見出し画像

塩水にさらす 第二話

https://note.com/sftyu_dokudesu/n/n21d34304b20e

翌日、体育の授業だったので着替えを持って体育館へ向かっている途中、瑞希の後ろ姿が見えた。
「あ、瑞希・・・」
声をかけると、瑞希は鋭い目つきでこちらを見てきた。その時、瑞希の頬に大きな湿布のようなものが付いているのが目に見えた。瑞希は一瞬睨むと、直ぐに早足で遠ざかって行ってしまった。
俺は気になって、授業のことなど頭からポロリと落っことして瑞希を追いかけた。
早歩きであっただけなので、小走りで追いかけると直ぐに追いつけた。何度も声をかけながら追いかけたが、瑞希は一向にこちらを振り向かない。訳が分からず、俺は瑞希の腕を掴んでしまった。
「痛っ・・・!」
「え、ごめん・・・」
そんなに力強く掴んでいないのに、瑞希が痛そうに腕を片方の手で押さえていた。
「・・・何、なんで追いかけてきてるの」
「え・・・気になったから・・・」
「は?何が?」
「・・・ほっぺ」
瑞希がばつが悪そうに、斜め下に視線を落とした。
「どうしたの」
「・・・なんだって良いでしょ、放っておいて」
「そんな、放っておけないよ」
「放っておいてって言ってるの!」
瑞希が涙目で、今までに無い程の大きな声で訴えかけてきた。
「ねえ・・・俺にも言えないようなことなの?」
「は?俺にも?」
「それ、昨日の痣もだけど・・・本当にただの怪我なの?」
「ただの怪我じゃ無いって言ったら何かしてくれるの?このほっぺの怪我、輝樹のせいなんだよって言ったら、どうにかしてくれんの!?」
「え?俺のせいなの?」
「・・・とにかく、付いてこないでよ!」
今回は本当に付いてきて欲しくないのか、早足では無くダッシュで去って行ってしまった。
「俺のせいって・・・どういうことだ?」
 授業開始のチャイムが鳴り、俺は体育の授業を思い出して体育館へとダッシュした。

体育の授業が終わると、お昼休みになった。瑞希のことが気になり、俺は着替え終わるなり直ぐに瑞希のクラスへと向かった。
 教室を覗いたが、瑞希は居なかった。教室をキョロキョロと見ていると、瑞希の唯一の有人である前川恵美が俺に気が付いて、声をかけてきた。
「春野くん、瑞希探してるの?」
「え、ああ、そう」
「瑞希、科学実験室に行ったよ。優一先生に呼ばれたって」
「優一に?」
「え、あ、そっか。優一先生と幼馴染みなんだっけ」
「うん、瑞希ともね」
「え、ねえ、優一先生って、先生になる前どんな感じだったの?」
「どんな感じって・・・?今と変わらず、ボンヤリ・・・ほんわか?してる人だったかな」
「え~やっぱりそうなんだ。可愛い~」
「可愛い?」
「え、春野くんって、口堅い?」
「うん?」
「ちょっと、耳貸して」
貸して、と言いながらも半ば強引に耳を引っ張られた。前川恵美は耳に口を寄せ、吐息のような声で俺の鼓膜を振動させる。
「あのね・・・私、優一先生が好きなの」
それだけ言うと、俺の上半身を力強く飛ばして、「やだもう、言っちゃった!」と勝手に照れていた。
「春野くん、聞いたからには協力して貰うからね?」
「は、はあ?協力?」
「私のこと、優一先生の前で話題に出すとか・・・褒めるとか」
「はあ?無理だよ、俺前川のことそんなに知らないし」
「嘘でも良いよ!取りあえず褒めてくれたら」
「ええ・・・」
「嫌そうな声出さないでよ。瑞希だって協力してくれてるのに」
「まあだって瑞希は前川のこと知ってるし」
「じゃあ私のこと知れば良いってこと?」
「まあ、そうなるのかな・・・」
詰めてくる前川恵美にたじろいでいると、戻ってきた瑞希が無言で俺と前川恵美をジッと見てきた。
「二人とも教室の出入り口で何してんの?」
「あ、瑞希~!春野くんにも協力して貰うことになったの」
「え?」
ギロリとした視線を瑞希が俺に向けてくる。
「いや、まだ良いよって言ってない」
「ちょっと春野くん、冷たい!」
 すると、教室の奥に机をくっつけて固まって昼食を取っていた女子グループが、前川恵美を呼んだ。「はーい」と返事をすると。一つ空いていた席に前川恵美が座った。
必然的に俺と瑞希二人っきりになってしまった。
「あ・・・前川さんと一緒にご飯食べないの?」
「・・・食べない、恵美は時々声かけてくれるだけ」
「え・・・じゃあ俺と食べる?」
「別に私、一人が嫌とか思わないから大丈夫」
「あ、そう・・・」
「何しに来たの?まさかお昼ご飯誘いに来た、とかじゃないよね」
「え、あ・・・お昼ご飯誘いに来ました・・・」
瑞希がポカンとした後、軽く笑った。俺も吊られて笑みがこぼれる。
「しょうが無いな、私購買でパン買うけど、良い?」
「も、もちろん。何なら俺も購買に買いに行く予定だったし」
「ちょっと待ってて。財布持ってくる」
瑞希が教室に入り、固まって昼食を食べている机近くの席に行った。そこが瑞希の席のようで、横のフックにかかっていた鞄から財布を取り出そうとしている。その際、固まっている女子グループは、瑞希に冷たい視線を送っていた。瑞希はその視線に気が付いていないのか、財布を取り出すと、小走りで俺の元へ駆け寄ってきた。
「お待たせ。行こ」
「う、うん・・・」
瑞希に向ける視線の冷たさが、自分に向けてでは無かったのに、背筋を凍らせた。

