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Virginity―ユニコーンの囁き(1)

置き場所を閉鎖してから、長く人目に触れることのなかった小説です。
久しぶりに思い出して読んでみたら、なかなかに好きなキャラクターたちの出てくるお話で、気に入っています。
渡航経験もないのに現地の雰囲気を出そうと必死に調べ物をして、必死だったなあ。と思います。
注意事項として、いわゆるBL…男性同士の性愛表現があります。
大変申し訳ありませんが、苦手な方はスルーなさってください。

■画像について
その時々で、場面に合うと感じた画像をみんなのギャラリーからお借りしています。
しかし内容がBLですので、使われたくないと思った場合は変更いたしますので、作者までお知らせくださいませ。
よろしくお願いいたします。


❇︎

 …馬に似た白い体に大きな一つの角を持つユニコーンは、不思議な獣である。
 大変賢く獰猛であり、捕獲するのは不可能に近いとされていた。
 そこで人々は額を寄せ集めて、知恵をしぼった。美しい処女を選び、森に置き去りにする。
 するとユニコーンは処女の膝に頭を載せて眠ってしまうので、簡単に捕まえることができるという。
 しかしこの処女が偽物であった場合、彼女は怒り狂った獣に殺されてしまうという。
 東洋における龍や蛇神と、類似性が認められる逸話である。
 この獣は空想上の存在でありながら、スコットランド国の象徴として公式に認定されている。
 スコットランドを連合の一翼に持つイギリスの国章にも、その姿が認められる。ブリテン王国の象徴であるライオンは左側、ユニコーンは右側にあって中央の盾を支える。
 イギリスの元植民地であったカナダ国章にも、同様の意匠が見られる。
 不可思議なことに、ユニコーンの足は鎖に縛られている。危険な生き物だというのが、その言い分である。
 対する左側のライオンは、縛られていない。
 果たしてユニコーンは、ライオンよりも獰猛だったのだろうか。
 …ユニコーンは、謎の多い生き物である…。

 …いつも清潔に整えられていて、乱れたことなどないように感じる褐色の髪が。
 しだいに湿り気を帯びてくるのを感じながら、地肌に指を差し入れた。
 くぐもった声が漏れて、不明瞭に揺らめきながら名前を呼ぶ。
 …ウィル…。ウィル…、ぼくは…っ…。
 理知的な光を絶やしたことのない鮮やかなグリーンの瞳は、焦点がぼやけていた。
 苦しむように頭を振っても、拭い去れない熱に今や浸食されつつある。
 ジリアン・ロイの唇から、抑えた息がこぼれた。
 ウィリアム・ヒューバートは、その鞭のようにしなる躰を抱きしめ、耳朶を噛むばかりに顔を寄せている。
 後ろ抱きに膝の上に座らせているから、ジリアンからはウィリアムの顔が見えない。
 そのことが、一抹の不安をかき立てる要因になっているのか。
 ジリアンは、太腿の上に置かれたウィリアムの手に、自らのそれを重ねていた。
 ウィリアムはジリアンの耳朶に口づけながら、太腿に置いた手を少しずつ中央部へずらしてゆく。
 ジリアンの手は、添えられたままだ。
 核心を掌の中心におさめてからも、急に動こうとはせずそのままあたためるように覆い続ける。
 腕の中の青年が安堵の息を漏らしてから、掌の包囲をじわりと狭めた。
 普段はクールで爽やかなジリアンが、甘く呻いて身をよじる。
 自分の前でだけ見せてくれる姿に、自然と笑みが湧いた。
 少し前までは、同性とこの種の行為に及ぶことなど思いもよらなかった自分が、今やすっかりのめり込んでいる。
 ウィリアム・ヒューバートは、ゲイではないはずだ。
 ただ、幼なじみで長く親友だったジリアン・ロイは、彼の中で特別な存在だった。

