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【Report=日増しに熱帯びる稽古場、舞台「紙屋町さくらホテル」(2022)】

 原爆投下直前の広島を舞台に、当時広島で演劇活動をしていた移動演劇隊「さくら隊」の活躍と運命を描く井上ひさしの舞台「紙屋町さくらホテル」がこまつ座第142回公演として、7月3日から東京・山形・群馬の各都県で再演される。東京都内の稽古場では芝居論や演技論も飛び交う井上一流の複層的な作品を読み解いて観客に届けようと、7月3日の紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA(東京・新宿南口)での初日に向けて連日、一体感にあふれた緻密な稽古が続けられている。さまざまな思惑を持って内情を探りに来た体制側同士の確執の演技も相まって、緊張感も半端ではないレベルに。戦争という時代の欺瞞と演劇の持つ真の意味合いをぶつけ合い、日常がどれだけ貴重な瞬間の積み重ねであるかを痛感せざるを得ない、コロナ禍、ウクライナ侵略戦争を経た今日的な解釈にまで作品を到達させようとする演出の鵜山仁や俳優らの意気込みは日増しに熱を帯びている。わたくし阪清和と当ブログ「SEVEN HEARTS」が特別に取材を許された稽古場から、心を震わせるに十分な芝居づくりの現場の様子を緊急リポートする。

 舞台「紙屋町さくらホテル」は7月3~18日に東京・新宿南口の紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAで上演され、7月24日に井上の故郷、山形県川西町の川西町フレンドリープラザで、7月30日に群馬県高崎市の高崎芸術劇場で上演される。

東京公演のご予約・お問合せ:03-3862-5941(こまつ座)

 当ブログ「SEVEN HEARTS」では7月3日の初日終了後数日以内に、舞台「紙屋町さくらホテル」の劇評を、「阪 清和 note」と同時掲載します。
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★舞台「紙屋町さくらホテル」の稽古の様子。(撮影・田中亜紀、写真提供・こまつ座)
【写真転載・無断使用厳禁】=画像データはダウンロードできません


★舞台「紙屋町さくらホテル」2022年公演公演情報

 舞台「紙屋町さくらホテル」は新国立劇場の開場記念公演として1997年に森光子の主演で上演され、梅沢昌代、深澤舞、井川比佐志、辻萬長、三田和代、松本きょうじ、小野武彦、大滝秀治というキャストは維持しながら2001年には宮本信子の主演で、いずれも新国立劇場で演じられた。
 2003年には、井上作品を上演するこまつ座がキャストを一新して上演し、以降、2006年、2007年、2016年、2017年と断続的に上演してきた。

 戦時下、演劇はなかなか公演が打てず、俳優も劇作家も演出家もばらばらになっていたが、築地小劇場などで活躍し「新劇の團十郎」と呼ばれていた俳優、丸山定夫は劇作家らと共に、翼賛下に体制側が組織化を奨励した移動演劇隊に俳優を集める計画に参画し、後に移動演劇隊桜隊を結成。宝塚歌劇団で活躍した園井恵子らも加わって広島など各地で公演を続けていた。
 こうした史実を基に虚実を混ぜ合わせて創り上げられた舞台「紙屋町さくらホテル」の物語は、1945(昭和20)年5月、さくら隊が広島での公演のために逗留していた広島市内の紙屋町(爆心地や現在の原爆ドームがある広島市中区大手町の東隣の町)にあったホテルで、丸山(高橋和也)や園井(松岡依都美)だけでなく、劇団員の急募に応募して来たピアノも弾ける浦沢(神崎亜子)や、米国に長く住んでいた日系二世のホテルオーナー神宮淳子(七瀬なつみ)、淳子のいとこの熊田正子(内田慈)、宿泊客で言語学者の大島(白幡大介)ら演劇の素人も加わって、映画『無法松の一生』のもとになった丸山がかつて客演したことのある芝居の稽古をしていた。園井はこの映画に抜擢されて将来を嘱望される映画スターになったが演劇界へと戻ってきていた。
 そこにやって来たのが特高刑事の戸倉(松角洋平)。淳子を米国のスパイと疑って監視下に置くことを宣言しに来たのだ。「密着監視」ができて一石二鳥とばかり、戸倉も芝居に出演することに。ホテルを遠巻きにうかがっていた針生(千葉哲也)と薬売りの格好でホテルに入り込んだ長谷川(たかお鷹)もにわか役者としてこの芝居に出演することになってしまったのだった。

