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満州からの手紙#116~#120

満州からの手紙#116

 お母さん。
今日はとても上天気です。
赤い夕日が地平の果てに沈みます。
ポツンと立っている電信柱の影が地上に長い影を落として黄昏の色が次第に濃く成って来ます。
兵舎の後の丘が紫色にそまって夕映えの空にクッキリとうきあがってとても美しいです。

 今日は笹井君にお手紙をかきました。それから高橋の千代小母さん (エンドウ薬局の) からもお手紙を貰ったので、お返事を書きました。
大阪に行かれた佐野の小父さんからはお手紙は来ませんか、お手紙が来たら忘れず宛名を教えてください。

 静かに読書したり、思惟したりするのは楽しいものです。僕はそれが一番の楽しみです。
昨年お母さんに送りかえした戦友や友人のお写真はどうしていますか。
アルバムにはりましたか。
出来ることならそのままにして置いて下さい。
軍平小父さんにプレゼント(送り物) して貰ったアルバムも四分の一程はりました。いつかお母さんにみせてあげることが出来ると思います。
僕がお母さんに差し上げているお手紙はどうしていますか。
思い出になりますから是非保存して置いて貰いたいものと思います。

 酒保のあんまきやぜんざいはうまいですよ。 ハッハ−−−−−−−。
酒保へ行くとよく知人に逢います。
『オーイ、同郡どうだ!!』
そんなことを言ってちかづいて来るものがあるかと思うと
『貴男は善家さんではありませんか?』と話しかけて来る人もあります。
『愛治の畔野(アゼヤ)の芝ですが、よく善家さんに色々とお世話に成りました。』
軍曹の肩章をつけた芝と言われる人がそう言って話しかけられましたよ。
同じ柔道部の選手をしていた土居 (光岡) の弟の愛称をブラチャンと言うのが訪れてくれるし、土居とは向かいあった兵舎にいて時々遊びに行ったり来たりしているし、先輩の河部さんや今井さんが僕より下で入営して来ているし、 意外な処でよく意外な人に逢います。
八商柔道部の藤田や菊地、吉中の田原、宇商の大塚、剣道部の岡、 宇農の角力部にいた土居等、知り合った昔懐かしい友達と逢ってはワーと無邪気にどなりあっては大喜びをするのですよ。
米つき屋の木下にもよく逢います。薦友達と学生時分を思い出して応援歌や校歌を合唱するのも嬉しいですよ。

 若い者はやはり美しい娘さんのことが気になるのか、
「あそこの娘、とうとう何処そこへ嫁に行ったぞ』
昔知っていた娘さん達の噂が次々と伝えられます。ハ−−−−−−−。

 お母さん。入浴時間だから今日はこれで
お体大切にして下さい。サヨウナラ。
忠勝拝
お母さんへ

満州からの手紙#117

 お母さん。
今日も麗らかな上天気です。
朝からチュンチュン雀が鳴いていて、ポカポカした春の日ざしの明るいこと。
眼にしみるような青空がたまらなく快い感触を与えます。
兵営のすぐ後の丘に萌立つような若草が一面にのびて、わけもなくうきうきした気持ちにさせるのですよ。
かげろうがユラユラたちのぼって故郷の田舎道を懐かしく思い出します。
あるかなきかわからぬ程の微風がむせるような若草と土の香を運んでくれるのも不思議と嬉しい気持です。

 新緑の宇和島をかこむ山々はさぞ美しいことでしょうネ。
もう一度採集網をかついで若葉・青葉の山路を駈け廻ってみたく思います。
いつだったか薬師谷へ蝶と蜻蛉の採集に行った時、 知りあいに成った美しい女の子のことや、土居と二人で水源地裏の馬場後へ採集に行った時、 西瓜畠を発見して西瓜を盗んで喰ったことなど、 ハッハ−−−−−−− 思い出しますよ。

