超ショートショート「ランニング」

 正体不明のウイルスが世界中で猛威を奮い、人々は外出自粛ムード、最近ではランニングするにもエチケットが必要らしい。

 毎朝のランニングを日課とし、何十年も続けてきた俺にとって、ランニングを自粛するなんてことは考えられない。不要不急の外出はもちろん控えているが、ランニングは俺にとって恒常的に絶対に必要なものなのだ。ただ、そこまで風当たりが強くなっているのであれば、こうしよう、「ランニング中、半径5m以内に人がいるときは息を止める」。このルールで走るのであればどうだろうか。

 土曜日の朝、いつもどおりのランニングウェアとシューズに身を包み、簡単にストレッチ。ランニングアプリを起動して走り始めた。ここ数日ルールを遵守して走ってみたが、特に問題はなさそうだ。そもそも平日の朝、すれ違う人は少なく、息を止めるのも数秒だけ。同じ方向に走っている人を抜くときだけ、スピードを上げて一気に追い抜く。これもインターバルトレーニングみたいで心地よい。

 河川敷を道なりに進むと小さな公園が見えた。いつもであれば人はいないはずだが、今日はなんだか様子が違う。角を曲がって公園に入ると、なんと数十人という人が視界に映った。いつの間にか5m圏内に人が入ってきてしまっている。

 ーーくそっ!なんでこんなにいるんだよ!!ーー

 息を止めてスピードを上げる。5m以内に人がいない場所を探すが、見渡す限り人人人である。みんな手にスマホやカメラを持って花を撮影しているようだ。この公園では毎年4月末になると珍しいきれいな花が咲き、カメラスポットと化すと聞いたことがある。

ーーこんな集まって問題になったら、管理人が全部花を刈る羽目になるぞ!なにやってるんだよ!!ーー

テレビで満開のチューリップを観に殺到する客を恐れて、管理側が泣く泣くすべて刈り取るという悲しいニュースを見たばかりだ。

人混みをかき分けて、スピードを上げる。だめだ!この道を進んでも人の流れはなくならない。絶体絶命、息を止めるのも、もう限界。俺は、いつもの道を外れて誰もいない開けた芝生の空間に駆け込んだ。

「ぷはっ!ぜー、ぜー、ぜー」

なんとか人のいない場所にたどり着いた。膝に手をついて、息を整える。限界まで我慢したせいか、顔を上げられない。深呼吸を続けて十数秒、突然、誰かが叫んだ。

「ファー!危ない!」

 河川敷の対岸からゴルフボールが飛んできた。俺は、打ちっぱなしゴルフ場の中に入り込んでしまったらしい。頭部に強烈な衝撃を最後に視界が暗転する。

 ーーみんな自粛しろや・・・ーー

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