3 きっかけは突然に
まさかの秋元康と今野義雄に演奏を聴いてもらえるというスペイベをなんとかやりきった〇〇は、再び平穏な日々を過ごしていた。
その日は唯一とっていた大学の授業が休講になり、おまけにバイトも入れていなかったから朝から悠々自適にのんびりできると思い家でゴロゴロしていたのだが、そんな平穏な1日をぶち壊す一件の電話が鳴った。
スマホの液晶にうつる名前を見て、〇〇は深々とため息をついた。
そこには実の姉の名前。
こんな事言うのもなんだが、姉から連絡が来る時はたいてい良いことではない。それはこれまでの経験が物語っていた。
しかし、電話に出ないという選択肢もない。
そんな選択をしたら、のちのち面倒だということもわかりきっていた。
〇〇「は~い」
気だるそうな雰囲気を隠さずに電話に出る。
姉「もぅ、何その声。朝からシャキッとしなさい」
出方を間違えた。
これはお小言を言われる流れだと、〇〇は心のなかでため息を付いたが、予想は外れていく。
姉「まぁいいわ、ちょっと急いでるの」
姉は電話越しにもわかるくらい急いでいるらしく、いきなり本題に入った。
姉「私の代わりに予約していた服を取りに行って欲しいの。午前中に取りに行く予定だったんだけど、外せない予定はいっちゃって行けなくて」
〇〇「午後行けばいいじゃん」
姉「午後は元々無理だったのよ。明日着る予定があるからなんとか今日中に受け取らないといけないの。じゃあLINEに予約票と地図送っておくからよろしくね」
姉はそれだけ言うとブツッと電話を切ってしまった。
〇〇「仕方ないな」
〇〇は急いで出かける準備を始めるのだった。
LINEで姉から送られてきた地図を頼りに目的の店に向かう。
〇〇「しっかし表参道とか来ないから全然わからん」
平日の朝ということもあり、比較的人の少ない表参道の道を進む。
ナビに従って表通りから脇道に進み少し落ち着いた雰囲気の通りに差し掛かる。
もう少しだな。
ナビを見ながらそう思ったその時だった。
ちょうど曲がり角に差し掛かった瞬間に、対面から来た人とぶつかり手にしていたスマホを落としてしまう。
??「あぁ、申し訳ない」
ぶつかった人は、すかさず〇〇が拾うよりも早く、〇〇が落としたスマホを拾い上げる。
??「大丈夫かな。画面とかは割れてないみたいだけど―」
〇〇「ありがとうございまー??」
拾い上げてくれた人からスマホを受け取ろうとするが、手が離れないので思わず顔を上げてその人に視線を合わせる。
いわゆるオフィスカジュアル風の爽やかなコーディネートを着こなすイケオジ風の男性。
とはいってもまだ40歳くらいだろうか、すらっとした体格から若さも感じられる。
そんな男性はじっと〇〇を見たまま動かない。
〇〇「あのー…」
なんだか若干の気味悪さも感じながら、声を掛けると我に返ったかのように男性はハッとして言葉を発する。
??「あ、申し訳ない。申し訳ないついでに、少し時間もらえたりするだろうか?」
〇〇「はい?」
あまりに突拍子もない言葉には思わず素っ頓狂な声が出る。
??「申し遅れました。私は小学館の藤元と申します」
そういいながら藤元と名乗る男性はジャケットから取り出した名刺入れから一枚名刺を取り出して丁寧に〇〇に差し出した。
名刺なんて渡したこともなければ、受け取ったこともないので、〇〇はたどたどしい手つきで名刺を受け取る。
名刺には「株式会社小学館 メディア事業本部 出版企画部 CanCam編集長 藤元泰文」と書かれていた。
大学生の〇〇でも、その名刺を見てこの藤元という人が怪しい人でないことはすぐさま理解できた。
〇〇「あの、それで俺になんの用が…」
藤元「すまないが時間がなくてね。ちょっとついてきてほしい」
〇〇「え、あ、ちょっ!」
