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満州からの手紙#91~#95

満州からの手紙#91

『命捧げて来た身じゃけれど   今日も昨日も吹雪の満州』
物凄い昨日の吹雪もいつかとだえて、曇日ながら今日は心楽しい日曜日です。
『今日はお母さんにお手紙する日だぞ!!』
と考えながらも読みかけた漢書 『大学、孝経』 に心を奪われて、今朝から今迄お手紙しなかったのですが、 ついさっき戦友のYが
『おい善家、手紙が三通だ!!』
と知らせに来て呉れたのでさっそく事務室へ印をもって受領に行ったのです。そしたらお父さんとお母さんからのお手紙です。
十三日付の二通のお母さんからの手紙、十五日付のお父さんからのお手紙たしかに戴きました。

 お元気とのことで、どんなにどんなに嬉しく思ったか知れません。
それにいつもながらのお母さんの慈愛深い思いやりにふれて心の底から泣きたい気持ちです。
お父さんやお母さんの苦労を考えると、何かにつけて到らぬ自分のおろかさが身にしみて情無く、 申し訳なく考えられます。

 自分と言う男を静かに反省して、真実の己を自覚すればする程、あまりにも無智な無能な無徳な自分が眺められてたまらない気持ちです。
こんなことでお父さんやお母さんの慈愛に、大恩に報いることが出来るだろうか? 私はおそろしく考えることさえあるのです。
しかし、私は 『落ち着いてあせらないで』と心に常々言い聞かせるのです。

『人の世に処すると謂うものは、苦しい事も、嬉しい事も色々あるもので、その苦しい事と言うものに堪えなければ、忠孝だの、節義だの、国家の経綸だのと言った処が到底成し遂げられるものではない。この苦しい事に堪えると言うことは 平生から錬磨して置かなければ其の場合に限ってできるものではない。』
陽明学者の河井継之助と言われる人がこんなことを『日の出』か何かの雑誌に言っておられました。
胸うつものを覚えます。 私のために言って貰った如くにさえ思います。
 
 又、松陰先生も
『心は主公にして、耳口目鼻四體は夫々下役人なり。主公として下役人に引き廻されては済まざる事なり。 唯主公確固たれば下役人共決して引き廻すことはならぬなり。是修身の要にして即ち治国の道なり』
と言っておられます。

 お父さんやお母さんの側へ帰る迄には、お母さんが心から信頼して私をたよって貰ってさしつかえのない人間になりたいと一途に考えます。
お母さん。今日はしりきれ蜻蛉ですみませんが、もう夕食ですから止めます。どうぞお体大切にして下さい。サヨウナラ。
忠勝
お母さん

満州からの手紙#92

  お母さん。
昨日はお手紙を二通ありがとう。
日曜日でお手紙する日だと楽しみにしていたら {厩/ウマヤ} 当番に勤務して、とうとうお手紙どころではなくて、急がしい一日を送りました。
厩当番は夜の不寝番も兼ねるので、晩になってもほんとに一寸の暇もないのです。
今日は月曜日ですが予定を変更して、点呼前の一刻をこの手紙をしたためるにあてたのです。

 僕の夢をみたのですか。
しかし心配は無用です。到って元気で風邪一ツひきません。
仲田班長殿は元気で軍務についておられます。
清美君の問題なぞ意味もないのにまだ色々と考えているのですか、もう止めて下さい。
僕は何も考えません。
毎日を軍務多忙に、そして一寸の余暇があれば読書尚友にあてて真面目にやっています。
心配無用です。

 畏れ多くも明治天皇の御製に、
『淡みどり澄わたりたる大空の 広きをおのが心ともかな』
とおうたいになっておられるのがあります。 又
『さし昇る朝日の如くさわやかに もたまほしきは心なりけり』
とおうたいになっておいでになるのもあります。
お母さんの心も、僕の心も、ほんとうに青空に向かって深呼吸する様な爽やかな気持ちですネ。

