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【小説】図書館-5【ある喫茶店にて】

「ふーっ。背中ガバキバキ言ってる……。ああああ。」
無事に本を読み終えたオレは思い切り背伸びをする。
何かがはがれるような感覚と、ベキベキという音を聞きながらさっきまで読んでいた小説についてあれこれ考えを巡らせた。

ここ数年はとにかく「サイコパス」という単語を使いたがる。
ちょっとドが過ぎるオイタのレベルで「ええ、それサイコパスじゃぁん」なんて反応がされる。
それを言っている人間もそれを引き出した人間も、なぜかどことなく満足そうにしているのが気に入らない。
そう思っていた矢先にこの小説と巡り合った。

冒頭にはこの小説の中ではマジといえるサイコパスのエピソードが綴られ、その後はニセのサイコパスがあれやこれやするストーリーが続いた。
近いうちに劇場版が公開されると知って予約しておいたのだ。
上映されてからではなかなか借りられなくなる可能性が高いから、先に読めて良かった。
それにしても、この作品……劇場版を観に行くかどうか、悩むなぁ。
悩むくらいなら行かないでおこうか。
最近は配信されるのも早いし、ハズレでも後悔しない作品じゃない限り2000円も払うのは半分ニートのオレにはつらい。

それに、あの喫茶店。
昨日、今日と連続で行ったが、毎日でも通いたいほど心地よかった。
あの店の本棚の本も読みたいし。
そうなると、どうしてもお金がかかってくる。
店員は退店を促すことをしないが、店内の状況に気づけば席を空けるくらいの常識はオレにだってある。
……気づければの話だけど。

「あ。もうこんな時間か。」
通知で光ったスマホ画面に時刻が表示されると、もう夜の九時を回っていた。
晩ごはんを後回しにしていたオレの腹が「やっとですか」と言わんばかりに、ぐぐーう、と鳴った。
「それじゃ、アレをいただきましょうかね。」
誰もいない部屋で俺はそうつぶやくと、鞄から紙に包まれたホットドッグのパンを取り出した。
「ソースが垂れないように、これに包んだまま食べたらいいですよ。」と店員が気を利かせてくれたのだ。ありがたい。
パンを右手に、スマホを左手にいそいそと台所に向かう。
お湯を沸かす以外でコンロを使うのは久しぶりだ。

「専用の機械がないから穴を開けるのは難しいと思いますが、ウインナーはちょっと工夫するだけで肉汁たっぷりにできますよ。ボイルすればいいんです。それに、パンは軽く温めておくことです。専用の機械を使ったものとは違いますが、じゅうぶん美味しく食べられると思います。」

店員が言ってくれたことをメモしておいてよかった。
ウインナーをボイル、パンは温め。
ウインナーはドラッグストアで買ってきた徳用のだけど……やってみるか。
どれだけ美味しいと思えるか、実験だ。
お湯を沸かすのに5分、ウインナーをボイルするのに10分、パンは電子レンジで30秒ほど温めてみた。
それを全部合体させて、オレ特製のソースをたっぷり塗った。

「ぃ……いただきます。」
思い切り齧りつくと店で食べたときよりは柔らかいパン、徳用とは思えないプリプリのソーセージが口の中で自己主張していた。
そしてソース。ソースが俺には大当たりだった。
ウインナーをボイルする間に用意していたソースが店とはまた違う美味しさを演出してくれた。
この美味しさには……コーラだろう。

俺は冷蔵庫を開けて赤い缶を取り出すと、プルタブを開けるためにホットドッグを口にくわえた……んだが、無理があったので、おとなしくパンを包んでいた紙の上に置いた。
ぷしっ、と小気味いい音をたててコーラへの扉が開かれた。
オレは改めてホットドッグを齧って少し咀嚼すると、ぐびり、とコーラを流し込んだ。
「くううううううっ!」
うまい、うますぎる。
オレなりに、オレにも美味しいものをつくることができた。
その喜びをホットドッグと一緒に噛みしめる。

ホットドッグとコーラが揃ったなら、何か映画が観たいな。
俺は急いでパソコンを起動させると、ホットドッグにあいそうな映画を探し始めた。
まず、邦画は除外だ。洋画がいい。
それも、小難しくないやつ。
ホットドッグを齧ってる余裕がある、単純明快ですっきり爽快なやつがいい。
そうだ、アレにしよう。
俺はホットドッグとコーラで89分を楽しんだ。

日付が変わる少し前になって、オレは風呂に入っていた。
一つのことに考えを巡らせる。
もちろん、あの喫茶店のことだ。

明日と明後日は店休だから行かないとして、その次の日には行きたい。
でも、このペースで通っていたら、やはり財布が悲鳴をあげる。まちがいなくあげる。
半分ニートの状態も気に入っていたが、喫茶店に通うにはもう少し収入を増やした方がいいのは明白だった。
店に通いたいだけでなく、もっと部屋の中を充実させたいとも思う。
さっき映画を観ていて、「部屋にスクリーンとプロジェクターがあればいいのに」と思ったのだ。
仕方ない、やりたいことのためにちょっと頑張るか。
ひとまず今日は寝るとして。

明日、起きたら紅茶を淹れてもらったスコーンを食べながら考えよう。
自宅でできることで考えるつもりだけど、掃除のバイトなんていいかもしれない。
店休の日にだけシフトを入れてさ。
運動にもなるし。

久しぶりに何かすることにわくわくしたり、何かしたことで楽しくなっているのに気づかないまま、オレは眠りに落ちた。

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