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元従業員から弁護士を付けて残業代請求がありました。どう対応したらよいでしょうか。

【残業代×任意交渉×実務対応】残業代請求権の消滅時効が2年から3年となり、残業代請求のリスクが単純計算ですが1.5倍となります。そこで、企業側としては残業代の適切な支払いを行うことはもちろんですが、労務管理の適正化前に残業代請求を受けた場合の対応方法についても学んでおく必要があるかと思います。

 そこで、本稿では、実際に未払い残業代の請求を受けた場合に、具体的にどういった視点から対応をすればよいのか解説をしていきます。

【残業代請求企業防衛策】~任意交渉編~
①その1:請求から資料開示まで(本稿)
②その2:交渉戦略の立て方
③その3:合意書を結ぶ際に気を付けること

※任意交渉が決裂した場合は、労働審判や訴訟等の裁判所の手続きとなる

1 じわじわ迫る時効3年

 残業代請求権について、消滅時効が従前の2年から3年に延長されることになりました。具体的には、以下図のとおり、2020年4月1日以降に発生する債権からが対象となります。

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【厚生労働省リーフレット】

 2020年3月支払い分については、2022年3月の2年で消滅時効を迎えますが、2020年4月支払い分以降については、2022年4月を超えても3年は残業代請求ができることになります。
   そのため、(給与支払い日等で細かい点は異なりますが)3年残業代請求できる期間が、じわじわ増えてきています。現在、2022年4月ですので、2年1か月分、5月には2年2か月分とじわじわ増えていき、最終的に3年フルで請求できるようになるのが、2023年4月以降ということになります。

≪改正の簡単な流れ≫
・旧民法➡短期消滅時効として賃金債権は1年と規定
・もっとも、これだと労働者保護が図れないとして旧労働基準法➡2年とする特則
・その後、民法改正 ➡短期消滅時効を廃止
➡①債権者が権利を行使することができることを知った時(主観的起算点)から5年間行使しないとき、または、②権利を行使することができる時(客観的起算点)から10年間行使しないとき、と規定
・労働者保護を図るために2年としたはずが、逆に労働者保護の範囲を狭くする事態になりかねない
・そこで、民法改正に併せ、労働基準法の内容も見直しを検討

・最終的に、賃金債権の時効は2年➡5年(起算点は賃金支払日(客観的起算点))
・もっとも、急に長期間の消滅時効を認めるとインパクト大
・そこで、当面の間は、経過措置として、賃金台帳等の記録の保存期間に合わせて3年とすることに(いつか5年になります……)

※その他、2023年4月1日以降月60時間超の法定割増賃金率の猶予規定の廃止(中小企業)もされる見込み。
➡猶予されていた中小企業についても、月60時間超の時間外労働をさせる場合、25%ではなく50%以上の割増賃金を支払う必要があります。

2 具体的な請求(通知書の内容)

 未払い残業代請求の通知が企業側に来る場合、その内容には大きく2パターンあります。
弁護士の受任に関する説明の他、
①資料開示を求めるパターン(具体的な金額の記載なし)
②最初から具体的な金額の請求があるパターン(手持ち資料で計算済み)

多くが①の資料開示を求めるパターンで、以下のような内容です。
【通知書例】

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3 資料開示はした方がよいのか

 結論から申し上げますと、資料開示はした方がよいです。

≪開示しない場合のデメリット≫

証拠保全の手続きを行われるリスク(訴訟前)-証拠保全の決定がなされると裁判官や裁判所職員が会社に来て証拠の収集が行われます。社内が騒然とします。
・訴訟後も文書提出命令の申立てがなされると、いずれ資料開示をする必要があります。

裁判官の心証が最悪になる
-任意交渉で決裂した場合は、労働審判や訴訟等の裁判所の手続きで争うことになります。
-裁判官は基本まじめなので、不誠実な対応は非常に嫌がります(和解や判決の場面で、企業の考えに理解を示してもらえず不利な内容となる可能性が上がります)。
-裁判官の認識としては、交渉段階でも資料が開示されているのは当然。開示をしないとすると、何か企業側にやましいことがあるのではないかと勘繰られてしまいます。
ー労働者側が主張する推計方法で労働時間が認定されてしまうリスクもあります。

