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信頼? 安心?

こんにちは、丹野です。

先日、10年以上のお付き合いになる中小企業の社長とお会いする機会がありました。その社長と会うのは年に1、2回程度なので、近況や話題に出てきたテーマについて意見交換したり、あっという間の時間でした。話題のひとつに「信頼」というテーマが出てきました。ビジネスに限った話ではありませんが、「相手(顧客)からの信頼を得るのが大事だ!」というような言葉をよく聞きますし、聞かれる方も多いと思います。そこで、信頼について少し考えてみたいと思います。


“信頼って何?”って問われると結構悩んでしまいますよね。この「信頼」という言葉をまじめに考えるととても難しい。。。GoogleScholarで「信頼」というキーワードで検索すると、なんと55万件ほど出てきました(2024/6/1時点)。この中には、機械などの人工物に対する信頼性や、統計分析で用いられる信頼区間なども含まれていますので、本来調べたい内容はもっと少ないですが、それでも数十万件はあると思います。

信頼といえば山岸俊男先生の「信頼の構造」という書籍が有名です。日本語で書かれた中でも最も有名かも。読まれた方も多いのではないでしょうか。

山岸先生は米国と日本を対象とした信頼度合いの比較を3回ほど行っており、すべての調査で米国の方が日本よりも他者を信頼する度合いが高い結果が得られていと述べています。日本人の我々からしたら「そんなことはねーだろ!」と言いたくなりそうですが、山岸先生はこの結果を信頼概念を整理した上で信頼と安心の違い、コミットメント関係の観点から考察しています。この考察を読み進めると、なるほどなーと思ってしまいます。私なりに山岸先生の主張をざっくり整理すると次のようになります。


信頼って何?

山岸先生は、信頼概念を整理する上で次の前提を置いています。まず1つ目として「信頼は複雑な情報処理によってもたらされる」という立場をとっています。なので”自然の秩序に対する期待(明日も太陽は昇るだろう、など)”という情報処理がシンプルなものは信頼に含めるべきではないとしています。

2つ目に、信頼は”信頼する側の特性である”として、信頼される側の特性である”信頼性”は信頼から外しています。この2つは混同されることもありますので、”信頼する側””信頼される側”と明確に分けることの必要性を指摘しています。

3つ目として信頼を”相手の能力に対する信頼”と、”相手の意図に対する信頼”の2つに分けています。例えば、ある業務遂行能力を持つビジネスパーソンが、気分が乗らないからといって業務を遂行しないことはたまにあると思います。この場合、”(能力はあるのに)仕事をしないあいつは信頼できない”となるわけです。山岸(1998)では、このうち、意図に対する信頼に限って扱っています。


これらを信頼を考える前提とした上で、信頼と安心の違いを探っています。山岸先生の考える信頼と安心の違いは次の通りです。

  • 信頼:相手が自分を搾取しようとする意図を持っていないという期待の中で、相手の人格や相手が自分に対して持つ感情についての評価にもとづくもの

  • 安心:「相手が自分を搾取する意図を持っていないという期待の中で、相手の自己利益の評価に根ざしたもの

山岸先生は信頼をさらに詳細に分類していますがここでは触れません(ざっくり言ってしまえば、相手を信頼するかどうかの判断に相手の情報や関係性といった要素をどのくらい使うのかということです)。

こうしてみると信頼と安心との間に、大きく2つの点が違いがあるように見えます。1つは、信頼の方が”相手が自分をどう見ているかが不明瞭である(=不確実性が高い)”こと、もう1つは相手の何を評価しているのかが異なるという点です。少し拡大解釈すると、相手の意図が何かわからない中で相手の人格や感情に自分の将来を賭けるのか(信頼)、相手の意図や裏切りがないことを分かった上で自分の将来を任せるのか(安心)、ということになりそうです。ここまで解釈を広げると違いがはっきり出てきますね。

