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4 きっかけは突然に

↓前回のお話




櫂「よう人気者w」

慶太「今日は変装しなくていいのか~?w」


大学の学食でいつものように櫂と慶太と昼ご飯を食べにやってきた〇〇。

先に来て席を確保してくれていた二人は、〇〇の姿を見るなり、ニヤニヤしながらからかうように弄ってきた。

CanCamの発売後、一躍時の人になった〇〇は大学や街中でも話しかけられることが多くなった。

それに若干嫌がっていた〇〇を見かねた櫂と慶太が帽子やら伊達メガネなどでの変装をおススメしてくれたのは良かったのだが、面白がった二人が妙に気合を入れて「どうせ買うならちゃんとしたものを買おう!」とブランドショップを連れまわされて、お金もないのに高い”変装道具”を買わされたのだ。

しかも、人の噂も七十五日、とはよく言ったもので、すぐにそんなに声もかけられなくなったから、〇〇は変装を辞めていた。


〇〇「まったく、面白がりやがって」


〇〇は二人に小言を言いながらも、いつものように四人掛けのテーブル席のひとつに、先ほど買ってきた学食のトレーをテーブルに置きながら、自らもゆっくりと腰を下ろす。


櫂「悪い悪い、でもスゲーじゃん雑誌デビューなんて」


〇〇「だから、雑誌デビューっていっても代打でたまたまだって言っただろ」


慶太「代打でたまたまでも、表紙デビューなんて普通無理だって」


櫂と慶太は先に食べ始めていたそれぞれの食事を頬張りながらも相変わらずおかしそうに、でもどこか真面目にそういった。


長い付き合いだから、二人が変な感じで弄っているわけではないということはわかる。


それでも、〇〇は小さく肩をすくめながらスプーンを片手に食事を口に運ぶのだった。





食事を終えた三人は、大学をでて駅までの道を並んで歩く。

大学から駅の近くまで伸びる遊歩道の並木道は、深緑の木々が萌え、歩くには心地よい空気が漂っている。


もう何回通ったかわからないいつもの道。

いつも自然と〇〇が真ん中で、右隣には櫂、慶太が左隣。
まるで漫才の立ち位置のように、自然とその形になる。そうでないと違和感があるような感じ。


櫂「今日は何からやるかね~」


櫂が愛用のドラムスティックをくるくると器用に回しながら話題を切り替えた。

話題は他愛もない雑談から、この後の予定についてだった。
今日は三人集まって思い切り自由に音を弾きならす日。
通称「ビートデイ」。


慶太「やっぱはじめはアップテンポに行きたいな」


〇〇「アップテンポか、例えばなんだろ、メタルとか?」


櫂「うげ、メタル16ビートが多いから大変なんだよ… それに、俺は8ビートのほうが好きなんだよな」


いわゆる8ビートはロックミュージックに多く使われていて1小節に8つの音が入り、ドラムが欠かせないロックミュージックでは定番のビートである。

ドラマーの櫂が好むのも頷ける。

一方で16ビートは1小節に16の音が入るので、非常に細かい音の表現が可能になるがその分演奏は大変。
しかし、いわゆる令和になった現在はデジタルで音楽を作ることができることもあり、この16ビートでも多くの名曲が生まれている。


〇〇・慶太「えー、それが楽しいんじゃんww」


だからこそ、それを弾きこなすことに楽しさを感じるのも事実だった。


櫂「…技巧派変態どもめw」


〇〇「ははは、でも俺も8ビートは好きだよ。時間はあるんだし、いろいろ楽しもうよ」


慶太「そうだなw」


櫂「16ビートも慣れていかないとなw」



なんだかんだで音楽が好きなもの同士。
おまけに生まれた時からの幼馴染であり親友同士。
価値観は違うこともあるけど、それも含めて認め合い、楽しむことができる。

それがどんなに素晴らしいことか。

当の本人たちは意識していないのである。




三人がやってきたのは〇〇たちの通う大学から少し離れた場所にある住宅街とオフィス街の中間のような街。

その街中にあって若干浮いているというか、異質な雰囲気を醸し出している古い倉庫が併設されたような形の雑居ビル。

下手すると廃墟と間違いそうなぼろっちい外観。

しかし、よく見るとそこには「Gen‘s MUSIC STUDIO」と消えかけた鉄製のさびたプレートが表札のようにかけられている。


周りの街中の雰囲気に似つかわしくない、閉じられた少し大きく分厚い倉庫特有の扉を開けると、間接照明のような必要最低限の灯りが空間を照らし、その壁や床に所狭しとかけられたり、置かれたりしている無数の楽器たちが目の前に広がった。

