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長い冬の終わり。セーフモードで生きるとき

 文鳥の白ちゃんが甲状腺機能低下症を発症してから2か月余り、私たちはセーフモードで生きていた。どこの家庭でも、弱り目に祟り目とでも言いたくなるような時期があるけれど、2月の我が家はまさにそうだったと思う。
3月を迎えた今日、ようやくぬかるみから抜け出し、こうして日記をつけている。noteに帰ってこられて嬉しい。コロナに覆われた日常を経て、再び巡った春の訪れに、自分が予想した以上に喜びを感じているひとが、日本中にあふれていそう。色々あっても、私たちは日々ベストを尽くしている。

 先月我が家ではコロナによる休校の副作用か、ますます学校嫌いとなったムスメが、期末テスト前だというのに部屋中に鬱屈をまき散らしていた。
白ちゃんはといえば、呼吸時のぷつぷつ音が少し小さくなったかと思えば、あくる日には体重が減少して餌のシード(種子)を飲み込みたびに激しくむせるようになるなど容態が安定しない。およそ1か月の治療で回復が見込めるはずだったのに、食欲が落ち、1種類のシードしか受けつけなくなった。ムスメと私の日課には、雑穀ミックスから「ツヤ」と名付けた光沢のある種子を、プラスティックのスプーンで選別する作業が加わっていた。

 手のひらにのせたシードを一粒ずつくちばしにくわえる白ちゃんの、種子の外皮を実から外す動作は、元気なときに比べるとたどたどしい。「プチっ」と実から皮のはじける音がするまでに時間がかかるのだ。食事中に手を近づけると、「ピピイ!(食事の邪魔をするな)」と私たちを威嚇した、小気味のよい勇ましい姿はどこへいったやら。素直に手のひらからシードをついばむ従順さに、病状の重さが読み取れる。ゆっくりとした咀嚼に「上手だねえ」と合いの手をいれつつ、喉は詰まっていないか、水を欲しがってはいないかと様子をうかがうシチュエーションは、何かに似ていた。ムスメが乳児だった頃、病気の彼女を見守り感じた緊張感を、私は久しぶりに思い出していた。親の介護をされている方々には及ばないけれど、ペットとはいえ看病は着実に心を蝕んでいく。

 「やる気がでない」「学校に行くだけで精一杯」とのたまうムスメの声はBGM化しており、耳にするだけで気持ちが滅入る。子どもに寄り添う大切さを理解していても、常に実行できるとは限らない。「わかるけれど、そうはいっても進級するにはテストを受けなくてはならないし、留年したら嫌いな学校にもう1年通うことになるよ。それでは時間がもったいないから気持ちを切り替えて……」と優しく、あるいは怒気を含んだ声で諭す行為そのものに倦んでくるのだ。彼女の気持ちを引き立てるべく、カフェや公園に連れ出して息抜きを図りながら、1人旅を最後にしたのはいつだろう、と現実逃避をしたくなっている自分がいた。

 1日に3回数十分にわたり、食餌の補助と嫌がる白ちゃんにお薬を飲ませるための攻防戦を繰り返しながらも、すべきことを片付けていく毎日。マンション修繕委員会への出席、車の雪かき、仕事、取材の段取り、買い出し、と用事をこなすだけで疲れ、日常を楽しむ余裕はなくなり、とうとうエンプティモードに突入した。義務だけでスケジュールが埋められ、心が乾いていく。創造性を遊ばせる余地はなくなり、書きたい素材も宙に浮いたまま。
一種の酸欠状態に陥った私は、いつまで先のみえない状態が続くのだろうと、半ばやけっぱちで冬を過ごしていた。
 そして昨日、ムスメと車で走行中に黄色く警告ランプが点滅した。ディーラーに問い合わせ、すぐに確認してもらったところエンジン関係のトラブルが見つかった。パソコンの不具合、白ちゃんの発作による仕事のキャンセル、ムスメの赤点、度重なる動物病院への通院、子どもの持論に辛抱強く付き合い、希望のもてる展望へくつがえすまでに費やすエネルギーと消耗…。この1か月あまりのあれこれのとどめが、2月に入って2回目に遭遇した車の故障だなんて。うなだれる私に、「ママ気の毒だよね、わたし受験勉強頑張るわ。とりあえず課題だけど」とムスメがめずらしい発言をした。

 タイミングの悪い事柄の続いた最後に、パンドラの箱は開けられたのだろうか。いつも不満を言う立場を死守していた彼女が親に同情したのは、初めてかもしれない。ムスメが自主的に勉強をすると宣言しただけで、背中が軽くなる。思い返せば、彼女に勉強をうながす行為が嫌だった。暮らしにのしかかる重荷にうめいていたけれど、一番堪えていたのはムスメの行く末に対する親の責任とプレッシャーだったのだと気づく。彼女が前向きになると、空気までもが軽やかに変化したようで心なしか世界が明るく見える。
イナスを掛け合わせているうちにプラスに転じたのかしら。だとしたら本当にありがたい。

苦しさの先には希望があるとは知っていても、その最中には信じられないときもある。今回のトンネルは結構堪えました。でも底まで落ちたら、あとは登っていくだけだ。何といっても我が家にも春は訪れたのだから。



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