 昨夕、入浴場で石川君に逢いました。
『過日は善家さんの家へ行ったところが、娘さんが沢山おられたので顔が上げられなくて......」
と石川君が言うのですよ。
『美しい女の子いましたか?』大きな声で聞いてみたら、
『いやとても恥ずかしくて娘さんの顔は一人もみませんよ』
石川君とても残念そうな顔をしていました。ハ−−−−−−−。
『善家、名前を教えろよ。
おい、 善家、とにかく今夜俺の隊へ来いよ。
なんでもおごってやる!!』
朗らかなM軍曹殿が眉を八の字にしてかくおっしゃいます。 僕をとても可愛がって下さる M軍曹殿には僕も遠慮がないものだから
『将を射んとすれば、 先ず馬を射よか!!』 そっぽむいてあっさり報復すると、
『ワァー!!お前にはかなわん、知ってやがる』
そうした会話で、附近にいた顔見知りの戦友達と腹をかかえて大笑いしました。ハ−−−−−−−。

 何を言っても兵隊さんは無邪気で朗らかで子供らしい茶目が大分にあります。
二十五にも六にもなって、よくもまあこんなに子供のように大はしゃぎしたり、菓子にかじりついたりして一生懸命になれるものだと、自分で自分がおかしくなります。
しかしこうした常日頃の和楽が、一度事ある場合の確固たる団結となり、自重となって、涙ぐましい悲壮な祖国愛、戦友愛の一端となるのだと思います。
常々僕達の班の仲田班長殿が言われているように、人間は四六時中いつもいつも緊張ばかりしていられるものではありません。
やはり断固として、やる時は徹頭徹尾やり通す。
しかし遊ぶ時は心からうちくつろいで、ゆったりとして愉快に快諾する!!
それでなければ嘘だと思います。

 緑の丘の地平線の上を白い雲が流れます。
幾度、幾日眺めても地平線上の白い雲は淡い郷愁をそそります。
あの雲影に僕はよくお母さんの似顔絵を、みっちゃんの面影をしみじみとみることがあります。ハ−−−−−−−。
つまらぬことばかりを、すみません。
お体どうぞ大切に、サヨウナラ。
忠勝
お母さんへ


満州からの手紙#118

 お父さん。
この間はお便りを有難う御座いました。
お元気でお務めとのことだったので心から安心しました。
私も相変わらず大元気ですから喜んで下さい。
軍務多忙で以前程お母さんにもお手紙が出来ませんけれど、一生懸命御奉公していますから決して心配はいりません。
さて先般は満州国皇帝陛下から御タバコを御下賜されました。

 五月も過ぎて若葉も日一日と深緑に成って来たことでしょうネ。
北満の広野や丘も若草が一面に繁ってとても美しいです。
次々に奇麗な草花も咲いています。お父さんの盆栽や花好きが私にうつったものか、私も特別にそうした物が好きですから、春の北満広野では機会あるたび心を眼を楽しませています。

 忙しくてお手紙が二日がかりになりましたが、昨日からの続きを書きましょう。 ハ−−−−−−−。
今日は日曜日です。
午前中は快晴だったのですが午後から少し雲って来たようです。
たった今、酒保へ行って来たのですよ。
ぜんざい、あめなどを食べて来ました。 サイダやビール、あんまきなども売られています。 内地は砂糖や煙草に大分困っている模様ですが、こちらもそれらのものやマッチには全く困っている様子です。
有難いことに軍隊では甘い物、煙草、マッチ等には困りません。二十本入りの『ほまれ』と『スペヤー』と言う十本入りの煙草が幾何でも買えますが、私は喫煙しないのでマッチ、煙草等とは無関係ですが、これをお父さん達に送ってあげられるものならと思います。
 
 来る十五日はお父さんの誕生日ですネ。
このお手紙はお父さんの誕生日の日にお父さんのところを訪れることでしょう。
私が家にいたら晩サン会を親子三人水入らずで楽しく出来るのですが------。
この一週間程お手紙のお返事が沢山たまっているので、今日は外出を止めてお手紙を書くことにしたのです。
後務主任さんの杉森と言われる方や岡部、一川と言われる人達にあらためてお手紙しようと思ってはいますが、どうぞ四六四九お伝え下さい。