 苦しいこと、腹立たしいこと。淋しい心、慕はしい心、そう言ったすべてのわずらわしい心は、人に向かって真実色々言った処でどうなるものでもありません。人情の {醜/ミニク}い覆復をくりかえして {拘泥/コウデイ} しもがいて私欲にあやつられている人間なぞ相手にしないことです。
人に対して自分の心の苦しみをぬぐって貰おうと自分一人ぎめの考えであせるから一層苦痛になってくるのです。
まいた種は自分がかるべきです。

 晴れた夜空のお月様に、遠い彼方の地平線にポツンとうかんでいるお星様に、澄みきって果てしれぬそこはかとなき大空に、自然の中に微妙な美しい音楽をかなでて聞かせてくれる梢を渡る風の音に、苦しい時も、悲しい時も、淋しい時も、嬉しい時も、静かに話しか けて聞いてみるのです。
自然はすべてが真実でいつはりがありません。
無言の力強いささやきと励ましをそれらのものから聞く時、僕は生まれ変わったように力強い自分を覚えます。

 何をしても自然の中に自分を置いて即ち己を空しくして御奉公する以上、名誉とか、報酬なぞ問題でなくなります。
人がどんなに言おうと考えようと、しなければならぬからそうするのだ! ! と言った絶対的信念の基にすべての行為をする時、そこに人間本来のたどるべき正しい道が開けるのです。そこまで行かねば嘘です。
僕はそこまでは行きついておりません。
永い間の悪習慣が個性に近いまでになっているのですからこいつを打破して行くのは一朝のことでは駄目です。
しかし僕はやってみせますよ。

 消燈近くです。止めます。
お体どうぞ大切に。サヨウナラ。
お母さんへ
忠勝
仲田班長殿へお手紙のお礼を言っておきました。

満州からの手紙#93

 子をめぐむ親の心を {則/ノリ} とせば学ばずとても徳に至らん (二宮尊徳翁)
お父さんやお母さんが私に慈愛深くして戴くその心を自分に対するすべての人へ則として接したなら、喜怒哀楽のすべての感情を超越して仁愛の徳に人を暖かく抱擁することが自然の中に出来るのです。

 お母さんの慈愛が痛つけられた自分の心を抱擁して人を憎む心を起こさせなかったのです。否、それどころではなくて寧ろ自分に苦痛を与えたその人達の禽獣のようなやりかたに同情的な気持ちさえ起こさせたのです。

 過去における私は安価な男だったのです。
だからあんなあさましい事をくりかえしたのです。
軽々しいあんなことはその人物の浅薄低劣を表す雄弁な証拠なのです。
人間が高尚に、人格的に成って来れば来る程、その将来の同伴者たる人も、自己の人物相応に立派な人を求めるようになるので、一層真のあんなことは出来難く成るわけです。対者が稀に成るので。

 すでに心に忘れることが出来ないならば、終に口に言はずとも、心に語っているので、眼にみずとも心でみているので男として恥ずべきです。
しかし、私はこの境を全く脱しておりません。
ふと何かのことから昔のことを心に思い出して、人知れず、罪の自覚に顔の赤く成るのをおぼえます。

 私は将来、私の同伴者と成って苦楽を共にしてくれる人のために、お父さんやお母さんを優しくいたわり、孝養をつくしてくれる人のために、真面目に行いを慎んで御奉公しています。
常々お母さんとも約束している通りです。

 将来、家が如何に貧乏暮らしをしても、精神的に親子、夫婦が固く結ばれていたら悠々和楽することが出来ます。
人の子の人情の常として、自分は別として妻子に物質苦をかけることは男として堪えられぬことです。
哲人陽明先生も妻子のために心を曲して官につかれました。
しかし、それ以上に人の子を苦痛にさせるのは大恩受けた父母に孝養の充分につくせないことです。
支那の毛義と言う立派な人徳の人も、母のためには本意ない宮仕えも嬉しそうにされたと のことです。