そういうと藤元は〇〇の腕を掴むと半ば強引に歩き出した。
仕方なく付いていくと、表参道の裏通りに面した公園だった。
まるで表参道の喧騒から隔絶されたような静かな空間。
こんなとこがあるんだな。
そんなことを思っていると、その静かな空間を引き裂くような怒声が響き渡った。
??「すいませんじゃねーよ!!!」
〇〇「!?!?」
あまりの怒号に思わず身をこわばらせる〇〇。
声のする方を見ると、簡易的に立てられたテントに何人かの大人が集まっていて、その中心ではスーツ姿の何人かが一人の男に向かって深々と頭を下げていた。
見るからにヤバい雰囲気。
近づきたくない。
しかし、藤元はまさにその中心に向かって歩みを進めた。
その最中にも話が聞こえてくる。
怒る男「だから、どうしてくれるんだよ! 主役のモデルがいなかったら撮影できねーだろ!」
謝る男「も、申し訳ございません。完全にこちらの手配ミスです」
怒る男「手配ミスってなんだよ! 家で寝てたって聞こえたぞ! あん!?」
謝る男「い、いえ、決してそのようなことは!」
怒る男「代役はいつ来るんだよ!?」
謝る男「ただいま手配しているところでして…最低でもあと2時間はかかるかと…」
その他、聞こえてきた話をまとめると、どうやら今日ここで雑誌の撮影をする予定だったらしいのだが、そのメインのモデルが寝坊して来れなくなったらしい。
怒っているのはどうやら撮影監督で、謝っているのは来る予定だったモデルの事務所のマネージャーのようだ。
怒る男「ったく! あん? 藤元、なんだそいつは?」
ひとしきり怒った男はようやく近くまでやってきていた藤元と〇〇に気づいたらしく、鋭い眼光のまま視線を向けた。
藤元「さっきそこで会ってね。ところで、代役はやっぱり厳しそうかい?」
怒る男「ああ、今から2時間かかるとかほざいてやがる。んな時間ねーのわかってるだろうに」
藤元「そうか。一つ提案なんだが、彼に代役を任せてみるのはどうかな?」
〇〇「ええっ!?」
全員「「「ええっ!?!?」」」
〇〇を含めてその場にいた全員が驚きの声を発した。
怒る男「おいおい、正気か?」
藤元「ああ。せっかく準備したんだ。どうせ中止にするならダメ元でも撮ってみよう。それに、彼なかなか逸材だと思うんだよね」
そういいながら優しい口調で藤元は〇〇の方をポンと叩く。
それを見た先程まで激昂していた男はズイッと〇〇の眼前に顔を向けて、まるで品定めでもするかのようにジロジロと見続ける。
ボサボサに伸びた髪に無精髭。近づくと臭ってきたタバコの香り。つけていたサングラスをぐいっと上にズラして様々な角度から〇〇を見定める。
やがて男は元の位置に戻ると、ふーっと大きく息を吐いてから声を発した。
怒る男「まぁ、悪くねー。こいつでいこう」
藤元「よし。じゃあさっそく準備だ。遅れてるから急いでいくよ!」
藤元がパンパンと手を叩くと周りのスタッフたちは大急ぎで準備に取り掛かり始めた。
藤元は〇〇に向き直る。
藤元「そういえば、まだ名前を聞いてなかったね」
〇〇「あ、えと、喜多川〇〇です…」
怒る男「なんだ、名前すら知らなかったのかよ」
男は呆れた声で藤元にいう。
藤元「紹介が遅れたね。この怒りっぽい男は近藤玄司。今回の撮影監督を務めてもらってる」
〇〇「よ、よろしくお願いします!」
近藤「おぅ、挨拶できるじゃねーか。チャラチャラしたどこぞのやつよりよっぽどいいわな」
近藤は厭味ったらしく、テントの端で小さくなっている怒られていたマネージャーに向かって言い放った。
藤元「まぁまぁ、過ぎたことは仕方がない。それより、今から撮影の内容を伝えるから頑張って理解してほしい。それと、今回の撮影は女性モデルさんとペアで撮影するから、準備できたら挨拶しにいこう」
〇〇「はい、よろしくお願いします」
〇〇は覚悟を決めてこの状況を乗り越えることに全力を向けることにした。
それから着替えやメイク用のマイクロバスで準備を済ませると、藤元の案内で控室代わりのミニバンに案内される。
藤元がノックしてからドアを開けた。
藤元「橋本さん、お待たせしてすいません。今日の相手役のモデルさんが変更になりまして、ご紹介します。喜多川〇〇くんです」
そこにはすでに準備を終えてスタンバイしていた乃木坂46の橋本奈々未の姿があった。
ただ車のシートに座っているだけなのに画になるのはなぜだろう。
そんな疑問を振り払いながら、〇〇は挨拶をする。
〇〇「はじめまして喜多川〇〇と申します。慣れていないのでご迷惑をおかけするかもしれませんが、精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」
奈々未「乃木坂46の橋本奈々未です。こちらこそよろしくお願いします」
藤元「挨拶も済んだし、せっかくだから撮影開始まで少しお話しててもらおうかな。少しでも打ち解けた雰囲気で撮影してもらいたいしね」
奈々未「え、二人でですか?」
藤元「そう。いちおうこらからカップル役で撮影に臨んでもらうから、ウォームアップってことで」
奈々未「わかりました」
藤元「〇〇くんもいいかい?」
〇〇「はい、わかりました」
そう言い残すと藤元は去っていき、そこには〇〇と奈々未だけが残された。
奈々未「えっと、じゃあ座って話しましょうか」
奈々未の言葉に〇〇はミニバンの中に乗り込んで奈々未の近くの席に腰を下ろす。
奈々未「喜多川さんはモデルさんなんですか?」
〇〇「いや、えっと、言いにくいんですけど一般人でして…」
奈々未「一般人!? え? どういうことですか?」
〇〇「いろいろあって藤元さんに連れてこられまして」
〇〇は事の経緯を奈々未に説明すると、奈々未もようやく理解できたらしく、藤元ならやりかねないと納得していた。
奈々未「それは大変でしたね。じゃあ、普段は何をされてるんですか?」
〇〇「大学生なので大学行ったり、友達とバンド組んだりしてるので楽器演奏したり、あとはバイトとかいわゆる普通の大学生活を送ってますw」
奈々未「大学生なんですね。ちなみに何年生ですか?」
〇〇「今大学生3年生です」
奈々未「1992年生まれ?」
〇〇「そうです」
奈々未「ほんと!? 同い年だ。私は早生まれだから1993年生まれ!」
〇〇「ホントですか! うわー、なんか親近感湧いちゃいます!」
奈々未「私も! そうだ、せっかくだから名前で呼び合おうよ。敬語もなし!」
〇〇「え、でも、いいんですか?」
奈々未「うん! これから恋人役なんだから、そのほうがいいでしょ」
〇〇「わかりー、わかったよ。あらためてよろしくね奈々未」
奈々未「こちらこそよろしくね〇〇」
スタッフ「橋本さん、喜多川さん、ご準備お願いしまーす!」
ちょうどいいタイミングでスタッフが2人を呼びに来て、いよいよ撮影がスタートした。
最初は街なかでの撮影。
奈々未と並んで歩いたり、待ち合わせ風のカットを撮影したり。
キッチリと決めていく奈々未に対して、慣れていない〇〇は右往左往してしまう。
近藤「おい〇〇! もっと自然に! 堂々としてろ!」
〇〇「は、はい!」
ときに近藤の檄を受けながら撮影が進む。
続いてはカフェのシーン。
奈々未と向かい合って座りながらカップルらしく談笑する演技をする。
近藤「〇〇! もっと笑え! 彼女といるんだぞ、そんなしかめっ面でどうする!」
〇〇「す、すいません!」
奈々未「ふふ、どう? 少しは慣れた?」
奈々未は口に手を当てながら問いかける。
わかっているくせに。
彼女が少しだけイジワルに見えた。
