

 お爺さんは子犬を抱えたまま、空へ浮き上がる! どうやらお爺さんは普通の人間ではないらしい。お爺さんは学校の校舎を越え、まっすぐ南東へ向かって飛行していく。数分で大きな屋敷が見えてくる。

「今夜のお前のエサはどこで調達しようかのう」

 屋敷にエサになりそうなものはないのだろうか?

 私は子犬から抜け出すと、お爺さんから離れた空に瞬間移動する。お爺さんはそのまま屋敷の屋根に降り立つ。もしかしたら屋敷はお爺さんのものではないのかもしれない。

55へ

【49】

 男性に続いて、私も負けてしまったのだ。今の私に勝つなんて、この少年はきっと只者ではない。

「女の子は特別に負けても分けてあげるぞ」

「本当に? お姉さん、嬉しい!」

 少年は食いかけのところを少し割り、私に差し出す。私はスイカを受け取ると、男性に差し出す。

「これ、どうぞ」

「オウ! ウツクシダケナク、ヤサシサモナオジョサンネ。アリガトゴザッス」

 スイカを受け取ると、もう待ち切れないといった様子でほお張る。それを見ていると、妙に私も食べてみたくなったけれど、何とか堪える。

 すると、男性が急にふらつき出し、前のめりに倒れる途中でパッと姿が消えた! 男性に何が起こったのだろう?

 少年は何事もなかったかのようにくるりと背を向けると、学校の敷地内へ向かって歩き出す。

 あの男性はスイカを食べながら瞬間移動したのだろうか? 何か罪悪感のようなものを感じながらも、私も場所を移動することにする。

 ここからだと、遠くのやや北に2つの気配があるけれど、1つは小さくて、今までのとは何か違うようだ。

40へ

【50】

「わかった」

 信治は私のその言葉を聞いて、とたんに明るい表情になる。

「じゃあ、どこにしようか? この町のどこかに空き家とかないかな」

「あの団地にたくさん空き部屋があるみたい」

 私は北の方を指差して言う。

「凄いな、そんなこともわかるんだ。じゃあ、行こう」

「手をつなぎながらね」

 信治が私の手をしっかり握ったのを確認して瞬間移動する。

「うわっ! もしかして瞬間移動した?」

 空き部屋の玄関のドアの前に一瞬で移動したのを見て信治が驚く。

「これくらい簡単だよ」

 部屋番号は306だった。信治がドアを開けると玄関に履き物はなく、真新しい部屋の香りが漂ってくる。

「ここで俺たちの新たな生活が始まるんだな」

 そう言った信治の顔は満足したような笑みに包まれている。

「そうだね」

 私も負けないくらいの笑顔で答える。

「じゃあ、入ろうか」

「うん」

 信治が私の手をさっきよりもしっかり握っているのがわかった。

END

1へ戻るなら

【51】

《信治と会うのはやめて、あなたたちの世界に行きます》

 どこにいるかはわからないけれど、あの光に向かってテレパシーを送ってみる。

 しばらくすると、私と男性の前に眩い大きな光の塊が現れる。

《本当によいのですか?》 

 あのときと同じ中性的な澄んだ声で、脳内に直接語りかけてくる。

「はい」 

 そう言うと、男性は安心した様子でフッと姿を消す。

《それが一つの愛の結末なのですね。あなたのその選択によって、彼は現世で引き続き彼の魂とともにあることでしょう》

 そう言うと、光は私の体を包み込んだ。そして強烈な光を放ち、私は眩しくて目をつぶる。

63へ

【52】

「でも、やっぱり無理。私はもう、普通の女の子じゃないの。私と信治は、違う世界の人間になってしまったんだから」

 信治は私のその言葉を聞くと、覚悟したような表情で右手を背後に回して緒を引き寄せ、目の前で両手でつかむ。

「待って!!」

ただ見守る 57へ

金縛りをかける 54へ

 憑依する 60へ

【53】

 子犬に向かって両手をかざし、金縛りをかける。すると、子犬はレールの直前でピタリと動きを止める。その直後、電車が子犬の目の前を凄いスピードで通過し、垂れた耳が風圧でめくれ上がる。

