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【小説】図書館-1【ある喫茶店にて】

「では、返却は二週間後までにお願いします。ありがとうございました。」
事務的に必要事項が伝えられ、目の前のカウンターにはずいと本が差し出された。
それは間違いなくオレが自分で予約した本たちだった。
この町に住んで良かったと思えるのは、図書館がそこそこ大きいってことだ。
新作も旧作もわりと抱えているし、地域に点在する他の図書館に蔵書があれば取り寄せることもできる。
その取り寄せサービスにさえ、料金はかからない。
オレみたいな半分ニートにはありがたすぎる存在、それが図書館だ。

5冊の本を受け取って鞄に詰め込み、歩き出す。
今日持ち帰ったのは、昨日の夜に予約した3冊とずっと順番待ちをしていた2冊。
ああ、早く読みたい。
どれから読もうかな、やっぱり、順番待ちをしていた本からだろうか。
そういえば、その2冊はどちらも「延長不可です、目印をさしておきますね」と赤い画用紙でできた専用札が差し込まれたんだった。
延長できないなら早く読んでしまおう。
もしかしたら、もう一度読みたくなるかもしれないし。

朝ご飯を食べなかったせいで早まったお昼を食べ終えたのは11時半ごろだった。
そのあとすぐに図書館に行って予約の受け取りだけででてきたもんだから、今はまだ正午を過ぎたばかり。
天気もいいし、少し散歩でもしようか。
図書館とスーパーに行く以外、あまり出歩くことも無い。
ただの気まぐれはもはや使命感にすり替わっていて、オレは「散歩をするぞ、散歩をするんだ」と妙に意気込んでいた。

5冊の本はそこまで重いわけじゃないけど、歩いているうちにだんだんと重さを主張し始めた。
散歩をするのに適さないお供だったなと反省しながら、少し歩みを止める。
風がさああっと吹いていったほうを見ると、小道がのびていた。
なんだか急に開けた異空間のようにも見える。
こんな小道、あったっけ?
グーグルマップで確認すると、その小道はたしかに地図上に存在した。
どうやら異空間ではないようなので、安心とがっかりを一緒に味わいながらその小道に入り込んだ。

少し進むと、小さな看板が見えた。
雑貨屋か、喫茶店か。古民家を改装したお店らしい。
ある映画では花屋なんてパターンもあったな。
せっかくなのだし寄ってみようと引き戸に手をかけた。

ガラガラと音が鳴り、次には「いらっしゃいませ」と声が聞こえてくる。
「靴は脱がなくて結構です、そのままお上がりください。」と店員に案内された。
……声にも顔にも、まるで愛想のない人だ。

「お食事ですか?お茶ですか?」
「あ、はい。お茶です。」
「おひとりですか?」
「あ、はい。」
「かしこまりました。畳のスペースは現在開けておりません。お好きな座席でお待ちください、お茶用のメニューをお持ちします。」
「あ、はい。」

店員が離れていくのを見送って、店内に視線をうつした。
奥の方が畳スペースらしい。
ざっと見た限り、ちゃぶ台とテーブルの席があるようだ。
スキー施設の温泉ホテルの一室みたいな印象のスペースだ。
そこは使えないらしいので、案内された手前側のエリアを見る。
カウンター、丸テーブル、カウチが3つ。
オレはテーブルランプが置いてあるカウンターを選んだ。
四席あるうち、一番カウンターに近いはじっこだ。

オレが座ったことを察したのか、店員がメニューをもってやってきて案内を始める。
「初めまして。当店はお水やおしぼり、飲み物に使うお砂糖などはセルフサービスでやってます。携帯電話や電子機器は音を鳴らさずに使用してください。店内での通話は禁止しております。こちらがメニューです。決まりましたら呼んでください。」
やっぱり愛想がないと思う。
だけど、なんとなく嫌な感じはしないし、これくらいビジネスライクな方が気が楽でいいやとも思えた。
それに、スマホの音がしなさそうなのもいい。

「あ、はい。わかりました。あの、ここって何時までですか?」
「当店は16時、夕方の4時までです。4時になったら退店の声掛けをしています。」
今は12時半になるかなってくらいか、じゃああと3時間はいられるな。
「……4時、わかりました。“本日のコーヒー”をください、ホットをブラックで。」
「かしこまりました。アレルギーはありませんか?よろしければ、無料サービスの焼き菓子をお付けいたします。」
「あ、はい。おねがいします。……あっ!あの、このランプって使えるものですか?飾ってあるだけ?」
「お使いいただけます。こちらがスイッチです。毎日チェックしておりますが、もし電球が切れたなどありましたらお声掛けください。」
「あ、はい。ありがとうございます。」

店員が注文のメモを取って離れると、オレは早速鞄から本を取り出した。
予約してから2ヶ月以上待ったこの小説はこの前まで上映されていた方がのノベライズ版だ。
例の赤い札をよく見てみると「この後もご予約の方がいらっしゃいます。返却日を守ってください。なるべく早くご利用ください。」と書かれていた。
「早く読んで、さっさと返せ。少なくとも期日を守れ。他にも待ってる人がいる」と書かれたそれに、「はいはい、早く読んじゃいますよ。」と誰に聞かれるでもなく軽口で答える。
テーブルランプの灯りを点け、オレは本と向かい合った。

最初の数ページですでに面白さをおぼえ、映画も観た方が良かったんじゃないかと企業の作戦に乗せられそうになっていたところに店員が戻ってきた。
「お待たせしました。ブラジルのホットと、サービスお菓子のフィナンシェです。こちらのフィナンシェは当店にビスケットなどをおろしてくださるお菓子屋さんの新作で、プロモーションとしてサービスでおつけしています。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
「ごゆっくりどうぞ。」

案内が終わると店員はさっさとカウンターに戻っていった。
なるほど、普段はお菓子がつかないのか。それはラッキーだったな。
そんなことを思いながら、店員が持ってきてくれたコーヒーたちを見やる。
運ばれてきたのは深緑色であまり高さのないマグカップだった。
持ち手がしっかりしたスープマグみたいな感じもする。
隣には木製の小皿があって、そこにはカットされたフィナンシェが乗っていて、上にはピックが刺さっていた。
どちらも美味しそうだ。

せっかくだし、出来立てを飲んでおこう。
フィナンシェもパサパサになる前に一口食べておこう。
オレは赤札を栞代わりにして本に挟むと、テーブルの隅に置いた。

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