ホーンテッドマンションと無意識のイメージ
だんだんと暖かくなってきて、夏の気配を感じる時期になってきましたね。「夏」を感じたとき、あなたはなにを思い浮かべますか?花火、海、蝉の声、プールの塩素の匂い、人によって様々だと思います。キラキラした青春のイメージが強い夏ですが、それと同時に、夏はホラーが恋しくなる季節でもありますよね。
本記事では世界中から愛される、この世で最も愉快な幽霊屋敷・ホーンテッドマンションのもつ独特の世界観と、筆者の感じた演出のこだわりについて、体験レポートのような形で掘り下げていこうかなと思います。
土に還る
ホーンテッドマンションといえば、やはり幽霊のイメージが強いでしょう。幽霊といえばお墓、ホーンテッドマンションのQラインにもいくつかの墓石が設置されています。
近年は衛生面の問題や土地不足により、火葬が一般化しておりますが、キリスト教圏での一般的な葬儀方法は土葬です。これはキリスト教独自の死生観によるものであり、ホーンテッドマンションのQラインでも、墓石と、土葬されたことがわかる、盛り上がった土が見られます。
幽霊の世界に入るためには、私たちも幽霊に近づく必要があります。ここで、先述の土葬についての話が活きてきます。
混雑時には裏庭を経由してから向かうことになりますが、入り口を抜けるとすぐ通ることになる屋根のあるQライン、じっくり外を見たことがある人はそう多くはないでしょう。
お屋敷側に目を向けてみると、視点が地面スレスレにあることに気がつくはずです。
あえて閉塞感を感じさせるような設計をすることで、薄暗い雰囲気を演出するのはもちろん、先述の土葬の話とつながり、地に還っていくことの表現だと解釈できるのではないでしょうか。
お屋敷に足を踏み入れる前から、私たちは死者の世界へと誘われているのです。
いざ、死後の世界への冒険へ
満を持してお屋敷に足を踏み入れると、私たちを待っているのは、だんだんと死に近づいていく男の肖像。2023年・2024年に開催されたイベント「ホーンテッドマンション・ストーリービヨンド」では「枯れゆく紳士」と紹介されていましたね。
壮年の姿から骸骨へと変化していく様は、ヴァニタス画のような退廃的な雰囲気を感じさせますし、死に近づいていく過程を見ることで、ぐっと世界観に引き込まれていきますよね。
この先を抜けると、かの有名な伸びる部屋に案内されます。
実はあの部屋、2つ存在しているんですよ。
ざっくりとした見取り図にすると、こんな構造になっています。
ホーンテッドマンションで体験するトリックといえば、伸びていく肖像画と天井の存在が真っ先に挙げられるでしょう。私は1日に何度もホーンテッドマンションに通うことがあるのですが、毎度のように「これってどうなってるの!?」と呟くゲストを見かけることができ、トリックについてぜひ知ってほしい……!!という気持ちになります。
アナハイムのホーンテッドマンションは建物の構造上、エレベーターになっているのですが、東京版は部屋が実際に伸びていっています。
壁に飾られた絵の額縁の左右、壁紙の継ぎ目(樽に乗ったパンツ丸出しおじさんの絵の目の横あたりを見るとわかりやすいかと思います)に注目してみると面白いかと思います。
ここでの印象的なシーンは、天井に突然現れる白骨化した首吊り死体もでしょう。
ホワイエの老いていく肖像から始まり、次は死体。だんだんと死の世界に近づいていっているのが分かりますでしょうか。
ドゥームバギーに乗って探検しよう
乗り場に進み、ドゥームバギー(黒くて丸っこい、あの乗り物のことです)に搭乗したら、いよいよ幽霊だらけの世界です。
ずっとこちらを見つめてくる絵画、不気味な書斎、誰もいないのに音が鳴るピアノ、無限に続く廊下に悲鳴の響き渡る通路。時には子供が泣き出してしまうほどのホラーシーンが続々と続きますよね。
幽霊はあなたのすぐそばに
ホーンテッドマンションで印象的なものといえば、マダムレオタ(水晶玉に浮かんでいる生首の女性)も挙げられるでしょう。
マダムレオタは、ホーンテッドマンションを語る上では重要な存在です。というのも、彼女はこの部屋で降霊術のための呪文を唱えており、それによって私たちは幽霊を視認できるようになり、本格的に幽霊の世界に入り込んでいくことになるのです。
この部屋に通される前と通されたあとでは、アトラクションの雰囲気ががらっと変わりますよね。前半部分はホラー要素が強く、幽霊の姿は確認できません。ですが、この部屋を通り過ぎ、後半部分に差し掛かるとBGMの曲調もポップになり、幽霊たちが踊ったり歌ったりする姿を見ることができるようになります。
