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核融合×光通信 異業種コラボで挑戦した“SFプロトタイプ”。 300年後は惑星移住が当たり前でも時代は逆行?

SF(サイエンスフィクション)を通じて未来を想像し、大胆なアイデアを事業戦略に組み込む「SFプロトタイピング」が話題です。経営学に詳しい早稲田大学ビジネススクールの入山 章栄教授と宇宙光通信の実現を目指すワープスペース代表取締役CEOの常間地 悟さんも、SFプロトタイピングに取り組んでいます。

日本国内においても、SFプロトタイピングに注目が集まり始めたいま、より多くの方に知っていただこうと、2022年3月3日にオンラインイベント「SFプロトタイピングで、ファンタスティック・ディープテック・トーク!」を開催しました。ゲストとして登場いただいたのは、核融合実験炉の実現を目指すITER機構の大前 敬祥さんです。最先端技術に挑戦するリーダーたちによるSFプロトタイピングを通して描かれた未来はどのようなものだったのでしょうか。イベントのダイジェストをお届けします。

登壇者紹介

モデレータ:早稲田大学ビジネススクール 教授 入山 章栄さん
慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で、主に自動車メーカー・国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008 年に米ピッツバーグ大学経営大学院より Ph.D.(博士号)を取得。 同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。2013 年より早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール准教授。 2019 年より教授。専門は経営学。
ゲスト:ITER機構 首席戦略官 大前 敬祥さん
2018年、ITER機構 首席戦略官(チーフ・ストラテジスト)に就任。ITER計画における全体戦略の立案策定及び実行支援に従事。組織再編、コロナ対策本部、チェンジマネジメント等を指揮。また機構長室副官房長として、ITER加盟各極との交渉・調整も担当。
ホスト:株式会社ワープスペース代表取締役CEO 常間地 悟さん
筑波大学在学中(20歳)に最初の起業。大学院で国際投資法を専門に研究をしながら、並行してこれまでに4社の立ち上げに携わる。(うち1社ベトナム)。主にITスタートアップ等の創業メンバー/役員として経営戦略、ブランディング、法務、財務等を主に担当。起業家育成活動にも参画してきた。
ワープスペースとしては、2016年11月~2018年12月まで社外取締役。宇宙産業の民主化を、インターネット/通信の文脈から実現するべく、宇宙のグローバルトップ通信キャリアを日本から生み出すことに全力で取り組んでいる。

地上に太陽を作り出す。世界35カ国が参画する「核融合」プロジェクト

イベントは、登壇者が取り組んでいる事業の紹介から始まりました。
大前さんが首席戦略官を務めている国際機関 ITER機構(International Thermonuclear Experimental Reactor)は、太陽の内部で膨大なエネルギーを生み出している核融合反応を、地上で起こす核融合実験炉を実現しようとする国際プロジェクトに取り組んでいます。

大前さんは、核融合発電のメリットを5つ挙げました。まず1つ目は、膨大なエネルギーを生み出し続けられることです。核融合発電は、たった1グラムの核融合燃料から、石油8トン分相当のエネルギーを作り出せます。太陽光発電の場合は、夜間や悪天候の日など、太陽光が出ていない時間帯は発電できませんが、核融合炉が実現し、人工太陽が手元にあれば、昼夜や気象条件にとらわれずに発電を継続できます。

2つ目は、安全性が高いことです。既存の原子力発電は、燃料の原子核が分裂を起こす熱を用いています。一方、核融合は少しでも条件が異なれば原子核は融合しないため、何か問題が発生した場合に原子力発電で想定されるメルトダウンのような重大事故が起きるリスクは技術的にゼロに近いと考えられています。