コミットメント

山岸先生は、”他者からの有利な誘いを拒否して、同じ相手との継続関係を選択すること”をコミットメントと定義し、そのような関係にある間柄をコミットメント関係と呼んでいます。社会的不確実性が高い状態にあるときコミットメントを形成することがこの不確実性を減少させると、山岸先生は述べています。

コミットメントは相手が裏切らないように継続的な関係性を求めるものであり、信頼を必要としません。むしろ、安心を求める行動としてコミットメント関係を構築するという言い方が適切のように思います。コミットメント関係が出来上がると相互理解の深まりなど多くの面でメリットを享受できます。つまり、より安心できるというわけです。しかし一方で、取引コストの増加や機会コストの増加など、失うものもあります。例えば、類似の他社商品の方が安価で良いのに、これまでの付き合いから他社から購入できない、とかですね。調達あるあるです。

このとき、他社との関係を持とうとするかどうかに、信頼が大きく関わってくると考えられます。取引先を変えることによって将来何が起こるかわからない状態に陥ります。不確実性が高まる状態です。また、他社の営業マンが裏切らないようにコミットメント関係を構築することもこの時点ではできません。他社からしたら新規取引がメリットにつながるかどうかわからないからです(目先に売上に釣られる営業マンはいますが・・・)。このような不確実な状態の中で、他社営業マンに自分や自社の将来を賭けられるかどうか。これが信頼するかどうかということにつながります。

不確実な将来はやっぱり嫌!

少し話が変わりますが、文化に関する国際比較を行ったことで有名なホフステード先生という方がおられました。ホフステード先生によれば、日本は将来に対する不安を回避したがる(高い不確実性回避)文化的特徴を持っていることがわかりました。もちろん、同様の傾向が見られる国は他にもありますが、アジアにおいては日本がぶっちぎりです(アジア2番目は韓国)。ちなみに、幸福度ランキングで上位に位置する北欧は不確実性回避傾向は低い、つまり、不確実な将来に対して不安をあまり感じない文化的特徴を持っています。不確実性を回避したがるということは安心を求めていることに他なりません。


首都圏は信頼、他地域は安心?

さて、ここまでが先述の社長との話に入るまでの概要整理です。長すぎましたね。失礼しました。山岸先生、ホフステード先生の研究だけを見ても、日本は信頼ではなく安心を求めているように考えられます。営業マンが営業先でよく言われる「他社事例はないの?」なんて言葉は、相手を信頼していないことの裏返しとも読み取れるわけです。営業マンの提案内容を受け入れることで社内で詰められることを恐れているわけですよね。なので他社事例というもので不安を解消しようとするわけです。

日本でのビジネスにおいて首都圏とそれ以外の地域に分かれると個人的に感じています。首都圏は人口が多いだけでなく価値観が多様であり、地域コミュニティなどの束縛が他地域より弱い(=コミットメント関係が他地域より弱い)ように感じるからです。東京のマンションに引っ越しした時、隣人への挨拶をしてはいけないと教わりました。当時は深く理解できませんでしたがそれだけ社会的不確実性が高い状態だということなのでしょう。このような高い不確実性の社会では安心を求めるよりも相手を信頼することが大事になります。もちろん相手を信頼するためには相手の意図や感情を正しく理解する能力が知識が必要となります。

一方、首都圏以外の地域だと阿吽の呼吸や空気を読むことを求める文化がいまだ強いように感じます。つまりコミットメント関係ですね。これだと、知らない相手の意図や感情を正しく理解する能力や知識は不要ですが、新しいことを知る機会やチャレンジの機会は首都圏よりも少ないでしょう。首都圏の方が冷たい感じの人が多い一方で、提案した企画を採用してくれる企業や人が多いのもなんとなく感じますが、首都圏と他地域で新しい商品やサービスの広がり方が違うのは、信頼と安心の違いが大きのかもしれません。


結局、社長と何を話したのかというと新しい商品やサービスを購入してもらうには何が必要か、ということでした。

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