購買でパンを買い、美術室で昼食を取ることにした。
「瑞希、鍵、持ってたの?」
「うん。予備用で先生が作ってたのコッソリ」
「盗みじゃん・・・」
「輝樹が黙ってればバレないから、やってないのと同じ」
「そう言う問題なのか・・・?」
二人でモグモグとパンを食べていると、瑞希がゴクリと大きくパンの欠片を飲み込んだ。
「・・・ねえ、本当は何しに来たの?」
「え?」
「お昼ご飯は、適当でしょ?私だって分かるよ」
「・・・優一と、何話してたの」
「・・・え?」
「俺の、憶測なんだけど・・・優一に、怪我・・・負わされてる・・・?」
「・・・」
瑞希は押し黙った。この無言が正解なのか、不正確で気分の害してなのか。
瑞希は俺の方を向くと、袖をまくった。
するとそこには、青い水玉模様の素肌が露わになった。
「ちょ・・・それは・・・!?」
「昨日、お兄ちゃんが・・・怪我のこと、輝樹に悟らせたって・・・」
瑞希は頬のガーゼもペリペリと剥がした。ガーゼの下には、赤黒い肌が隠されていたのだ。
「・・・さっきはごめんね、輝樹は悪くないよ」
「お、俺の方こそごめん・・・」
「そうだよ、気付くの遅すぎ」
ごめん、そう謝りそうになった、瑞希が微笑んでいたので、俺は言葉を飲み込んだ。
「・・・遅いって、いつから・・・?」
「お兄ちゃんが、教師になって少ししてからかな。二年とか・・・三年とか」
「二・・・」
「最初はここまでじゃ無かったんだよ。最近は、結構ヒートアップしてきちゃって」
「本当にごめん・・・なんで直ぐ気付けなかったんだろ・・・」
「それは、私が気付かれないようにしてたからだよ。・・・気付いてくれて、ありがとう」
「俺、何か出来ること、ある?」
「・・・気付いたこと、お兄ちゃんにバレないようにして。それだけで良いよ」
「え・・・さすがにそれだけは」
「私が両親居ないのは、知ってるでしょ?」
「それは・・・」
「お兄ちゃんがここまで育ててくれたの。暴力振られるのは嫌だけど・・・でも、ストレスが溜まるのも分かるから」
「それとこれとは・・・」
「輝樹、お願い」
力強い眼差しに、反対の言葉を声帯から絞り出すことは憚られた。
言葉をゴクリと飲み込んだのと同時に、昼休み終了五分前のチャイムが鳴った。
「・・・次の授業があったら見つかっちゃう。早く出よ」
スタスタと美術室から出て行く瑞希の後ろを情けなく付いていった。

 それから三日経った。俺はずっとモヤモヤしていたが、瑞希はケロッと学校に来て普段と変わらず行動をしていた。
「どうしたもんか・・・」
「ねえ、人の部室で物思いにふけるのやめてよ」
「良いじゃん、どうせ隼人しか来ないんだから」
「おい!たまたま!たまたまだから!」
「そうか~?いつ来ても居ないじゃん」
「ねえ追い出して良い?」
俺は放課後、隼人のいる園芸部の部室にいた。
「てか何に悩んでるの?つってもどうせ瑞希さんのことだろうけど」
「ご名答」
「そろそろ他のことも考えろよ・・・」
隼人がおもむろに立ち上がったので、俺は隼人の影に包まれてしまった。
「どうしたの、いきなり立ち上がって」
「部活動をするんだよ」
「ぶかつどう?」
「下手な演技やめろ~。今日はブロッコリーを収穫するんだよ」
「へえ!持ち帰るの?」
「そりゃそうよ、せっかく育てたのに食べないでどうするのさ」
「良いね、園芸部」
「今からでも部活変えれば?」
「いや・・・」
「はいはい瑞希さんね」
隼人が部室から出て行ったので、俺も一緒に部屋を出た。
園芸部の畑に到着し、隼人がブロッコリーを収穫しているのを遠目で見ていた。
「おい、見てるだけかよ」
「応援隊員に徹します」
「応援してないじゃん」
「フレーフレー、オーオー」
「酷い雑音だ・・・」
鉈のようなもので、ブロッコリーを切ると、人の顔程の大きなブロッコリーが収穫出来た。
「でかっ」
「うわ・・・え、輝樹いる?」
「え、今うわって言ったよね」
「うん、言った」
「大きいのいらないの?」
「持ち帰るのに邪魔じゃん。あげるよ。瑞希さんとの会話にしなよ」
「会話?これを?」
「これでデッサンとかしたら?お前も一応美術部なんだからさ。ほら」
隼人が俺に向かって大きなブロッコリーを投げた。俺は反射的に受け取ってしまった。
「はい、触ったから輝樹くんのものでーす」
「ええ、何その制度」
「ほら、早く部活行けよ」
俺は隼人に促されるまま、美術室へと向かった。


一話と三話はこちらになります!

三話にて終了ですので、よろしくお願いします!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?