誇りひとつかぶらずに丁寧に整備されているそれらを横目に三人は慣れた感じで奥へと進む。


〇〇「お爺~、いる~?」


先頭を進む〇〇が奥へと声をかける。



お爺「おお、来たかガキども」

すると、二階のほうから声がしたと思ったら、上階に続く奥のほうの階段からゆっくりと無造作に伸びた白髪にひげを蓄え仙人のような風体に、デニム生地の年季の入ったエプロンをつけた初老の老人が下りてきた。


〇〇「今日もよろしくねお爺」



いつものようにお爺のスタジオをかりて音楽にまみれるつもりだった。

お爺は、仕方ないな、と小さくつぶやきながらもどこか嬉しそうというか、楽しそうというか、そんな感情の欠片を忍ばせながら、〇〇たちのもとに近寄ってきた。


お爺「今日もいつも通りか?」


〇〇「うん、スタジオをフリータイムで使わせてほしいんだ」


お爺「仕方ないな」


慶太「どうせほかに客なんていねーだろ?」


お爺「やかましい! おれが認めた奴以外は客じゃねーから来なくて結構なんだ!」


慶太「はいはい、認めていただき光栄でございますw」


お爺「ふんっ、お前らもまだまだだがな」


そういいつつも、お爺は三人をつれてスタジオがある2階の階段へ向かう。


いちおうここは貸音楽スタジオでもあり格安で借りることができる。

とはいっても、〇〇たちがここに通い始めてだいぶたつが、〇〇たち以外の客がいたことなんて見たことがない。

なぜつぶれないのか不思議だが、そんなことよりもお金のない貧乏大学生である〇〇たちに格安でスタジオを貸してくれることがありがたく、そこまで追求しようとは思わなかった。

以前に一度「なんで貸してくれるのか」と聞いたことがあったが、さっきみたいになんだかんだでうまくはぐらかされてしまった。




お爺「そうだ、今日はちょっとお前たちに会ってほしい奴がいるんだが、少しだけいいか?」


不意に前を歩いていたお爺が、歩きながら〇〇たちに訊ねてきた。



〇〇「会ってほしい人?」



お爺がそんなことを言うなんて珍しい。

いつもならスタジオに案内されてすぐに自分の作業スペースに引っ込んで、終わったら声をかけるだけだった。

〇〇たちは思わず顔を見合わせたが、断る理由もなかった。


〇〇「俺たちは構わないよ」



お爺「そうか、よかった。こっちだ」



お爺はそういうとそのまま歩みを進めて、二階の奥のほうにあるスタジオのほうまで進んでいった。



薄暗いスタジオの前までやってくると、お爺が立ち止まった。



お爺「待たせたな」


お爺はスタジオの操作パネルの前の椅子に腰かけていた人物に向かって声をかける。

その人物は声に反応して立ち上がりこちらに歩み寄ってきた。


その人物がゆっくりと灯りに照らされて誰だかわかると、予想外の人物で〇〇たちは思わず驚きの声を発した。


〇〇「秋元さん!?」


目の前にいたのは、秋元康だった。



秋元「これは驚いた、まさか〇〇くんたちとは…  先生、彼らですか?」


秋元は〇〇たちから視線を外すと、そばにいたお爺に視線を向けてゆっくりと訊ねるような口調でいった。


秋元から”先生”と呼ばれるお爺に、〇〇たちは驚きつつも、当の本人はなにもなかったかのようにいつも通りに近くの椅子に腰かけながら口を開いた。


お爺「ああ、こいつらだよ、お前に紹介したかったのは。てか、お前ら知り合いだったのか?」


秋元「ええ、まあ。それにしても驚きました。まさか先生のお弟子さんだったとは」


お爺「弟子なんかじゃねぇよ。ただスタジオを貸してるだけだ。ただ、けっこういいもん持ってるとおもってな。お前に聴いてみてほしかったんだが、その感じだともうこいつらの演奏は聴いたことあんだろ?」


