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【小説】図書館-3【ある喫茶店にて】

翌日、朝兼昼ごはんを済ませて、オレはまたあの喫茶店へ向かった。
昨日とは別の本を持って、小道に入る。
数軒過ぎたその先にある店の扉を開くと、すぐに店員が出迎えてくれた。

「いらっしゃいませ。……昨日は大変失礼いたしました。また来てくださって、何よりです。説明は不要ですね。お好きなお席へどうぞ、メニューを持ってきます。」
店員はそう挨拶するとカウンターへ戻っていった。
昨日と同じカウンター席が空いていたのでそこへ座る。
カバンから本を出していると、横からメニューが差し出された。
「お決まりになりましたら、お声掛けください。」
と去ろうとする店員をオレは慌てて引き留めた。

「あ、えっと、すいません。昨日のサービスコーヒー、ありがとうございました。美味しかったです。それでなんですけど、あれと同じか、似たような効果のコーヒーってありますかね。集中力を高める、でしたっけ?なんとなく読書が捗ったっていうか……。」
うまく言えず、言えば言うほどモゴモゴしていく自分に情けなくなる。
だけど事実、家で飲んだコーヒーは読書を捗らせてくれた。
できれば店でその状態を味わいたいのだ。
店員はオレがまだ何か言うのを待っているようだった。
“ええいままよ”ってこういう時に使うんだな。

「昨日持ち帰ったコーヒーと同じか、似てるものがあるならそちらを試したいです。それで、何のコーヒーなのか教えてもらえるとありがたいです。」
「はい、かしこまりました。昨日、お客様が飲んだコーヒーは、店内で飲んだものが“ブラジル”、お持ち帰りになったものは“マンデリン”です。マンデリンは脳を活性化させ、集中力を高めると聞いたので読書を楽しめるかと思い、お渡ししました。ブラジルは酸味が強くなく、冷めても飲みやすいかと思ったのでお客様にとっての“本日のコーヒー”として選びました。本を読んでいる間にコーヒーが冷めてしまうことはよくありますから。」

驚いた。
オレが本を読むのに合わせてコーヒーを選んでたのか。
しかも、1杯で長居するのを見越してたなんて。
追加注文するか、早く出ていくかしてほしもんじゃないのか?
回転率だの客単価だの、そんなのを気にもせず、オレに合わせてサービスしてくれてたのか。

「それから……マンデリンに似た効果のあるコーヒーには“ハワイ・コナ”や“ブラジルサントス”があります。ただ、この二つは当店で扱っていないものです。」
「あ、はい。それじゃ、マンデリンをお願いします。」
「かしこまりました。お持ちします。ごゆっくりどうぞ。」
ブラジル、マンデリン、ブラジル、マンデリン。
頭の中でコーヒー豆の名前を復唱する。この後飲むのは、マンデリン。
コーヒーの種類を意識したことなんてなかったな。
前よりレベルアップしたような気持になりながら、オレは本を開いた。

マンデリンは昨日とは違って、明るいグレーのカップに入って提供された。
小さめの茶碗に平紐みたいな取っ手がついていて、持ちやすかった。
ページをめくり、コーヒーを飲む。
その動作を繰り返していくうちに、カップの中身は空っぽになった。
スマホを取り出して時計をみるとまだ午後2時を過ぎたばかり、本だってまだまだ先が残っている。
もう一杯、何か注文しよう。

同じものを頼むかブラジルにするか悩んだが、一応見ておこうとメニュー表を手に取った。
そこにはあまり種類の多くないコーヒーの他に、「紅茶」「麦茶」「甘味」が紹介されていた。
甘味の下のほうには「おにぎり、トースト、単品注文できます」ともあった。
小腹が空いても大丈夫なのは心強い。
うーん、ここは通ってしまいそうだ。

あれもいい、これもいいと楽しく悩むも決まらない。
そんなタイミングで「失礼します。」と声を掛けられ、オレは「うわっ」と大きめな声を出してしまった。
「あ、はい。なんですか。」
「……大変失礼いたしました。もしよろしければ、コーヒーの試飲にご協力いただけないかと思いまして、お声がけしました。」
「あ、はい。大丈夫です。ええと、試飲?」
「はい。当店にコーヒーをおろしてくださる業者さんがサンプルをくれたのですが、それがハワイ・コナだったんです。普段であれば閉店後に自分で試すだけなのですが、せっかくですしお客様にもお試しいただきたいと思ったのです。もちろん、このコーヒーのお代は要りません。いかがですか?」
「あ、はい。ハワイ・コナって、あれですよね。集中力を高めるやつ。わあ、お願いします、ありがとうございます。」

願ったりかなったりだ。
あるなら試したいと思っていたコーヒーを試せる、お代は要らない、これでメニューに迷うのも決着がついた。
万々歳じゃないか。

「かしこまりました。すぐに用意いたします。コーヒーが入るまで、よろしければ店内をご覧ください。当店では作家さんの作品でコーヒーやお菓子を提供しておりまして、販売可能なものが店内に飾られています。他に、店内だけでお楽しみいただける本の貸し出しも行っております。」
店員の案内を聞いて、改めて店の中を見渡して驚いた。
昨日やさっきまでは全然気づいていなかったが、この店にはけっこう色々なものが飾られていたのだ。

カップ、皿、小鉢のような器だけでなく一筆箋なんかもあった。
棚で区切られたようなスペースに進むと、そこには小さな図書館のような空間がひろがっていた。
図書館みたいだけど、喫茶店だからブックカフェか。
角には棚に隠れるようにしてシェルフといすがセットになっていた。
これはたぶん、シェルフの扉を倒すと机になるやつだ。
……この席、めちゃくちゃいいなぁ。移動できるのかな。

そんなことを考えていると、引き戸があいて「そろそろかな?」なんて言いながらオッサンが一人入ってきた。
妙にいい声で、妙に背が高く、着流し姿のオッサンはめちゃくちゃイケメンってわけじゃないんだけど、男のオレから見てもかっこよかった。

オッサンは俺と目が合うと「こんにちは。試飲、楽しみですねぇ。」なんて挨拶してくる。
「あ、はい。そうっすね。」とつまらない返事をしてしまう自分が少し恥ずかしい。
オッサンはそんなオレの恥ずかしさになんて気づかずに距離を詰めると、「本が好きなんですか?」と聞いてきた。

「あ、はい。本は好きです。今日も、ここで本を読もうと思って来てて……。コーヒーがはいるまで、店内を見てみたらって案内されたので。昨日きたばかりだけど、本のコーナーがあるとは思いませんでした。」
「ここにある本はね、店内だったらどのお席でも読んでいただけますから。この区画じゃなくてもいいので好きに読んでください。おすすめや気になる本があったら教えてください。直接言いにくかったら、ご意見箱にぜひ。」

オッサンは胸元で抱えられるくらいの大きさの木の箱を指さしながら言った。
オッサンはここの店員か、もしくは本の業者なんだろうか。
聞いてみようかと思って口を開いたところで、カウンターから「二人とも、お待たせしました。」と声がした。
「待ってました。」とオッサンが嬉しそうに茶化しながら、鍵を取り出すと例のチェストの穴に差し込みぐるりとまわした。
すると予想どおり、チェストはデスクに変身した。

「僕はいつもの席でいただくことにするよ。少しやることがあるからね。運んでもらえるかな。」
「わかりました。」
なるほど、ここはこのオッサンの専用席らしい。
使ってみたかったけど、仕方ない。
オレは自分の席に戻って店員が運んできてくれたコーヒーを受け取った。

「ごゆっくりどうぞ。」

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