 お父さん。人間はどんな質素な生活をしても何処となく正純な、うるおいのある生活をしたいものだと思います。
分相応な生活と共に、言うに言われぬ渋味、雅味のあるゆかしい日常生活をしたいと思います。
その時々の分に応じて生活することが一番間違いのない、無理のない、自然の生きかたで、はたからみていて気持ちのよい好感を受けるものです。
貧乏人が金持ちの真似をして不必要な見栄や虚栄をはるところから色々のことに支障をきたして、みぐるしさを世間に暴露するなぞ無智もはなはだしい限りだと思います。
『分相応な自覚から分にあまんずる!!』
そうした考えが絶対必要だと思います。

 勿論、分に満足する気持ちは、その段階で停タイすることを示しているのではなくて『分にあまんずる!!」その中には一段と高い次への飛躍と準備が深く内含されているのですよ。
太閤秀吉も、その時その時の分相応な自覚から分にあまんじて確実な飛躍を繰返して行ったからあれだけの大英雄になり得たのだと思います。
人生のありとあらゆる社会の生活に於いて、公的・私的の別を問わず忘れることの出来ぬ心のいましめは『分相応!!』と言うことだと思います。

 すずらんが美しく咲いています。
お父さんの処へつくころは、しぼんでかれてしまっていることでしょうが、この清純な香をお父さんに送る意味で同封して置きます。
どうぞお体大切にして下さい。サヨウナラ。
忠勝
お父さんへ

満州からの手紙#119

 お母さん。
お変わりありませんか。 この四、五日、お母さんからのお手紙が来ないので一寸物足りなく思っています。
過日の日曜日にお返事をと思っていましたが、 沢山お手紙を出さねばならぬところがあって、お母さんにはお手紙を出さなかったのです。

 今日も上天気!! 青い空と緑の広野がとても奇麗です。
演習は勤務と共に相等多忙を極めていますが、体は至って頑健で風邪一ツひかず元気で御奉公していますからどうぞ安心して下さい。
それから仲田班長殿、久保本班長殿お二人とも大元気でおいでになりますから安心して下さい。

 飯は比較的おいしいです。しかし体重表では先月より一粁㌔程痩せました。
(二月) 六一・八粁。 (三月) 六二・四粁。 
(四月) 六二・四粁。 (五月) 六一・三粁。 と言った具合です。
六十粁で十六貫です。四粁たらずが一貫ですネ。
だから写真でうつっている程の豚ぶとりでなくて調度よい程に肥えていることが解るでょう。
背の高さが約五尺五寸五分【現代のcm法で168㌢チョット】といったところです

 身も軽やかな夏服で朝夕を送るような北満に成りました。もう暫くしたら炎熱焼くが如き 百二、三十度の暑さに成ります。
気候が暑さを通り越して涼しくなると、案外日の流れるのも早くなりますよ。 ハ−−−−−−−。

 日曜日の夜は中隊でもよく演芸会があります。
ついこの間の日曜日の晩も、夕食後全員が集まって演芸会が催されました。
戦友達の中にはとても上手なものがいて、レコードの専属歌手ほどの技量をもっているものがいるのですよ。
流行歌のO二等兵・I二等兵、落語のS上等兵、伊予節のF一等兵等たいしたものです。僕の石の森松さんも下手組の中の上手な方にはいるらしいです。ハ−−−−−−−。

 雨がポツリポツリ降って来ましたよ。
このごろの雨はおかしいです。朝上天気でも晩には物凄い程のストーム (暴風雨) になったり、朝はどんどん雨が降っていても夕方はカラリと晴れて上天気になったりするのですから。
天気のよい日には、カラカラに乾燥してまるでセメントみたいな固さを思わせる土地が、一 度ストームに逢ったとなると、とたんに泥濘となってもうめちゃめちゃになるのですからいやになります。
町から町、部落から部落へ通じている大道路は別として、その他の道はどこが道やら畑やらまるで見当がたたなくなります。