 私も充分な栄華をお母さん達にさせることが出来るかどうか、それは解りません。しかし、どんなことがあってもたべるにことかかぬだけのことはやれると信じております。
動物さえも自ら喰い、自ら子孫を残して生存しているのですから、如何に世の人から白眼視されるようなことがあったとしても、万物の霊長たる人間がたべるにことかくがごときことは絶対あるはずがありません。
覚悟と決心と実行力さえ失わぬなら。
貧乏しても、百万長者以上に満足のあるうるおいのある生活は精神的、悠々和楽の中にあることをお母さん達も知って貰いたいと思います。

 お金がなければ幸福でない、と考えているような人には死ぬまで真に人間生活の喜びなぞわかるはずがありません。どんな生活をしようとも、正しい道の上に立って親子、夫婦、いたわりあい、はげましあって円満第一主義の家庭をつくることが私の理想です。
『食たって禮成る!!』
その境地は自ら親子、夫婦の魂と魂の結合の強弱によって定められる問題で、あえてビクビクする程のことでもありません。
しかし、物質を無視する考えからこんなことを言うのではありません。この点に『経済』と言う点に留意しなければならぬ処を痛感します。

 演習です。
又次の暇をみてお手紙しましょう。
忠勝
お母さん。

満州からの手紙#94

お母さん。一月三十一日付のお手紙どうも有難う。 大雪が降ったそうですネ。しかし寒さに負けず元気で毎日を送って下さい。お父さんやお母さんのことを考えるたび、心から神様に両手を合わせて感謝の祈りを捧げています。

 本を注文して下さったそうですネ。
迷惑をかけた上に、お金を費わせてすみません。
しかし、楽しみにして首を長くして待っています。
どうぞ、お願い致します。

 川一の小母さんには随分お世話になるのですネ。
お手紙を読んで涙ぐんでしまいました。
お母さんも、私も小母さんの優しい励ましを、いつも心に感謝して、受けた御恩を忘れるようなことのないようにしましょう。
あんなにお母さんがお世話になっており乍ら、お礼のお手紙をおくらせてしまってほんとうに申し訳ありません。
お母さんから幾重にもお詫びをして下さい。
病身な小母さんでしたが、今頃はお達者なのでしょうネ。寒さの折です。どうぞどうぞ体を大切にされるようにお伝えして下さい。そしてお母さんも小母さんに、誠心から受けた御恩の万分の一でもおかえしするように心掛けて下さい。
私もその気で御奉公に専心します。

 お正月に写真はうつさなかったのですか。
現在、私が戴いている写真は貧弱で、お母さんの実感が少ないので朝夕胸の物入れに所持して思い出される度に出しては眺めるのですが、なんだかものたりなく思います。
せめて私がこの間うつしてお母さんに送ってあげた写真程の大きさの写真を欲しいものだと思います。
写真は、写真屋さんにお願いして半身位にうつして貰われるようにすすめます。
そして写真は大塚 (追手) か、木村がよいと思います。下等な写真屋で十枚うつしたのよりも、上手な写真屋で一枚うつして送って貰った方がどんなに嬉しいかしれません。

 私の写真を懐かしく眺めて戴くお母さんの心は、調度私が北満のこんな淋しい土地で苦し いにつけ、嬉しいにつけ、淋しいにつけ、お父さんやお母さんの写真をみて力づけられ、なぐさめられるその心と少しもかわりはないと思います。
お父さんにもこの私の気持ちをよくお母さんから話して貰って多少の無駄なお金はいるでしょうが、是非もう一枚戦友達の前でもこれが俺の父母だよ、と出してみせることの出来るていどの写真をうつして送って下さればこの上なく嬉しいと思います。
無駄費いだ!!と言えばそれまでですが、 私に慰間袋を一ツ作って送ってやったと思われたらなんでもないでしょう。

 お父さんもお母さんもお別れしてから一年半近くも顔をみない私です。
この間にずい分年をとられたことだろー、そんなことを考えていると胸が熱くなって疼きます。
私はせめてお父さんやお母さんの写真でもいつも懐にだきしめてどんな場合どんな折でも、お父さんやお母さんと一緒に御奉公しているのだ!! といった気持ちを忘れないでいたいと考えます。