★舞台「紙屋町さくらホテル」の稽古の様子。(撮影・田中亜紀、写真提供・こまつ座)
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 疑似劇団のように集ったみんなには、広島公演の本番が近づくにつれ、絆のようなものも生まれ始めていた。
 物語は、稽古を通して高度な演技論、演劇論が交わされる中、自分たちが置かれた状況を嘆きながらも、芝居の魅力に取りつかれていく人々を描いていく。
 B29は? そして原爆は?
 誰もが知る広島の悲劇が刻々と近づく中、観客は固唾を飲む…。

 初めての通し稽古が行われた稽古場では、劇中で宝塚歌劇団を象徴する歌として知られる「すみれの花咲く頃」が出演者によって歌われることもあって、演出家らと共に歌唱指導の先生も。ブレス(息継ぎ)のタイミングやピアノの弾き始めのスピードなど細かい部分にまでチェックの目を走らせる。

★舞台「紙屋町さくらホテル」の稽古の様子。(撮影・田中亜紀、写真提供・こまつ座)
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 劇中での稽古の場面でも度々空襲警報が鳴る。戦時下の切迫する戦況の緊張感が現代の俳優の動きでも伝わってくる。
 特高の刑事が自慢げに読み上げる調査結果で、各人の経歴が分かる、井上の巧みな構成もあり、観客にもじわじわと登場人物の輪郭が定まっていく様子が伝わる。
 言葉が張り巡らされ、不要なせりふがひとつもないし、不要な登場人物が一人もいない。戯曲の完成度の高さが感じ取れる。


 徐々に高まる演劇論。激しくぶつけ合っているようで、演劇が一人ではできないことをする「豊かなもの」「確かなもの」であることを、この議論によって伝えようとしている。

 「永遠に続くことなどこの世には一つもないんですから」という言葉。戦時下、日本人が置かれた状況と今とは比べようもないが、新型コロナウイルスのパンデミックやロシアによるウクライナ侵略戦争が進む現代の私たちが置かれた状況では、これらの言葉がいつもに増して心に身に染みていく。

 緻密さで知られる鵜山の演出。「歌のテンポが緩く、しゃべりのテンポが速い」と微妙なアンバランスを調整。同じ「春」という歌詞を歌う場合も、1回目と2回目で表情を変える方が良いのではないかとも指摘した。
舞台からはける退出の仕方にも背中を向けるかどうかで違いがあることを踏まえ検討が続く。特高の刑事の口から出た「スパイ」という言葉には「みんな、もっと反応した方が良いのでは」とリアクションによって観客が受け取る意味合いに変化があることにも目を配る。
 登場人物と登場人物の関係はパブリックなのかプライベートなのか。それで距離感ひとつでも変わってくる。

★舞台「紙屋町さくらホテル」の稽古の様子。(撮影・田中亜紀、写真提供・こまつ座)
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 一見妙なことを言い出す人物には「こういう(を言う)ことで戦時をしのいでいる人なんだ」と観客に思わせる意味合いを見つけ、戦争という異常事態に生き抜いていく人々の心情にも心を配り、戦時下のキャラクターづくりに余念がない。

 亡くなった教え子が提唱した「世界中の否定の言葉にはNが使われている」という理論を言語学者が説明する場面には観客も思わず聞き入ってしまうが、その中での「言語学が学問だからです」と高らかに言う場面はつまり、言語学は「人間を明らかにする」「学問とはそういうものだ」という意味が込められており、その意味合いを込めることの大切さを鵜山が強調すると、俳優陣からは「良いせりふだよなあ」と声が上がり、その場にいるみんなもそのことを噛みしめていた。

★舞台「紙屋町さくらホテル」の稽古の様子。(撮影・田中亜紀、写真提供・こまつ座)
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 鵜山は、みんながコーラスで歌い出す場面では、「コーラスに『悪霊退散』の力がある」として、特高の刑事がひるむような距離感の取り方を提案。稽古場は笑いに包まれながらも、またひとつ工夫が積み重ねられていることを実感しているようだった。

 もちろん、俳優らも演出家の指摘を聴くだけではない。指摘を基に自分の意見を出したり、新たな演技パターンの可能性を提示したりもする。鵜山もまた膨大な経験値の中から選択肢を提示する。
 実にクリエイティブな検討が俳優たちの演技という「実践」に加えられていく様は、取材者にとっても、とても刺激的なものだった。

 セットは同じでも本番の会場となる紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAでは稽古場とはホールの構造や当日の湿度・気温などによっても音の響きが違う場合もあり、これもまた小屋入りしてからチェックが繰り返されることだろう。

 舞台「紙屋町さくらホテル」は7月3~18日に東京・新宿南口の紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAで上演され、7月24日に井上の故郷、山形県川西町の川西町フレンドリープラザで、7月30日に群馬県高崎市の高崎芸術劇場で上演される。

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