3つ目は温室効果ガスの排出がゼロであること、4つ目は高レベルの放射能廃棄物が出ないこと――つまり医療用放射性廃棄物などと同じく管理可能な範囲の低レベル放射能廃棄物しか排出されないことが挙げられました。5つ目は、燃料として有力視されている重水素は海中に数百万年、数千万年分存在しているため、燃料源に困らないことです。さらに、核融合の研究が進むなかで、重水素と融合させる三重水素を作り出すのに必要なリチウムを海水から取り出す研究が始まり、日本がそのトップランナーになっています。

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ITER機構のプロジェクトは、初期稼働のファーストプラズマまで現在は約70%まで進んでいて、2025年に試運転、2035年に本格的な稼働開始を予定しています。核融合実験炉は、南フランスで組み立てられている最中です。2万3000トンのパーツで構成され、ジャンボジェット機3機分に相当する巨大な構造物をミリ単位で据付ける作業は、まさに人類の技術力・工業力の最先端だと大前さんは話します。

モデレーターの入山さんが出した、「100年後の世界を自由にプロトタイピングする」というお題に対して、大前さんは、未来の歴史の教科書に何が書かれているのかを考えるとわかりやすいのではないかと言いました。教科書の内容が「地球という星の人類という種は、限りある資源を取り合って滅亡した」となるのか、もしくは「地球という星の人類という種は、核融合という技術を手に入れて、そのエネルギーをもとに宇宙を開拓して発展していった」になるのか。未来の教科書に載る内容の分岐点は、核融合になるのではないかと大前さんは考えているそうです。

宇宙版通信キャリアの構築で、地球を見える化

常間地 悟さんが率いるワープスペースは、筑波に拠点を置くベンチャー企業です。人工衛星が取得したデータや画像を地上で受信するための光通信ネットワーク――いわば、宇宙空間における民間向けの通信キャリアの構築を目指しています。

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近年は多くの衛星が打ち上げられ、衛星データを活用したサービスが登場し始めています。一方、宇宙空間の通信インフラは脆弱で、常間地さんは「インターネット黎明期のダイヤルアップ接続のようだ」といいます。

一般的な衛星は秒速8kmで軌道を周回しているため、地上に設置するアンテナ(地上局)など、一地点の上空を通過し、通信ができる時間は非常に限られています。地表の大部分を占める海や山岳、砂漠は地上局を建設するのが難しいことも相まって、軌道上にある衛星は「90%程度が圏外」という状況に陥っているのです。

そこでワープスペースは、複数の衛星に大容量かつ高速な通信が可能な光通信機を搭載して打ち上げ、中継衛星として活用することで、通信サービスを提供する計画です。サービスが実現し、衛星が取得するデータや画像がリアルタイムで地上に届くようになれば、農業を自動化したり、災害による損害保険の調査を簡略化したりできることが期待されています。

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ワープスペースは、衛星向けのサービス提供だけではなく、月開発や火星探査への貢献も見据えています。近年、火星探査機から現地の映像が高画質・高解像度で送られてくるようになりました。通信が電波から光に置き換われば、月や火星との通信にかかる時間がより短縮され、探査もスピードアップしていくことでしょう。

モデレーターの入山さんがワープスペースの強みを尋ねると、常間地さんは、日本は衛星間光通信技術の研究開発に長年取り組んできた数少ない国であり、その知見やノウハウを継承していることだと説明しました。

また、100年後の世界を自由にプロトタイピングするという入山さんからのお題には、宇宙ステーションのようなコロニーが10から20程度出来上がっていて、月や火星にも人類が定住していると考えていると常間地さんは話しました。コロニーや月、火星の間は光通信で繋がれています。

ポイントになるのは電力です。常間地さんによると、光通信と電力の空間伝送技術は、原理的には同じ。通信事業と電力事業は親和性が高く、両方を手掛けている企業もあるといいます。100年後には、データを送信するように、宇宙空間では電力も送れる時代になっているかもしれないと常間地さんは想像しているそうです。