 お爺さんは子犬に駆け寄ると、「大丈夫じゃったか?」と抱き上げ、線路から離れる。その背後で踏切がゆっくり上がる。

「もうこの辺りで散歩するのはよそうな。さて、そろそろ帰ろう。この町は暗くなるのが早いからのう」

 見上げると、空はすでに美しい茜色に染まっていた。

 お爺さんは子犬を抱えたまま、空へ浮き上がる! とっさにお爺さんから離れた場所に瞬間移動する。どうやらお爺さんは普通の人間ではないらしい。

 お爺さんは学校の校舎を越え、まっすぐ南東へ向かって飛行していく。

55へ

【54】

 信治に向かって両手をかざし、金縛りをかける。すると、信治は緒を両手でつかんだままピタリと動きを止める!

 信治は目を見開き、私を見つめる。でも、動きを止めたところで、金縛りを解くか、解けてしまったら意味がなさそうだということに気がつく。私は金縛りを解き、そして……。

60へ

【55】

 太陽が沈み、辺りが急速に闇に包まれていく。ゆっくりと月が輝きを増し始め、静かな住宅街をほのかに照らし出す。

 そのときだ。感じた! 信治がこの町のどこかに現れようとしているのを! 気配の方を向くと、家の2階ほどの高さに人影が見えた。

 信治だ!

 私は人影だけで、それが信治だとはっきりわかった。信治はなぜだか窓を開けるような仕草をして空に漂っている。私が信治の元に瞬間移動しようとしたそのときだった。

「待ちなさい!」

 背後で何者かに呼び止められる! 振り向くと、黒いスーツ姿の男性が私と同じ高さに浮いていた。

「あなたは?」

 空に浮いているのだから、普通の人間ではなさそうだ。

「私は体外離脱してくる者に、危険を犯す前に肉体に戻るよう促す者です」

 落ち着いた様子で答える。異世界とは、さまざまな人々が「存在」するところなのだと思わされる。

「なぜ止めるのですか?」

「彼がこの世界に長居するようなことがあると危険なのです。元の世界に帰れなくなることも有り得ます」

「それは、そうですが……」

 信治に会うべきではないということ? でも、瞬間移動すれば手の届く距離にいるのに、このまま会わずにさよならするなんて悲しすぎる!

会わずに光の塊を呼ぶ 51へ

 どうしても会いたい 46へ

【56】

 信治の体に憑依したまま、どちらの涙かもわからない涙を流しながら緒を引き千切った......! 千切れた緒は夜空にゆらゆらと漂っていたけれど、すぐに夜空の彼方へと消えていった。

 私は夜空を見上げた格好で、信治が元の体から抜け出た体から抜け出た。その直後、信治が急に苦しそうに片膝をつく。

「はぁ、はぁ......」

「大丈夫!?」

 肩で息をしてうずくまる信治に駆け寄る。背中を見ると、いつの間にか千切れた緒は根元から消えていた。

「ありがとう。これで......、未希と同じ世界に......行ける」

 抜け出た体のみになることは、どうなるか容易に想像できた。でも、それは信治が涙を流して望んだこと。

 信治はゆっくりと立ち上がる。その顔は満足したような笑みに包まれていた。

 すると、町に異変が起きようとしているのを感じた。次第に町の闇が濃くなり、そしてまったくの暗闇になった。離脱後の異世界が消えてしまった?

 そのとき、私たちの前にあの大きな眩い光の塊が現れる!