秋元「はい、つい先日ですが」


お爺「そうか…」



二人はアイコンタクトのようにお互いの目を見るとなにやら沈黙してしまった。



たまらず、〇〇がゆっくりと空気を読みながら言葉を発する。


〇〇「あの、秋元さんはお爺とお知り合いなんですか?」


秋元「ああ、昔仕事でお世話になってね。僕なんかより〇〇くんたちが先生と知り合いというほうが驚きだ。それに先生を”お爺”呼びか…w」


お爺「おい、他言するなよ?」


秋元「わかってますw さて、本当は先生が聴かせたいミュージシャンの卵がいるという話だったのだが、〇〇くんたちの演奏はもう聞かせてもらって実力もわかってるから、僕からは〇〇くんたちに別の話をしたかったのだがいいかな?」


〇〇「え、はい、大丈夫ですが…」



秋元「単刀直入にいおう。君たち三人にデビューしてもらいたい」



刹那の沈黙。

次の瞬間、三人の驚愕の感情を乗せた声が鳴り響いた。


〇〇・櫂・慶太「「「え、ええーーーーーーーー!?」」」




お爺「うるせぇなぁw」


あまりに突然のことに、〇〇たちは驚きを隠せない。


〇〇「デ、デビューってどういうことですか!?」



秋元「言葉の通りだ。君たち三人のグループでデビューさせたいと思っている。乃木坂などと同じ坂道グループとしてね。」


〇〇「ま、待ってください、それって俺たちにアイドルをやれってことですか!?」



秋元「広義で言えばそうだ。ただ、君たちはバンドグループでそれこそが真骨頂だと思ってる。基本的にはそのままの形態で活動してもらって構わない。ただ、ちょっとダンスとかはやってもらうかもしれないがね」


それを聞いて少し安心はしたが、やはり〇〇の胸には突っかかる思いがあった。


〇〇「で、でも、デビューって俺たちただの素人ですよ!?」



秋元「”ただの”ではない。この前の演奏を聴いて、これまで多くのアーティストを見てきた今野くんと私が認めた才能をもっている。それに、先生のお墨付きもね」


そういわれながら隅で椅子に腰かけるお爺を横目でみると、その視線に気づいたお爺は”ふんっ”と鼻で息をならしていた。



〇〇「…」



とは言われても、〇〇はもちろん、櫂も慶太もいきなりすぎて気持ちの整理ができなかった。



秋元「今すぐにここで返事をしなくていい。じっくり考えてくれ。でも、これだけは覚えておいてほしい。君たちには才能がある。君たちの音楽や才能には人々を引き付ける魅力がある。僕は君たちと一緒に仕事をしたいと心から感じた。ぜひ前向きに考えてほしい」



秋元康にここまで言わせるのがどれほど凄いことか、その時の〇〇には理解できず、ただ呆然と返事を返すのが精一杯だった。



〇〇「…はい、わかりました」




しばらく沈黙が場を支配した。

言葉を発することも、動くこともできない〇〇たち。




見かねたお爺が立ち上がり、パンッと手を一回打った。


お爺「まあ、ぐちゃぐちゃ考えても仕方ないだろ。今日は演奏しに来たんだろ? とりあえず音を鳴らして頭空っぽにしてこい」



お爺に言われるがまま、〇〇たちはスタジオに入り半ば無意識に楽器を準備していった。


〇〇はギターを肩からかけて、慶太もベースを構える。櫂はドラムセットにスタンバイしてスティックを静かに構える。



しかし、誰も音を出そうとしない。


〇〇は頭の中でいろいろと考えていた。



デビュー?