〇〇「わかってるでしょ、もうアップアップだよ。本当に奈々未のこと尊敬しちゃう。スゴイよ」
奈々未「そんなことないよ。私は〇〇より少しだけ経験してるだけ。〇〇もちゃんと出来てると思うよ」
〇〇「いやいや、近藤さんに怒られてばかりだし、全然だよ」
奈々未「…イイコト教えてあげる。近藤さんってね絶対妥協しないの。ダメだと思ったらOKは絶対出さない。素人の〇〇を代役にすることにOKしたのも驚いたけど、〇〇が近藤さんの要求にしっかりと応えていけてることにもびっくりしてる」
〇〇「…」
奈々未「だから、自信を持って」
そういうと奈々未は優しく〇〇の手をテーブル越しに握りしめてくれた。
〇〇「奈々未、ありがとう」
それから、奈々未のお陰でなんとか無事に撮影を終えることができた。
スタッフさんにお礼を言って、一番迷惑をかけた近藤さんにも頭を下げると、無言でバシッと背中を叩いて行ってしまった。
そのあと藤元さんに簡単な契約書にサインをしたりといった手続きをしてもらって、ようやく全てが終わり公園のベンチで一息ついた。
奈々未「おつかれ」
さきほどのカフェで買ってきてくれたアイスコーヒーを手に奈々未がやってきてベンチに並んで座った。
奈々未「どうだった、はじめてのモデルは?」
〇〇「大変だったけど、達成感はあるかな」
奈々未「おっ、じゃあまた共演できるかな」
〇〇「奈々未のレベルに行き着くのは相当時間かかりそう。 それに、俺はそもそも素人ですからw」
奈々未「えー、プロでもいけると思うけどな。ねぇ、もし芸能界入ることになったら、また共演しようよ。約束だからね」
〇〇「そうだね。そうなったらまた一緒にできたら嬉しいな。その時は約束するね」
お互いを認め惹かれ合う二人。
今までにない自然な笑顔で笑い合う二人の姿を茂みの陰からこっそりとシャッターを切る音が捉えていた。
藤元「隠し撮りは感心しないな、近藤」
茂みの陰からカメラを構えていたのは近藤だった。
真剣な表情でカメラを構える近藤に、藤元は静かに近づきながらたしなめるように言った。
近藤「見ろよ、これ」
しかし、近藤は悪びれる様子もなく、視線を〇〇と奈々未に向けたまま撮影したばかりの写真を藤元に見せた。
そこには、画角の中でまるで本物のカップルのようにナチュラルに笑い合う〇〇と奈々未の姿が収められていた。
それは、思わず見るものを惹きつけてやまない素晴らしいショットだった。
藤元「これは、素晴らしいな…」
近藤「だろ? こんないい画、見逃せるかよ」
藤元「…近藤、もう少し違う角度からも―」
思わず身を乗り出して、近藤と一緒に藤元も乗り気になる。
結局、隠し撮りはしばらく続くのだった。
それからしばらくたってCanCamが発売された。
その号はたちまちすぐに話題になる。
表紙には最後に密かに撮影された〇〇と奈々未が仲睦まじく笑い合う最高の1枚が採用されて表紙を飾った。
そのあまりに美しい構図とモデルの表情。
奈々未の相手の無名モデルが誰なのか、SNSでバズって〇〇が大変だったのはまた別のお話。
秋元「今野くん、今日発売されたCanCam見たかい?」
今野「はい。まさか、いきなりファッション雑誌の表紙デビューしてしまうとは」
秋元「まだ事務所に所属したり専属契約したりはしていないんだな?」
今野「はい。そちらはまだだと確認してます。ですが藤元さんにお話聞いたところ、すでにCanCamは専属契約したいと言ってます。」
秋元「やはり原石だな。こうしてはいられない。早く動かなければ」
今野「すぐに〇〇くんたちを呼びます」
つづく
この物語はフィクションです。
実在する人物などとは一切関係ございません。
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