 こんな酷寒地のどんなところにかくれているのか不思議に考えたれるのですが、やはり大陸特有の昆虫や蛇などが暖かくなるにつれて何処からともなく出て来ます。
冬は地下三尺、四尺と凍って、勿論ツルハシなぞたたきつけても立ちません。
夏でも国境の沼地では少し土地を掘ると氷や雪が出て来る程です。
別に面白いニュースもないし、手紙を読まれても無味乾燥でしょうが悪しからず。又次に何か書きましょう。
ではお体大切に、サヨウナラ。
忠勝
お母さんへ
六月十三日夜

満州からの手紙#120

  お母さん。
今日は幾日ぶりかで町へ出かけました。
丘麓を横切って町へ通ずる道の両側には淡紅色、白色のしゃくやくや、黄百合、福寿草、あやめ、色あせたすずらん等が無数に咲いていて、広壮雄大な一大花園を連想させます。
地平線の彼方に連々として続く山々は、緑のなめらかな山肌を明るい日光の中におし気もなくさらしています。
馥郁たる花の香は若草のむせるような香、土の香と共に混然融和して僕達の感能を不思議とかきたてるのです。

 片道◯◯のお町通いも、大自然の懐にいだかれて、次々と胸底に湧き上がる喜びを満喫しながら足のむくまま気の向くままに胸をグン!!と張って闊歩して行けばさして気にも なりません。 ハ−−−−−−−。
『丘を越えて行こよ
 真澄の空は朗らかに晴れて
 嬉しい心なるは胸の血潮よ
 いざ、行け!!
 遠く希望の丘を越えて』
カツカツカツ足なみにあわせて歌自慢のIが低吟する昔の歌!! 私は何かこう胸にしみて来るような感激に瞼がうるんで来るのを覚えました。
街路樹の殆どみうけられぬ殺風景なこの国境の第一印象は古典的・詩的情緒の深い郷里の城下町の宇和島とは比較にならぬ淋しいものです。

 私の第一の目的であり楽しみは、この町にたった一軒きりしか無い書籍店へ行くことです。この日も私は二時間余の刻を店頭に過ごしてしまいました。そして今日の最大収穫は、常日頃から必ず一度は読まなくてならぬと考えていた、大塩中済先生著の『洗心洞箚記』を発見して買って帰ったことです。

 一緒に行った戦友達とつれだって、 腹が空いたので本屋の左隣の飲食店へ入りました。
『何か腹の大きくなるものをたのみます』と言うと、女中さんがにぎりずしの上にまぐろの魚を薄く切ってのせた上品なおすしをお皿に六きれ入れて持って来てくれました。
ペロリこれをたいらげて『幾等ですか?』
と聞くと『七十銭戴きます』とのこと。
私はーきれ十銭以上のおすしを二、三分の間にペロリとやっつけたわけです。
物価の高いことは内地以上です。うどんをたべた戦友は卵が一個入れてあるきりのうどん 一杯に一金四十銭をとられて目を白黒、一同ほうほうのていであんまき屋へ行って腹ごしらえはあんまきで間にあわせて帰った訳です。 ハ−−−−−−−。

 かねてお願いして置いた『東洋思想の研究』という小冊子はまだ来ませんか、あの本は月順に是非一読含味して置きたいと思っていますから、お世話でしょうがどうぞお願い致します。
読書のための書籍は多少もっていますから別に送るようなことはしないで下さい。それに真剣に成って読んでいる本は或る一定の思想にもとづいた書物にかぎられているのですから、門外書籍にたいしては、たいして魅力を感じないのです。
色々とつまらぬことばかり書きましたが、 どうぞお体を大切にして下さい。
皆さんに四六四九、サヨウナラ。
忠勝
お母さん。



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