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夢なんてない! 34年間"将来の夢"が見つからない私が南伊豆に来たワケ

私の名前はヒラノ チナ、夢のない34歳。

たぶん、幼稚園のときに答えた将来の夢はペットショップの店員さんだった。いや、お花屋さんだったかもしれない。
小学4年生のとき、女性初のノーベル賞受賞者キュリー夫人の伝記を読んで「ソルボンヌ大学に行って研究者になる」って親に言ったこともある。
高2のときはパイロットになりたかった。航空業界の人間模様を描いた人気ドラマ『GOOD LUCK!!』を見て、めちゃくちゃかっこいいと思ったから。

だけど、いつの間にか私は変わった。
大学に入って、もう将来の夢なんて言わなくなった。どうにか就職活動に成功したい。ただそれだけ。
それから何の夢を見ることもなく、気づいたら34歳。

夢を持つことが正解、とは思っていないけれど、私は夢を持ちたいタイプだ。
だって、今まで夢中になったドラマの登場人物にも、漫画のヒーローにも、伝記の人たちにも、みんな自分だけの夢があった。だから、私もそういう風になれると当たり前に思ってた。
それなのに、いつの間にか34歳、夢のない34歳。
きっと、こんな大人は私だけじゃないはず。

今の私は、一応、肩書きはフリーランス。もう2年目になる。とはいえ収入がほとんどないから、実質ほぼ無職。
もちろん、人並みに働いた経歴もある。でも辞めた。
どの仕事も楽しかった。だけど、「生涯この仕事を続けたい!」、そんな風に思えなかったから。

草原を歩くような気持ちの仕事

いきなりだが、この世界のどこかには、そんな仕事があるという。
それを私に言ったのは最初の会社の上司だ。

人生で初めて、仕事を辞めたいと表明したとき。上司がごはんに連れていってくれた。
土地勘のない私を連れて上司が入ったのは、エキゾチックで薄暗く、不思議な香りのするレストランだった。
席に着くなり上司は言った。
「社長にあなたを引き留めるよう言われて来ました。」

内心、だろうな、と即座に思った。

何を言われても私の意思は変わらない。絶対に辞めてやる、何が何でも辞めてやる――
なんて、そんな強い意志、私にはなかった。生涯続けたいと思えないだけで、仕事が嫌いなわけではない。辞めるべき明確な理由も持っていなかった。

私は、苦手なアルコールを雰囲気に流されて飲みながら、話の続きを待った。一旦は説得されてみてもいいのかもしれない。だって継続は楽だ。
だが、話は予期せぬ方向へ向かった。
なぜか上司は、自分が若い頃、バックパックひとつで世界を旅していた頃の話を語り始めた。

その中でも、いろいろな言語を話す旅人たちと焚火を囲んだ話が私は好きだった。楽しくて楽しくて、楽しすぎた夜が褪せるのがツライからと、翌朝急いでその町を発ったという話。

意外だった。上司に、自分が何者か探すための旅をしていた時期があったとは。
物語は、旅を終えて会社員になったところで終わった。――それは、私の知る上司の姿だった。
そして、「僕は見つけられなかったけど」と上司は続けた。

「草原を歩くような気持ちの仕事を、あなたならきっと見つけられる。
あなたは、しがらみから解放されてください。」

こうして、現代社会のしがらみから、私は逃がされた。


上司の言葉に背中を押された私は、それからしばらくの間、世界を旅して回った。
だが数年と経たず、またしがらみの中に戻った。

もしもあの時、夢を持っていたならば。
それがきっと、旅の指針になってくれただろう。
だけど、夢がない私は旅を続けることが出来ず、結局もう一度、組織の一部になった。せっかく逃がしてもらったというのに。