ホーンテッドマンションは、開発段階では、「しっかり怖がらせるタイプのお化け屋敷にしたい派」と「おもしろおかしいお化け屋敷にしたい派」で拮抗していた背景があります。結果として、どちらの意見も採用されて今のホーンテッドマンションがあるのです。
幽霊と人間をつなぐ存在としても、2つのホーンテッドマンションをつなぐ存在としても、マダムレオタは鍵となる役割を果たしているのです。
幽霊の姿が確認できるようになった先に待ち受けているのはボールルーム。食事をする幽霊、ダンスをする幽霊、シャンデリアにぶら下がる幽霊、いままでの雰囲気とは打って変わって、和気藹々とした空気が広がっています。BGMもワルツ調のものになり、ここのシーンがわくわくしてお気に入り!という方も多いでしょう。
ケーキに刺されている蝋燭の数も13本にされていて、こだわりを感じますね。
ホーンテッドマンションの待ち時間表記が「4,9,13」と不吉な数でなされていることは有名ですが、キリスト教圏での数のシンボリズムの要素はこういった細かいポイントでも見られます。
ピアノの近くにある蝋燭の本数、「ホリデーナイトメアー」開催期間にマダムレオタの周辺に置かれている蝋燭の本数も13に統一されています。お屋敷に訪れた際にはぜひ確認してみてください。
アップテンポでありつつもどこか不気味なメロディの「Grim Grinning Ghost」が印象的な墓場に突入すると、突然出てくる幽霊にびっくりすることでしょう。驚きで早くなっていく私たちの鼓動に呼応するように、花嫁の心臓が脈打つ音が聞こえてくることで、より一層この世界への没入が高まっていきますよね。
このアトラクションで唯一の人間である、庭師のおじさんの登場も「幽霊の世界にうっかり入ってしまった感」を高める役割を果たしているでしょう。
マダムレオタの降霊術以降、幽霊が視認できるようになる〜という話を前述しましたが、基本的には幽霊は青白い発光するような姿で現れていることに気がつきましたか?ですが、一部例外も存在し、2つ前のキャプション手前部分に写っているティーポットや歌う胸像、出口付近にいる左官をしている謎の手などは特に発光していません。どういった意図で差別化がなされているのかは明らかにされていないため、今後何らかの発見があり次第記事にしていこうと思います。
ホーンテッドマンションの大部分は屋内を舞台にしていますが、墓場のみ例外で、屋外が舞台になっています。東京ディズニーシーの「インディ・ジョーンズアドベンチャー クリスタルスカルの魔宮」同様、この部屋も四角形なのでしょうが、高低差やぐねぐねとしたルートを設けるなどの工夫によって、全く圧迫感を覚えさせず、それどころか他のシーンに比べて圧倒的に開放感があるように思えます。
写真がないのが惜しいですが、糸杉の木も確認でき、ここでもメッセージ性を感じることができます。
糸杉は、キリスト教圏では死のイメージをもつ植物とされ、古来から墓場に植えられてきた植物でもあります。フィンセント・ファン・ゴッホの≪星月夜≫や、アルノルト・ベックリンの≪死の島≫など、芸術作品の主題として選択されるほど文化的な側面との結びつきが強く、ギリシア神話にも糸杉に関連したエピソードがあります。
この世への帰還
出口に近づいていくと目に入るのは「ゆうれい立ち入り禁止!人間の世界へあと少し」の表示。ディズニーらしい、キャッチーな言葉選びですよね。英語表記の方も「dead end」という死を連想されるような表現が用いられているのが世界観へのこだわりを感じます。
ホーンテッドマンションの言葉選びの秀逸さは今に始まった話ではなく、入ってすぐの書斎での「ゴーストライター」発言のもつダブルミーニングや、「Grim Grinning Ghost」での韻の踏み方など、いたるところで確認することができます。
本記事のまとめ
Qラインからアトラクションの最後まで、私の好きの気持ちを詰め込みすぎてしまったため長い記事になってしまいましたが、ここまで読んでくださってありがとうございます。
ホーンテッドマンションはテーマパークの1アトラクションとして素晴らしい出来であることはもちろん、完成された総合芸術作品としての価値も高いと感じております。文化や宗教性に基づいた世界観の設定やシンボリズムの採用、錯視の利用など、ふんだんに詰め込まれたさまざまな要素によって成立しています。純粋に娯楽として楽しむのはもちろん、細かなポイントにフォーカスしてみると新たな発見があり、違った楽しさを味わえることでしょう。
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