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創作大賞応募用    いかなる花の咲くやらん 第8話 知る

和田義盛が湯本から三浦へ帰ろうとしていた時、大磯の辺りでお昼になった。子供たちもいたので、どこかで昼餉を食べようということになった。連れの朝比奈義秀と、「せっかく大磯に来たのだから、最近話題の虎という踊り子を座敷に呼んでみたい」
「曽我十郎殿と、良い仲だそうですが、ちょうど、十郎殿も大磯にいらっしゃるとききました」
「それは、ちょうど良い。十郎殿とも久しぶりにお会いしたい」
というながれで、二人を呼んで、酒宴が開かれた。
「本当に美しい方ですな。十郎殿が羨ましい」
「ところで、五郎殿はご一緒ではないのですか」
「五郎もおりますよ。お声がかからなかったので、遠慮して、控えております」
「何を、遠慮することがあるものか。五郎殿にもお会いしたい。ぜひ、お呼び下さい」直に五郎も座に並び、酒宴は続けられた。
「ああ、楽しかった。そろそろ夕方ですね。三浦まで今日のうちに帰らなければなりません。お暇致します」
義盛一行が帰った後へ亀若が来た。
「亀若ちゃん遅かったわね。他にお客さん?」
「ええ、今まで工藤祐経様のお座敷に居りました。たった今お帰りになったばっかりで」
「なに、工藤祐経と。兄上」
兄弟は目を合わせうなずきあった。
「急用ができましたので、ここで失礼させていただきます。永遠さん、また」
二人は、大急ぎで工藤祐経経を追った。
すぐに追いついたが、大勢のお供がいて手が出せなかった。
「すぐに大磯にもどっては、工藤祐経を追って出たと思われてしますので、三浦まで馬を走らせてから、大磯へ戻りましょう」

生来、勘の鋭い亀若は先日、兄弟が座敷から急に帰ってしまった様子を見て、もしかしたら工藤様を追っていったのではないかと気が付いたのだ。(あの兄弟は仇討ちをしようとしている。どうしよう。少し前なら仇討ちは武士の誉れ。成就のあかつきには、士官も叶い、領地も元に戻されたでしょう。でも、今は頼朝様の世。世を乱す仇討ちは禁じられている。まして、工藤様は頼朝様の側近。御自分の部下を殺されて、頼朝様が黙っていらっしