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Virginity―ユニコーンの囁き(2)

置き場所を閉鎖してから、長く人目に触れることのなかった小説です。
大体気に入っているのですが、もう少し…と思う部分があり手を入れました。
直しすぎてとんでもない方向に舵を切ったり、元に戻そうとあがいたり。
極端に振れがちな自分の性質を中和しないと、この迷宮からは永遠に出られない気がしました。
ようやく、脱出できたかもしれません。焦らず、ぼちぼちいきましょう、ぼちぼち。
いわゆるBL…男性同士の恋愛感情が出てきます。
大変申し訳ありませんが、苦手な方はスルーなさってください。

前回のおはなし↓

❇︎


 ロッカー室の床に、ウェアを剥ぎとられた半裸のジリアンが、血の気を失って倒れている。ゴミ箱は倒れ、ホッケーのスティックや衣類が散乱していた。
 リンチに加わった者たちは、ウィリアムの友人たちによって取り押さえられていた。
 友人らに助け起こされたジリアンは、軽く揺さぶられても目を覚まさない。
 腫れた顔は血に汚れ、見るも無惨な姿だった。
「ジリアン! ジリー! おい――!」
「だめだ、動かすな。早く先生を呼んで来いよ!」
 とり押さえられた者たちは、大人がやってくる前に逃げようと必死だ。彼らと格闘しながら、ウィリアムと親しいテッドが問う。
「ウィル! こいつら、どうする?」
 大人たちがくる前に、なにか言っておきたいことはないか。
 テッドは、そう言いたかったのかもしれない。
 ウィリアムは友人たちの言葉を、聞いていなかった。耳には入っていたのは音声だけで、意味は一向に入ってこなかった。
 倒れているジリアンを目にした時、ウィリアムの中で何かが爆ぜたのだ。
 意識が白く発熱し、視野が一点に絞られてゆく。
 彼らのうちの一人…主犯格と思われる大柄な少年の胸ぐらをつかみ、問い詰めていた。
「なぜ、こんなことを!」
「ヘ…っ、お前ら、イチャイチャかばい合ってよ。デキてるんだろうって言ったのさ。そしたらジリアンの奴がいきなりぶん殴ってきやがるから、やり返したんだ」
「なんだと」
「女みてーな顔をしてるくせに、生意気なんだよ」
 …何かが軋むような音を、ウィリアムは聞いた。噛み締めた歯の間から、くぐもった唸りが漏れる。
 必死に制止する仲間の声は、もう耳に入らない。
 ウィリアムは体が大きく力も強かったが、温厚さで知られていた。彼が本気で怒ったのを見た人間は、ほとんどいない。
 しかし一度沸点に達すれば、誰も彼を押し留めることができない活火山のような威力を秘めていた。
「許さない…っ」
 視界が熱く絞られ、不意に溶解する。
 我に返った時、ウィリアムは肩で大きく息をしながら大人に背交にされ、床に転がる卑怯者達を見下ろしていた。