《それが二人の愛の結末なのですね》

 あのときと同じ中性的な澄んだ声で、脳内に直接語りかけてくる。

「誰だ? 何だこの光は?」

 信治は眩しそうに光と対峙している。

《この私でも、長い年月の間、これほどの愛を目の当たりにしたのは初めてですよ》

 すると、光は私と信治の体を包み込む。そして強烈な光を放ち、私は眩しくて目をつぶる。

62へ

【57】

 信治は私の制止を聞かずに、緒を一気に引き千切った......! 千切れた緒は夜空にゆらゆらと漂っていたけど、すぐに夜空の彼方へと消えていった。

 すると、信治が急に苦しそうに片膝をつく。

「はぁ、はぁ......」

「大丈夫!?」

 肩で息をしてうずくまる信治に駆け寄る。背中を見ると、いつの間にか千切れた緒は根元から消えていた。

「これで......、未希と同じ世界に......行ける」

「そんな……」

 抜け出た体のみになることは、どうなるか容易に想像できた。

 信治はゆっくりと立ち上がる。その顔は満足したような笑みに包まれていた。

 すると、町に異変が起きようとしているのを感じた。次第に町の闇が濃くなり、そしてまったくの暗闇になった。離脱後の異世界が消えてしまった?

 そのとき、私たちの前にあの大きな眩い光の塊が現れる!

《おや、自ら命を絶ってしまうとは》

 あのときと同じ中性的な澄んだ声で、脳内に直接語りかけてくる。

「誰だ? 何だこの光は?」

 信治は眩しそうに光と対峙している。

《それだけ彼女への愛が強かったということですね。仕方ありません》

 すると、光は私と信治の体を包み込む。そして強烈な光を放ち、私は眩しくて目をつぶる。

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【58】

 元の世界に帰る方法を信治の心から探っていると、「肉体に戻りたい」と呟くことで元の肉体に戻れるということがわかった。それとともに、それは私と会ってから最後に呟くつもりでいることも。でも、緒を引き千切ろうとする信治をこれ以上この世界にいさせることは危険だ。

「肉体に戻りたい」

 私の声でそう呟き、すぐに信治が元の体から抜け出た体から抜け出る。

 見上げると、信治の体はまるで張り詰めたゴム紐が一気に縮んだように凄い勢いで緒の引力に引っ張られ、夜空の彼方に数秒で消えていった。これでいいんだ……。

 すると、私の前に眩い大きな光の塊が現れる。

《本当に帰してしまって良かったのですか?》 

 あのときと同じ中性的な澄んだ声で、脳内に直接語りかけてくる。

「はい」 

《それが一つの愛の結末なのですね。あなたのその行いによって、彼は現世で引き続き彼の魂とともにあることでしょう》

 すると、光は私と信治の体を包み込む。そして強烈な光を放ち、私は眩しくて目をつぶる。

65へ

【59】

《止めてください! 子犬が線路内にいます!》

 電車の運転手さんに向けてテレパシーで呼びかける。

 その呼びかけが届いたのか、電車はすぐにブレーキがかけられ、車輪は激しく火花を散らし、金属と金属が擦れ合う嫌な音を辺りに響かせる! 電車は子犬のいた場所を数メートルほど通過してやっと止まった。間に合わなかった……。

「ムクーーっ!」

 お爺さんは泣いているような声で愛犬の名を叫ぶ!

 すると、止まった電車の下から子犬がひょこっと顔を出し、お爺さんの方へ駆け寄る。そうか、電車は子犬の上を通過したんだ!

