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【序章】店主のはなし【ある喫茶店にて】

いらっしゃいませ。
こちらのお席へどうぞ。
今は混んでいるので、注文は10分後に聞きに来ます。
お急ぎですか?では、またいつか。
こちらの方は、お待ちになれますか?
では、このお席をどうぞ。
お待たせしました、ホットコーヒーとスコーンのセットです。
ごゆっくりどうぞ。
お待たせしました、ご注文はお決まりですか?
ホットティーとスコーンのセットですね。
本日のジャムは苺ですが、アレルギーはありませんか?
かしこまりました、ではジャムも一緒にお持ちします。
少々、お待ちください。
お会計ですか?600円です。
駐車場はありません。
現金支払いのみです、今のところは。

「なんだか可愛げがないわね」
「んねぇ!ふてぶてしいっていうか。」
「ねえ、気づいた?あの子、一回も“すみません”って言わないのよ」
「ああ、そうだった!なーんか変だなって思ったのよね!」
「あんな不便な店、続かないわよ。」
「美人でもなければ愛想もないんだからね。」
「これならスタバでいいわよね。」
「ほんと、ほんと。」

「さっぱりしてて、いい人だったねー。」
「ね。変に絡まれないからゆっくり話せたし。」
「ああいうところって、お店の人が会話に入ってきたりするじゃん?博打だよね。」
「そうそう。無下にできないから、ヘラヘラ笑っちゃうんだけど、そうするとどんどん踏み込んできたりね。」
「やっぱり、若い人にはわかってもらえるのかなぁ。距離感っていうか。」
「お店もシンプルでよかったよね。この時代に現金のみっていうのが、かえって。」

「あーあ。亡くなった〇〇さんのときはこんなんじゃなかったのに。」
「そうなの?」
「そうよお。もっとね、人情があったっていうか、融通が利いたっていうかねぇ。」
「ふーん?たとえば?」
「たとえばねぇ、〇〇さんは自転車とかバイクなら裏に停めさせてくれたのよ!自転車なら庭に停めさせてくれたりね。それになにより、ニコニコしてたしね!おすそ分けやらお土産やらも、ちゃあんと受け取ってくれたんだから!」
「ああ、そういう……。」
「あとほら!子どもよ、子ども!!〇〇さんは子供や赤ん坊を連れて来ても、特に何にも言わずに見守っていてくれたのに。さっきの、見たでしょ。」
「走り回ってる子どもに注意してたやつ?」
「そうよ!あんな怖い顔して、親御さんを責めたり恥をかかせるようなことしなくても。ほんとにひどいわよね。」
「あー、ははは……。」

「さきほどはありがとうございました。助かりました。」
「本当に、コイツが無理いってすみません!」
「あと少し充電させてもらってもかまいませんか?もちろん、追加で注文するので。」
「いやいや、そこはちゃんとしますよ!それに、俺、デザート食べたかったんで!この“ぜんぶ盛りパフェ”、ください!」
「オレは、えーっと、“アールグレイのシフォンケーキ”をください。」
「充電する人、多いんですか?」
「えっ、勝手に充電器さす人がいるんすか。ないわー。」
「インスタに“充電させてくれてありがとう”とか書かないでおきますね。」
「あっ、仕事の邪魔してすんません。」
「そうだ。オレらが引き留めてたら調理できないですよね。すみません。」

ぜんぶ、ぜんぶ聞こえている。
ここは小さなカフェだから、声を潜めたって調理場までしっかりと声は届いている。
私に聞こえているのを知ってか知らずか、私のことを話題にする人は多い。
彼らの話はとても面白い。

彼らがするのは“店主のはなし”。
私についてのはなし。
それなのに、聞こえてくる人物像はバラバラで、誰のことを話しているのかわからなくなってくる。

誉め言葉も、貶す台詞も、いちいち真に受けないから一喜一憂することもない。
ただ、どんな風に私をみて、どんな感想をもったのか、それに興味があるんだ。
次に来る人からみた私はどんな店主なんだろう。

私に聞こえた会話と、その時にあったこと、それから私の感想がつづく。
日記みたいな話でも、よかったら聞いて行ってくださいよ。

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