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Right, there is nothing …… 010

_釣り

 そのとき私は尼崎(兵庫県)の某川にいた。

 キャスティングロッドとベイトキャスティングリールと写真のスピナーベイトだけを持って自転車でこの川に来ていた。

 べつだん釣りをしたかったわけではない。それにこの川にルアーで釣れるような魚がわんさかいるはずもない。

 ただ、ブラックバスが釣れるという噂は耳にしていた。もちろん、ブラックバスを釣ってやろうとか、そういう意気込みみたいなのはまったく持ち合わせてはいなかった。

 ただ、川岸からルアーを投げては、適当なスピードで手元にひき寄せ、また投げてはひき寄せることを繰り返していた。

 たんたんと、もくもくと。たまにタバコに火をつけ、たまに空を見上げ、ため息をつくといった感じだ。

 そういえば、開高健氏がモンゴルで釣りをしているビデオがあるのだけど、その中で氏が高原の小川で大きな魚を釣り上げたときに「空が笑いました!」と叫んでいた。釣りの素晴らしさをそのひと言が教えてくれたような気がする。

 そのとき私は、ルアーフィッシングの練習みたいなことをしていたわけだけど、運悪くルアーが根がかりしてしまった。

 町中を流れるその川にはさまざまなゴミが沈んでいてもおかしくはなかった。

 両手でロッドを持ってラインをひっぱってもうんともすんとも言わない。だめだ。と思ったその瞬間、少し動いた。

 気のせいか。もう一度、力を入れてみると、少しだけど動いている気がする。なにがひっかかったのかはまったくわからないけれども、たぐり寄せることはできそうだ。

 ゆっくりと、慎重にあわてず、私はラインをひっぱった。

 川岸から2メートルくらいの所でなんと60センチメートルはあろうかというオオナマズが暴れたとき、私は一人でパニック状態だった。まさかこんなところで。

 釣り上げた後、その大物を自慢したいのにまわりに誰もいないことを悔やんだ。

 今考えると、そんな私の姿を見て空が笑っていたのではないだろうか。

2009年7月5日 セサミスペース M (Twitter


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