少年王の不器用さもさらけ出す人間的造形の浦井健治と、時代を超えた慈しみ表す木下晴香、朝夏まなとの熱演もあってますます深み増したミュージカルに…★劇評★【ミュージカル=王家の紋章(浦井健治・木下晴香・大貫勇輔・朝夏まなと・前山剛久・大隅勇太出演回)(2021)】
タイムスリップものを創作する際に重要なのは、実は時代設定が「変化の時代」であるかどうかだ。外からの訪問者がたとえ新しい技術や知識をもたらす「進化の神」のような存在であっても、変化を受け入れない権力者や社会であっては、単なる異物として排除されたり、施政者を惑わせるために送り込まれた間者(スパイ)と思われたりするのがオチだ。その点、1976年から連載が続く姉妹漫画家ユニット「細川智栄子あんど芙~みん」による漫画「王家の紋章」を原作にミュージカル化された「王家の紋章」では、現代の女の子キャロルがタイムスリップしたのは、武器など金属で創る道具が青銅器から鉄器へと移り変わろうとしている時代、あるいはその直前の時代と言ってよい時期だ。変化の時期には、外の世界から来た者に対しても警戒だけではなく興味を抱くし、意味の分からない言葉や論理を話していても一応聞く耳は持つ。もしかしたら異性に対するあこがれの基準も変化の時代を迎えていたのかもしれない。キャロルにとって幸運だったのかどうかは物語の進展によるが、キャロルにこの状況を招いたのは神々の能力を使うことのできる嫉妬に狂った女の執念。この時代と現代の女の子が結びついたのはやはり運命と言わざるを得ない。王としての完璧な素養を備えたこの時代のエジプトの王メンフィスが、どこか子どもじみた不器用さもさらけ出してキャロルという存在に夢中になる様を人間的に表現する浦井健治は初演からこの作品を支え続けており、完璧な演技の中からさらに磨きをかけた表現を産み出すことができる域に達している。キャロル役初挑戦となる木下晴香は一片の曇りもないキャビキャビの女の子像を描き出すかと思えば、聖母マリアのように慈しみに満ちた、時代を超えた女性の姿も造型して、登場人物、そして観客の私たちにまで安心感を与える。これまで太陽のように明るく朗らかで野性的な魅力を発揮して来た朝夏まなとが見せた呪いと嫉妬にまみれた粘着質なアイシスは物語にあまりにも重要な役割を果たすが、日本のミュージカル界にとっては朝夏がこうした役柄を獲得した意味もまた大きい。プリンシパル陣のこれほどの充実ぶりを見せつけられると、ミュージカル「王家の紋章」はますます深みを増していきそうな作品になったと思わせてくれる。(画像はミュージカル「王家の紋章」とは関係ありません。イメージです)
ミュージカル「王家の紋章」は8月5~28日に東京・丸の内の帝国劇場で、9月4~26日に福岡市の博多座で上演される。
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