 お父さんとお母さんは私にとっては神様と同じです。
私は過失をおかした時とか、上官の人達からしかられる時なぞ、第一に頭に浮かんでくるのは『お母さん達にすまない!!』そう言った気持ちです。
私が男泣きに泣く時は、しかられたことがつらいとか、仕事が苦痛で堪え難いとか言ったそんなことではありません。
私は第一にお父さんやお母さんにすまない!!
そう思います。そして自然と涙が湧いてくるのです。
私は今までも再々泣きました。そのたびに私は一層お父さんやお母さんの苦労や慈愛を強く強く覚えます。 そして私は一歩一歩人間らしい自覚をもつことの出来る男になって行きつつあるのです。

 吹雪の音を聞きながら静かにこの筆をおきます。サヨウナラ
忠勝
お母さんへ

満州からの手紙#95

 今日は二月八日、旧のお正月ですネ。
お父さんはきっと宇和島へ帰っておいでだろうと思います。過般来とてもひどい雪だそうですネ。
松丸の方は雪が深くてさぞお仕事にお困りだろうと思います。
お変わりありませんか。
私はとても元気です。酷寒の中にさらされながらも元気一杯で御奉公しています。どうぞ安心して下さい。

 私の部隊では今日、関東軍派遣の慰問演芸団が来ましたので、隊長殿はじめ勤務にさしつかえぬ戦友達は大喜びで出掛けて行きました。
私は週番に服務しているので隊でお留守番です。ハ−−−−−−−−−。

 今日はとても上天気ですよ。
三、四日来の吹雪なぞカラリと晴れて、酷寒地の冬からサヨナラした形です。
青い満州晴れの空には雲一片ありません。珍しく軒のつららがとけはじめて段々大きくなっています。軒から三、四尺もあるつららが青い空の色と日の光りにヒスイの様にひかっています。
しかし、こんなにペーチカをたいた暖かい室で日の輝いている明るい外を眺めるから内地の小春日和が連想出来るのだけれど、防寒帽や防寒手袋なしでは外はとても歩けません。
{錐/キリ} を生身にもみこむような寒さを通り越した痛さは、内地の人達の想像出来ぬ処です。

 過日演習で両の頬ペッターが軽い凍傷にかかってこいつは困った、と思っていたら凍傷膏をぬっていたわっている間にいつのまにかなおりました。もう寒さにもなれました。
半截河で医務室に来ていた凍傷患者をみましたが、両手がやけどの水疱の様なもので覆われて、まるでライ病患者のひどいのみたいでしたよ。
『便所へいった時困るんだ!!』
戦友の彼等は平気で笑ってそう言っていました。

 窓のガラス越しにみる地平線は靄に煙ってかすみがかかっているようです。
東南に敵のK山と友軍のN山が互いに対立してかすみの中に美しい姿をうかばせています。
一望千里、どちらをみても褐色一点張りの冬枯れの景色にも、もうあきあきして来ました。早く春が来て麦や大豆や高染の芽の若々しい緑の色が眺めたく思います。
単調な広野の一本調子の景色の中で無上に私をなぐさめてくれるものは、青い空、 黄昏の中に輝く落日の色!! あの真紅の、そして丘様の小山や地平線上にポックリうかみあがった山の姿です。
せめて丈高い一本の樹木でもと思いますが、どっちをみても、眺めても、自分の背より丈高い木なぞありません。
故郷の緑の色にかこまれた鬱蒼たる山々、清流玉を飛ばす河の流れ!!
日本の国はまるで国そのものが公園だ、としみじみ考えます。
鶴や雁が飛んで来る四月にもなれば心懐かしい雨の音を聞けるのだが、濁ってはいても川の流れも眺められるし、まばらでも櫟の灌木や陽柳の微風になびく様も眺められるが、と思っております。

 北満の春の山野は温室の中の草花を無茶くちゃにならべたみたいです。
とても美しいですよ。まるで天国のパラダイス (楽園) のように。ハ−−−−−−−−。 今日は従然の暇をみて、つまらぬことをかきましたが、お許し下さい。では又次に、サヨウナラ。
忠勝
お父さん
二月八日






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