「合理的な理由がないにもかかわらず,使用者が,本来,容易に提出できるはずの労働時間管理に関する資料を提出しない場合には,公平の観点に照らし,合理的な推計方法により労働時間を算定することが許される場合もある」(東京地裁平成23年10月25日労判1041号62頁)

4 資料開示の範囲

 実務上、資料開示はした方がよいですが、労働者側から要求された資料を全て開示する必要は必ずしもありません。

 開示の必要性がある資料は、未払い残業代請求に必要な範囲のもののみです。そのため、上記通知書例のように全ての雇用期間分の資料を求められたとしても、消滅時効にかかる期間分の資料については開示する必要はありません。

 その他、当該事案の争点に関係のない資料についても開示を求められることがありますが、それも拒否することは構いません。

5 期限に関する考え方 

 資料開示を求められる場合、2週間以内や10日以内等、期限が設けられていることが一般的です。これは特段、法的に根拠があるものではありません。

 もっとも、放置をしてしまいますと、上記のように証拠保全の手続きを取られたり、交渉をする前に労働審判の申立てや訴訟提起がなされ、柔軟な解決が取りにくくなる可能性があります。

 そのため、どうしても対応が期限までに間に合わない場合は、無視するのではなく、簡単な書面(あるいは電話)で、現在、資料の開示準備中であることと、もう少し待って欲しい旨(弁護士に相談に行く場合:弁護士に相談に行ってから対応を検討したい旨)を伝える等、無視をするのではなく、コミュニケーションを取る必要があります。

 なお、最初の通知が来た場面で、企業側としても弁護士に依頼することが多いかと思います。弁護士として受任をする場合は、まずは受任した旨の通知を労働者側の弁護士に送り、その後、資料を精査し(最初の期限からは少し待ってもらい)さらに2週間前後くらいで資料開示をする場合が私は多いです。

※なお、労働者側が弁護士を付けずに本人のみで請求をしてくる場合については、期限を設けていてもあまり関係なく、労基署にすぐに相談に行ったり、様々動かれる方がいらっしゃいます。そのため、本人請求の場合は特に早めに動き、コミュニケーションを図った方が良い場合が多いです。

※②最初から具体的な金額の請求があるパターン(手持ち資料で計算済み)
 
最初の通知から具体的な金額の記載がある場合があります。
 タイムカード等の記録を労働者本人が有しており計算ができるような時にはこのような請求がなされる場合がありますが、計算が間違っていたり、ざっくりと概算で出してくる場合もあります。当該場合は、求められていなくても資料開示を行い計算をし直してもらうように連絡する場合もあります。
(なお、提示金額を基準に交渉をした方が良い場合にはそのまま交渉をする場合もあります。)

6 まとめ

・残業代請求権の消滅時効が2年から3年に 企業側のリスク1.5倍
・2022年4月以降に請求できる期間が増えていき、3年フルで請求できるのは2023年4月以降
・残業代請求の通知が来る場合 最初の内容は多くは資料開示を求める内容
・資料開示は基本的に応じた方がよい
-証拠保全等のリスク
ー訴訟等になった場合、裁判官の心証が非常に悪くなる懸念
-労働者側の推計計算が通ってしまう可能性もある
・もっとも、資料開示の範囲には注意が必要
-資料開示が必要なのは、未払い残業代請求に必要な範囲の資料のみ
-消滅時効にかかる期間や、争点に関係ない資料は出す必要なし
・また、資料開示の期限について
-相手が勝手に決めた期限ではあるが、指定された期限に間に合わない場合にはその旨を伝える等、無視をせずにコミュニケーションを取る必要あり

➡必要な資料開示をした後は、労働者側で資料を基に計算を行うことになり、企業側は具体的な金額の記載した通知書が届くのを待つことになります。

 次稿では、通知書(金額提示)が届いた後の具体的な交渉戦略の立て方について書きたいと思います。

【残業代請求企業防衛策】~任意交渉編~
①その1:請求から資料開示まで
②その2:交渉戦略の立て方(次稿)
③その3:合意書を結ぶ際に気を付けること

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