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「いかなる花の咲くやらん」第11章第4話 「五郎や いかに」

五郎が太刀を真甲に充て、四方を見回し立ちたる様は、古の漢の高祖、はんかいのようでもあり、鬼のようでもあった。
そこへ白い大口袴の腿立ちを取って挟み、棟鍔の太刀を担ぎ、腿寄を銀で覆った太刀の鞘を前下がりに腰に帯びた、堀藤次が立ちはだかった。打ち合うと見せかけ、耳元で囁いた。
「お気持ちお察しいたします。ですが、残念ながら十郎殿はもうこと切れております。
十郎殿の最後の望みは、頼朝様へのお目通りでございます。
私が逃げるふりをして、頼朝様のご寝所までご案内いたします。どうか、追って来てください」
五郎は驚いて藤次を見つめた。「さあ」と囁くと藤次が駆けだした。
慌てて五郎はその後を追った。
五郎丸という童がいた。比叡山に奉公し、十六歳で仇を討ち、怪力で、優れた馬乗りであったので、頼朝に気に入られ仕えていた。その五郎丸がお屋形の入り口で敵の様子を伺いつつ、女の姿をまねて立っていた。
そこへ、五郎に追われた堀藤次が逃げ込んできた。五郎も続けて藤次を追った。藤次も五郎も女の格好の五郎丸には気を配らず、中に入ろうとしたところ、その女が肘を取って「えいやっ」と抱き着いてきた。五郎丸はそのまま自分の体に引っ掛けて倒そうとしたが、五郎はびくともしない。五郎はそのまま、五郎丸を引きずって二間、三間歩いた。かなわないと思った五郎丸は「敵を捕まえたぞ。えいや。えいや」と叫んだので、五郎は刀で切り落とそうとした。ところが、この時が五郎の運の尽きだった。血のりがべったりと付いた刀は、走っている間に手から滑り落ちていた。
腰の刀を取ろうと思ったが、腰の刀は先ほど亀若に渡してしまっていた。そこへ相模の国の加この太郎が『逃がすな、ものども』とやって来た。藤次がしまったと思った時、御厩の小平次が「討つな、討つな。取り押さえろ。取り押さえて、御前に引き出」と叫んだので、大勢が五郎の手を取り、足を取り、髻を取って庭へ引きずりだし、その場で討たれることはなかった。
(あのまま、切りあっていたら、この場で五郎殿は討たれていたであろう。何故か知らぬが腰の刀が無かったことが、幸いしたな。これで、明朝には、頼朝様にお目通りできるであろう)と、藤次はほっとした。
御厩の小平治が頼朝の御前に参上して、
「頼朝様、夜討ちは、曽我の兄弟でございました。十郎は討たれ、五郎は搦め取られました。」
と、申し上げた。
五郎は小平治の下僕の国光に預けられ、御厩の柱に縛りつけて監視をされた。

参考文献 小学館「曽我物語」新編日本古典文学全集53


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次回は「孝養、報恩の縄」


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