なんで自分たちが?

才能? そんなものあるのか?

これからどうなってくんだ?




いくつもの疑問が頭に渦巻く。


それは漠然とした不安。
うれしいという感情よりも不安が勝っていた。



いっそ断ってしまえば、
この感覚から解放されるのでは




〇〇がそう考えた瞬間だった。


ヴィィィン!
ズダダンダン!


ベースとドラムスの大きな音が室内に響き渡った。

無造作に弾かれた勢いだけの音。


でも、それが〇〇をハッとさせた。

いつの間にか下がっていた視線をバッと上げると、そこには櫂と慶太の優しい表情が飛び込んできた。



慶太「なんて顔してんだよ〇〇」


櫂「どうせ、いつもの癖で考えすぎてネガティブに入っちまってたんだろ」




二人にはお見通しだったらしい。

だからこそ、思い切り楽器をならし、〇〇を現実世界に引き戻したのだ。




櫂「気持ちはわかるぜ、不安がないっていったら俺だってうそになる。でもさ、もっとたくさんの人に俺たちの音楽を聴いてもらえるかもしれないんだぜ」



慶太「YouTubeはじめたときお前いってたじゃん」



”俺たちの音楽で少しでも楽しんでもらえたり、日々の暮らしのプラスに思なってくれたらいいな。俺たちはそのために楽しんで音楽をしようよ”




慶太「俺たちは別に有名になりたいとか、そんなことで音楽をやっているんじゃない。音楽を楽しんで、それを聴いてくれるひとも感じてくれればいいなとおもって活動してるんだろ」



櫂「メジャーデビューだろうと俺たちがやることは変わらないはずだぜ。音楽を純粋に楽しむ。これだけだ」



慶太「そうそう、難しく考えるだけ損だぜ?」




二人の言葉をきいて、〇〇の心は軽くなった。


そうだ。
自分たちが音楽をするのはそんな難しいことじゃない。

純粋に楽しいから。

そして、それを聴いてくれる人が楽しんでくれて喜んでくれるから。





忘れかけていた気持ちが戻ってきた。





〇〇「…そうだよな。 ありがとう、櫂、慶太」



櫂「ああ」

慶太「おう」



三人の顔に笑顔が戻っていた。




〇〇「…よし! 演奏しよう! 思い切り盛り上がる曲で!」



慶太「いいねー! よーし思い切りアップテンポでいこう!」



櫂「しょーがねーな、お前ら遅れるなよ!」




三人はそれから思い切り音楽を奏で続けた。








その様子をスタジオの外から密かに見つめる秋元とお爺。



秋元「もう、大丈夫みたいですね」


お爺「ったく、あいつらめ世話をかけさせおって」


秋元「ハハ、いいグループじゃないですか。僕は彼らの演奏しか知らなかったですけど、ますます上手くいくと思えてきましたよ。彼らはチームとしても素晴らしい」


お爺「チームがどうかは知らんが、あいつらの演奏はそんじょそこらのやつなんかよりははるかにいい。そこだけは俺が認める」


秋元「…かつて圧倒的な作曲センスとプロデュース力で音楽業界を席巻し、数多くのトップアーティストを育て上げてきた”三浦玄”にそこまで言わしめるとは、この先が楽しみですね」


お爺「ふんっ、俺はもう引退した身だ。もうおとなしくしてるつもりだったんだが、あんな才能の塊みたいな奴らを前に、年甲斐もなくあてられちまったみたいだ。おれも陰ながらサポートするつもりだから、あいつらのことよろしく頼むわ」


秋元「先生の頼みとあらば仕方ないですね」


お爺「その先生っていうのいい加減やめろ。お前が俺の弟子だったのなんて何十年前だと思ってる」


秋元「私にとっては先生は今でも先生ですから」


お爺「ふんっ、勝手にしろ」






それから〇〇たちは、秋元にデビューを受けることを伝えた。







つづく


※この物語はフィクションです。
※実在する人物などとは一切関係ございません。

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