「おお! 無事で良かった」

 子犬は尻尾を振って、お爺さんの顔をペロペロ舐める。お爺さんは子犬を抱き上げ、線路から離れてから何度も運転手さんに頭を下げている。

 電車が再び走り出して踏切を通過すると、お爺さんの背後で踏切がゆっくり上がる。

「もうこの辺りで散歩するのはよそうな。さて、そろそろ帰ろう。この町は暗くなるのが早いからのう」

 見上げると、空はすでに美しい茜色に染まっていた。

 お爺さんは子犬を抱えたまま空へ浮き上がる! とっさにお爺さんから離れた場所に瞬間移動する。どうやらお爺さんは普通の人間ではないらしい。お爺さんは学校の校舎を越え、まっすぐ南東へ向かって飛行していく。

55へ

【60】

 信治の体に憑依した。すると、信治の心を一瞬で支配したのがわかった。それとともに、胸元が急に軽くなったような気がして、股間に今までにない違和感を感じた。

 私は何だか恥ずかしくなりながらも、まずは緒から左手を離す。それから右手も離そうと「考えた」瞬間、思いもよらず目から涙が溢れ出てくる。信治の心を完全に支配できていなかったことに驚く!

左手で緒をつかみ直し、引き千切る 56へ

 憑依したまま元の世界に信治を帰す 58へ

【61】

 電車に向かって両手をかざし、金縛りをかける。でも、電車は止まるどころか、スピードが緩まる様子もない。やっぱり金縛りは人や動物などの生き物にしかかけられないらしい。

テレパシーで運転手に線路内に子犬がいることを伝える 59へ

子犬に金縛りをかける 53へ

子犬に憑依する 48へ

 お爺さんに見られるのを覚悟で瞬間移動して子犬を助ける 44へ

【62】

 光がやむと、美しい花々が咲き乱れる見慣れない場所に信治と2人で立っていた。あの光はどこにも見当たらない。近くにはキラキラ輝く美しい川が流れ、古風な木製の橋が架かっている。

「ここか」

「そうみたいね」

 どちらからともなく手を握り、橋を渡るために歩き出す。

 きっと信治のお父さんとお母さんは悲しむに違いない! でも、こうなってしまったのも含めて、すべてが運命だったのだろう。

「俺は未希と初めて手をつないだとき、この手を2度と離すまいと誓ったんだ。そして今、未希の手の温もりを感じていられて俺は幸せだ」

「もう離さないでね。私も信治のそばにいられて幸せだよ。信治のこと、大好きだから」

 私と信治はそう言って微笑み合い、橋を渡りながら、同じ方向を見つめていた。

END

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【63】

 光がやむと、美しい花々が咲き乱れる見慣れない場所に1人で立っていた。あの光はどこにも見当たらない。近くにはキラキラ輝く美しい川が流れ、古風な木製の橋が架かっている。私は橋を渡るために歩き出す。

 信治と最後にもう一度会うことができなかったけれど、一目見ることができただけでも良かったのかもしれない。

《さようなら。信治のこと、見守っているから。そのセーターを私だと思って大切にしてね》

 あの町にいる信治に向けてテレパシーを送り、橋を渡り始める。信治はもう会えなくなったことを知って、元の体に、戻るべき現世に戻っていくことだろう。

END

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【64】

 光がやむと、美しい花々が咲き乱れる見慣れない場所に1人で立っていた。あの光はどこにも見当たらない。近くにはキラキラ輝く美しい川が流れ、古風な木製の橋が架かっている。私は橋を渡るために歩き出す。

 信治と最後にもう一度会うことができなかったけれど、それもまた運命だったのだろう。

《さようなら。会うことができなくてごめんなさい。信治のこと、見守っているから》

 現世にいる信治に向けてテレパシーを送り、橋を渡り始める。

END

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【65】

 光がやむと、美しい花々が咲き乱れる見慣れない場所に1人で立っていた。あの光はどこにも見当たらない。近くにはキラキラ輝く美しい川が流れ、古風な木製の橋が架かっている。私は橋を渡るために歩き出す。

 信治と最後にもう一度会って、話すことができて本当に良かった。信治の痛いほどの気持ちを知ることができたし、あの世に行っても、信治のことは忘れないでいたい。そんなことを考えていると、涙が出てきて止まらなくなる。

《さようなら。信治のこと、見守っているから。だから、信治も私のこと忘れないでね》

 現世にいる信治に向けてテレパシーを送り、橋を渡り始める。

END


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