組織勤めは、役割をもらえるところがいい。生きる意味になる。
生かされているだけかもしれないけれど。

そしてまた退職

転職して4年目。私はまた仕事を辞めることにした。生涯この仕事を続けたいと思えない。――凝りもせず、そう考えてしまったから。

退職するときはいつも、耳障りのいいことを言ってきた。

「ここで学んだことを活かして、新しいことをやってみたいんです!」

私だけじゃない、多くの人がそうだと思う。
「なんで辞めることにしたの?」って聞かれたとき。
少なくとも同僚に「この会社のこんなとこがクソだから」なんてことは言わないだろう。その代わりにこう言う。
「新しい挑戦がしたいから、この仕事を辞めることにしたの」
――あーあ、本当は違うのに。この仕事を続けたいと思えないから、新しい仕事を探そうと思った、そういう順番なのに。そういう順番だったはずなのに――
取り繕った説明を繰り返すうちに、自分自身が騙されてしまう。
前向きなことばかり言い過ぎて。後ろに隠した感情は、いつの間にか無かったことになっていく。

だから、同じことを繰り返すんだ。

それが、二度目にしがらみから離れようとしたときの私の発見。
ようやく気づいた。後ろも見ないとダメだ。
性懲りもなく繰り返してしまうのは、それをして来なかったせいかもしれない。
前向きな気持ちで虐げて、存在まるごと消し去った後ろ向きな気持ち――私の一部だったその気持ちと、ちゃんと向き合ってみよう。

『退職動機』

そんな名前の展示をやったのは、仕事を辞める1ヶ月前のこと。
AとB、2つの小部屋を会場にして、いろいろな人から集めた”退職動機”を展示した。

Aの部屋の壁には表の退職動機を貼った。
例えば「次はこんなことがやりたくて」っていう前向きな気持ち。世間でよく聞くやつ。

Bの部屋には裏の退職動機を貼った。
これはきっと、世間では聞かないやつ。

張り紙だらけの小部屋に入って、それぞれの退職動機を眺める。

裏の退職動機『朝マジで早い!』――いいな、これ。なかなか大人は言えないもんな。だって、知ってて入ったんでしょ? ってなっちゃうもん。
でも、そうか。
人が行動する動機には、ネガティブな思考もあっていいんだ。ネガティブをエネルギーに変換して舵を切ってもいいんだ――私はようやく、そのことを認められた。

なかったことにしていた後ろ暗い気持ち、帰っておいで。
嫌なことは嫌だ――それを知ればこそ、『草原を歩くような気持ちの仕事』に近づける気がした。

展示を機に見つめ直した自分自身の気持ち。
鏡をのぞき込むと、自分の顔と一緒に裏の退職動機が映し出される。

草原はどこだ

そうして仕事を辞めて、私はフリーランスになった。
その日から丸1年とちょっと。
結局、指針となる何かはいまだ見つかっていない。
それでも、どこかにあるという『草原を歩くような気持ちの仕事』
――その発見を諦めきれない自分が、あの日からずっとそばにいて、私を動かす。
南伊豆に来たのも、『草原を歩くような気持ちの仕事』を見つけるためだ。
草原を探すための右往左往の途中でたどり着いた、小さなこの町。

私の名前はヒラノ チナ、夢はまだない34歳。

これからしばらくは、南伊豆のゲストハウス、ローカル×ローカルに身を置かせてもらう。
知らない町に腰を据えられるのはワクワクする。
今まで知らなかった世界の存在を知れたり、新しい地図だって、発見できたりするかもしれない。
ここに来なければ出会うはずのなかった人たちとも、たくさん話してみたい。……私が歩くべき草原の場所を知っている人と巡り合えたらどうしよう!

南伊豆の暮らしの中で、私は果たして草原を見つけられるのか。
草原が載ってそうな地図くらいは、できればゲットしたい。

フィクションのようにうまくはいかないかもしれないけど、探すことだけは絶対にやめない。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

よければどうか、この旅を見守ってもらえないだろうか。
私が『草原』を見つけたときには、きっとあなたに知らせたい。
その右往左往の記録も、このnoteに綴っていくつもりだ。

追伸:私が今やっているのは”サインペインター”のお仕事。
この話はまた次回。instagramで発信しています。

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