 暴力をふるったウィリアムには厳格な注意が与えられたけれど、罪には問われなかった。
 リンチ犯たちチームを追放され、表面上は以前と変わらず練習が続けられている。
 チームメイトの中に、ジリアン・ロイの姿がないという一点を除いては。
 ジリアンは事件をきっかけに、アイスホッケーをやめてフィギュアスケートに専念することになった。
 見た目の割に傷が浅く、脳震盪と打撲だけで済んだのは幸いなことだった。
 しかし卒倒するほど驚いたジリアンの母親が、危険なスポーツを続けることを許さなかったのだ。
 素直に親の期待に応えてきたジリアンが、その時ばかりは抵抗したという。
 彼はウィリアムの家までやってきて、ホッケーを続けられないことを告げた。
「ぼくは、やめたくないんだ。だけど…」
 道具もリンクの使用料もかかるスポーツは、親の協力なしに続けることはできない。
 うつ向くジリアンが気の毒になり、ウィリアムは言った。
「チームを抜けても、俺たちは親友だ。いつでも遊びにこいよ。家だってすぐ近くなんだから」
「…本当に?」
「大歓迎さ。スケート仲間には変わりがないんだし。…父も母も姉も、きみのことが大好きだ。来なくなったら寂しがるよ」
「…うん。…うん…」
 ジリアンがようやく顔をあげ、いつもの笑顔を取り戻す。
しかしその目は薄赤く染まっており、ひそかに泣いていたのではないかと思われた。
 大きな庭のある立派な屋敷に、ジリアンは両親と住んでいる。裕福な暮らしぶりは、周囲の嫉妬を買うほど恵まれたものに見える。しかし、彼はどこか寂しそうにしていることをウィリアムは知っていた。
 若いころモデルをしていたというジリアンの母バーバラは、華やかな香りを周囲に振りまく女性だった。
 家に遊びに行くと、高級ホテルのケータリングだというケーキがブランド物の皿で供される。
 シャンパン香を放つ紅茶も、宝石のようなフルーツの盛り合わせも、ジリアンに言わせれば「普通の紅茶と、ウィルのママのクッキーのほうがおいしい」のだという。
 バーバラは、かつて果たせなかった夢を息子の上に追っているのだろうか。
 彼女が楽しんだ後、城のような巨大な建物の中に、ぽつんと置き去られた陶器のマリオネット。
 両親が留守のときに家を訪ねたとき、ウィリアムがジリアンに対して抱いた印象である。
 ほとんど姿を見たことのない父エリックと、パーティやサロンにしょっちゅう出かけている母バーバラ。
 両親の間で、健やかそうな笑顔を見せるジリアンの本心を、誰も知らないのではないか。…ジリアン自身でさえ。
 不意に彼を抱きしめたい衝動に駆られ、ウィリアムは唾を飲みこんだ。
 両側に木偶人形のようにぶら下げた腕が余って、やけに胸元が寂しい。
 ウィリアムは肩をすくめ、冗談めかして言った。
「きみが有名になったら…幼なじみに会う暇なんて、ないかもしれないけど」
 ウィリアムはごく軽く言ったつもりだった。
 しかしジリアンは、印象的な緑の瞳でじっとこちらを見つめてくる。
 彼は静かに、だが揺るがない口調で言った。
「そんなことは、ない。…そんなことはないよ…』
 真剣に見つめられると、照れくさくなる。
 ウィリアムはあさっての方角を見て、意味もなく頭を掻いた。
「じゃあ、いつでも来いよ』
「うん、そうする」
 結論に至ってしまえば、何も悩むことはない気がした。二人は並んでベッドの端に腰かけて、笑いあった。
「なぁ、ウィル」
「なんだ」
「みんなが驚いてたけど、きみがそんなに怒るところを見てみたかったな」
 意識を失っていたジリアンは、後から事件のあらましを聞いて知ったという。あの現場を見られていないのは、この場合幸いというべきだろうか。
 ウィリアムは恥じ入り、大きな体を縮めた。
「だめなんだよ。いったん火がつくと、抑えがきかなくなるんだ。そうならないように、気をつけてたのにな」
「ウィルの意外な一面を知ったな」
「もう、言わないでくれ。たっぷり後悔はしているんだから」
「わかったよ。もうロにしないと約束する。…でも、きみが助けてくれたことは一生忘れない。ありがとう、ウィル」
「いや…。知らせてくれたのはテッドとマイクたちだし、俺は…」
 長い睫毛に囲まれたグリーン・アイから視線を逸らし、ウィリアムは口の中でもぞもぞ言った。
 本当は、ジリアンを守ることに騎士めいた快感を覚えていないと言えば嘘になる。
 だがその気持ちを押し進めれば、リンチをした者たちの邪推を肯定することになってしまう。
 その上一度感情が昂れば、後戻りできない性質は自身がよく呑みこんでいる。
 ウィリアム・ヒューバートは、自らの中に芽生えつつある感情にひたすら目をつぶり、気づかぬふりをすることで体面を保ち続けようとした。
 ジリアン・ロイの方から、時を経て告白されるまでは。

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