 …ジリアンとの出会いは、十年以上前にさかのぼる。
 彼はカナダの首都オタワ近郊の小さな町から、大都市トロントへ転校してきた。
 オタワの冬は運河が完全に凍りつくため、人々はスケートで通動するというのは有名な話だった。
 転校生はスケートが上手いかどうかという話が、当時ウィリアム達の間で持ち切りだった。
 氷雪に閉ざされるカナダの長い冬を、人々はスケートやカーリング、スキーなどに興じてやり過ごす。
 国技であるアイスホッケーは、地域ごとに多くのクラブチームが存在するほどだ。
 もちろん、子供も例外ではない。
 ウィリアムの所属するチームは、加入希望者にトライアウトという名のテストを行い選別するほど人気があった。
 コーチがかつてプロリーグにいた人物で、バンタムクラスというローティーンのクラスにいる彼の息子も、大変ホッケーが上手だったからである。
 オタワから来る転校生は、きっとスケートが得意だろう。
 アイスホッケーに向いた、筋肉質の体つきをしているのではないか。
 皆がなんとはなしに抱いていた想像と、かけ離れた人物がやってきた。
 ジリアン・ロイは、小柄で痩せっぽちだった。整った顔に鮮やかなグリーンの目が、ひどく人目を惹いた。
 姿勢が良く、黙って立つだけで絵になる少年だ。着ている物も皆と違い、芸能人かと思うほどあか抜けていた。
 ぽかんとしている皆の前で、ジリアンは気さくに白い歯を見せる。
『…トライアウトにパスしたら、仲間だね』
 いたずらっぽいを光を浮かべた瞳が、くるくるとよく動く。少し大き目の口元には、いつも何かを面白がるような笑みがたたえられている。
 ジリアン・ロイは、利発で人なつこい少年だった。
 彼には他人より容姿が優れているといった自負は、まるでないらしい。
 本人より熱心だったのがジリアンの母親で、彼をモデル事務所に入れたり、アクターズスクールに通わせたりしていた。
 芸能活動にはそれほど気乗りしていない様子のジリアンだったが、やるからにはベストを尽くそうと努力していたようだ。
 脚本のない撮影でもひとりで設定を考え、この人物はどんな状況に置かれており、どんな感情を持っているのかを考えて演技していたそうだ。
『だって、どんな性格かもわからない人間にはなれないよ。…それに、撮影って待ち時間が長くて、けっこう退屈なんだ』
 ジリアンはさらりと答えて笑っていたけれど、ウィリアムは知っていた。彼が並外れた努力家だということを。
 まだ誰も来ていないロッカールームで、黙々と汗を流している姿を見たのは一度や二度ではない。
 ジリアンは他の少年より体格で劣る面を敏捷性と抜群のスケート技術で補って、短期間のうちに補欠からレギュラーメンバーに選ばれるまでになった。
 それを運の良さや器用さだと陰口を叩く者もいたけれど、的を射た評価ではなかったと思う。
 ジリアンのスケート技術は、アイスホッケーと並行して続けていたフィギュアスケートで培われたものだった。
 彼の日課は、早朝のランニングに始まる。
 登校前に、フィギュアスケートの練習を済ませる。撮影がない日は授業にでて、放課後はウィリアムたちとアイスホッケーをする。
 フィギュアスケートの試合が近づくと、深夜にも練習が組み入れられる。その他に、バレエや演劇理論も学んでいたらしい。
 ウィリアムには、ジリアン・ロイがいつ眠っているのか不思議でならなかった。彼は勉強にも手を抜かず、とても成績がよかったからだ。
 フィギュアスケートがオフシーズンに入る春から夏場にかけては、ジリアンにも同級生と同じ遊びをするだけの余裕がいくらか与えられる。
 ウィリアムの家はジリアンが引っ越してきた家と同じブロックにあったので、徒歩か自転車で行き来することができた。
 IT企業で重役を務めるジリアンの父エリックは留守がちのため、ウィリアムの一家はジリアンと母親のバーバラを誘って何度もキャンプに出かけた。
 しかしジリアンにとっては母親同伴のキャンプより、ー人で遊びに来てウィリアムの部屋に泊まったことの方が印象深かったようだ。
 ヒューバート家はオープンな性質で、四つ上の姉もジリアンをかわいがっていた。
 彼にタルト作りを手伝わせて、粉だらけになった手やジャムのついた頰を指し、みんなで笑った。
 母とピッツアを焼き、バーベキューの支度をする父を手伝う。ジリアンはまるで、一家の末息子のようだった。
 夜にはウィリアムの部屋に来て、一緒にゲームをした。
 昼間はしゃいだ疲れがでたのか、ジリアンはいつの間にかウィリアムにもたれて眠っていた。
 ひどく無防備な、赤ん坊のような寝顔をしているので、しばらく起こさずそのままにしておいてやった。
 帰り際にあまりにもしょんぼりしているのが気の毒になって、ウィリアムは言った。
『遠慮しないで、いつでも来いよ。せっかく友達になったんだから』
 ジリアンの頰に、バラのような血色が差した。彼は顔じゅうを輝かせ、何度もうなずいた。
『…うん。うん…!』
 後に知ったことだが、この時期ジリアンの父母は別居中だったそうだ。後に離婚したことを、彼からそっと告げられた。
 さびしかったら、正直に言ってくれればいい。もっと自分を頼ってくれてもいいのに。
 友人として、ウィリアムはとても歯がゆく感じた。
 彼は辛い時でも弱音を吐かず、楽しいことの方に価値を見出そうとする。
 ポジティブな姿勢は、一見とても良いことのように見える。しかしそれは、時として陰に潜んだ本質的な問題を、人々の目から覆い隠してしまう。
 風のように爽やかなジリアンの態度は、深刻な事態に陥っていることを周囲に気づかせない危うい面があった。
 親友のウィリアム・ヒューバートでさえ気づかなかった。家族はもちろん、当人でさえその危険性を理解していなかった。
 そうした時に、事件は起きたのだ。

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