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塩水にさらす 第一話

○あらすじ○
高校二年生である春野輝樹は、幼馴染みの瑞希に好意を寄せていた。しかし、瑞希にはある秘密があった・・・。その秘密に次第に巻き込まれ、瑞希は輝樹が生首を持ってきたと大喜びをしてしまい・・・


第一話

 俺には、好きな女の子がいる。

 ボサボサの髪に皆が短くするスカートを一人だけ長いまま。友人は前川恵美の一人だけ。住んでいるマンションが同じで、小学校の時からの幼馴染み。

「輝樹、早く自分の部室行きなよ」
「行きたいけど、ちょっとここで心を落ち着かせてからだな・・・」
「何言ってんだよ・・・好きな人・・・瑞希さんと仲深めたくて、下手な絵のクセに同じ部活に入ったんだろ。何ビビってんだよ」
「はあ!?ビビって無いし・・・ただ、何を話そうか決めてから行きたいだけで」
「幼馴染みなんだろ、何なんだよ本当に。俺、今から部活動するからね」

 そう言うと、友人の今村隼人が園芸部で育てている植物の手入れを始めた。
「今何育ててんの」
「え?今はね・・・ブロッコリー」
 ホースから出る水が、ブロッコリーを輝かせている。隼人がアッとひらめいた顔をすると、ホースの水を止めて小走りで近寄ってきた。
「え、何、どうしたの」
 無言で近くまで来ると、ポケットから小さな手作りのマスコットを手渡してきた。
「これ、丸井がお前にって」
「え?丸井が?何で?」
丸井とは、去年同じクラスだった女生徒だ。隣の席になったことがあって、その時少し仲良くなった。今年は俺とはクラスが違うが、隼人とは同じクラスである。
「なんか昨日手芸部で作ったらしいよ。今年、四月から俺たち大学受験だろ?だから、合格守ってさ」
手渡されたマスコットは確かに合格守らしく、だるまがモチーフであった。
「ありがとう・・・って、丸井に伝えといて」
「自分で言えよ」
「それを言ったら丸井だってそうだろ」
「ああ言えばこう言うなお前・・・じゃ、輝樹お前本当にそろそろ部活行けよ」
「・・・言われなくても行きますとも」

 吹奏楽部の演奏が学校中を響かせる中、一人でゆっくりと歩いて、部室として使われている美術室に到着した。引き戸をゆっくり開けると、部屋の中には大きなキャンバスに向かって絵を描いている瑞希が居た。
「よ、よお」
「輝樹・・・いつも来るの遅いね」
「そ、そうかな?・・・今日も瑞希一人?」
「うん、他の人達は幽霊部員みたいなもんだから」
「ふうん・・・」
「輝樹、絵描かないのにちゃんと部活来るよね」
胸がドキリとした。
「そ、そうかな?」
「そうだよ、輝樹が高校になって美術部に入ると思わなかったもん」
「俺もアートに目覚めたんだよ」
「その割に来るだけで何も描いてないね」
「イタタタ・・・」
「図星突かれて痛がってんじゃん」
軽く笑う瑞希を見て、俺は嬉しくなった。絵を描くのに真剣で、俺の方へ視線を一回も向けないが、真剣な眼差しをしている彼女の顔はとても美しい。絵が描けるなら、彼女をモデルに描いてみたいものだ。
 じっと見ていたのに気付かれ、ついに瑞希が俺の方へ視線を向けた。
「何、じっと見てきて」
「え・・・」
「何?」
俺は自分の気持ちに悟られてはいけないと思い、何か他に見ていておかしくない理由を彼女の中から探した。そして、絵の具が付かないようにするためにまくっていた腕に、青い痣があることに気が付いた。
「あっと・・・あ、腕の痣、痛そうだなあって・・・」
瑞希はその言葉を聞くと目を大きく見開き、素早くまくっていた袖を下ろした。
「え、何・・・」
「別に、あんまりジロジロ見ないで。これは、ぶつけただけだから」
「え、あ、ごめん・・・」
明らかに不機嫌になった瑞希は、分厚い壁を俺との間に立てた。話しかけるな、というオーラが凄まじい。俺はなんだかいたたまれなくなって、ソッと美術室を後にした。
 痣・・・見た目のことを女性に言うのはやはり失礼であったのだろうか。咄嗟に言ってしまった言葉に後悔が止まない。
 トボトボと歩いていると、瑞希の兄である優一が向かい側を歩いて来た。優一は科学教師としてこの高校に勤務しているのだ。瑞希と優一は二人でマンションに暮らしており、瑞希同様、幼馴染みである。
 俺が凹んでいることを知らない優一は俺に気が付くと、微笑んで小さく手を振りながら俺に近付いてきた。
「よ、輝樹。もう帰るの?」
「うん・・・瑞希、怒らせちゃったみたいでさ・・・」
「ええ・・・何言ったの・・・」
「いや、怪我してたから、痛そうだねって声かけたらさ・・・」
俺は優一をジロジロと見た。優一は瑞希と同じく癖っ毛で、ボサボサの頭をしている。瑞希よりも癖が強く、アフロのようであった。科学教師らしく、白衣を身に纏っていたが、ヨレヨレで所々に得体の知れないシミが付いている。かけている黒縁のメガネは、指紋で曇っていた。
「え・・・何、ジロジ見て・・・」
「いや・・・優一に女心について聞こうかと思ったけど・・・やめたわ」
「おいっ!何でやめるんだよ!聞けよ!」
「いや・・・何か無駄骨を察した・・・」
「失礼だぞ!」
「じゃあね、優一先生。また明日~」
 俺は想いを寄せる瑞希の兄に想いを知られたくないと、会話を早々に終わらせ帰路についた。
だから、俺は気付かなかった。
優一が曇っている眼鏡レンズの奥で、濁った目をしていたこと。優一が俺の背中を見ている時、先ほどの顔とは打って変わって恐ろしい顔をしていたこと。
ただ、吹奏楽部の演奏が狂ったのか、学校中に不協和音を響き鳴らしていることだけは、俺の心をざわつかせた。


第二話、第三話はこちらになります!よろしくお願いします!

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