ITER機構の大前さんによると、月の土壌に含まれているとされるヘリウム3は、核融合反応の燃料源として向いています。この情報から入山さんは、「ヘリウム3を用いて月面で核融合発電を行い、電力を地球や火星に送電すればいいのではないか」というアイデアを出しました。常間地さんは、宇宙空間においては電力を伝送できる可能性が高いものの、地球には大気があるため追加の技術開発が必要なのではないかと話しました。

惑星移住が当たり前になった300年後の世界

100年先の未来の話で盛り上がった登壇者たち。イベントの終盤では、300年先の未来をプロトタイピングしてみることになりました。

ITER機構の大前さんは、2300年代の地球は、森林伐採や砂漠化など現代の環境問題が解消されて自然が豊かになっていると想像しました。

「人類の発展は、地球以外の惑星で起こるようになっていきます。2300年には、地球外に住んでいる人々はお盆やお正月に地球に帰省する、あるいはハイキングに行くような感覚で地球に訪れるようになっているのではないでしょうか」(ITER機構 大前さん)

核融合発電や宇宙空間での電力伝送が実用化することにより、太陽光が届かない火星以遠の惑星でも電力を確保できるようになります。これにより人類が宇宙へと移住していった結果、地球のあり方が変わっていくというのが大前さんのアイデアです。

続いて、ワープスペースの常間地さんは、数千光年の距離を数日で移動できるワープ航法が実現し、人が移住できる範囲が広がるのではないかと想像しました。常間地さんによると、ワープ航法は理論的には可能で、研究や検証が進められているところだといいます。

ここで、大前さんは惑星に移住した人々は連絡を取り合う必要性があるのかどうかという疑問を投げかけました。

「数千光年離れたところに人が行っているときに、同期を取る必要はないのかもしれませんが、人間の根本的な欲求として“繋がっていたい”というのがあるのかなと。人との付き合いを求める感情は変わらないのかもしれません」(ITER機構 大前さん)

この投げかけに対して、常間地さんはワープ航法が実現すると、興味深い逆転現象が起こる可能性に気付きました。

「通信でやりとりをするよりも、ワープ航法で数千光年先の場所まで行ってやりとりをした方が早い……つまり、人が命令を通達していた伝令の時代に戻るという世界になる可能性もありますね。ワープスペースという社名であるからには、ワープにも投資していきたいと思いました」(ワープスペース 常間地さん)

あっという間にイベントの終了時刻が迫ってきました。大前さんと常間地さんは、異業種で活躍する方々の意見を交えながらSFプロトタイピングに挑戦した感想をこのように語りました。

「宇宙産業に携わる方と話をすると、業界作りや商用化をどう進めていくかなど、核融合の未来が見えるなと思いました」(ITER機構 大前さん)
「宇宙開発はロングスパンで考えなければならないのですが、やっているとどんどん短視眼になってしまいます。入山先生に投げていただいた“300年後を想像する”というボールは、とても良かったですし、こういう思考の飛ばし方は経営者やイノベーターにとって大事な概念だと思います。科学的な根拠がしっかりとしていれば、思考実験がプロトタイプになることを体験できました」(ワープスペース 常間地さん)

モデレーターの入山さんは、イベントを通して、異業種同士でSFプロトタイピングをやってみると鍵になる要素が重なってくることに気が付いたといいます。

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「今日はたまたま核融合と宇宙がテーマでした。私が思ったのは、100年後や300年後の未来の話をすると、(業界の壁を超えて)だいたい繋がってくるということです。例えば、食品関係の方やアーティストに来ていただいても、『一緒にこういうことができそうだね』という話ができる気がしています。今後取り組むべきことが見えてくるのが価値ですね」(モデレーター 入山さん)

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6月20日に、sfp designのウェブサイトを公開いたしました。
一緒に活動しているメンバー紹介や、これまでの活動のアウトプットとして、ショートショート作家の田丸雅智さんや、SF作家の上田岳弘さんに執筆いただいた作品や、浜カフェでのラジオ配信などをご覧いただけます。


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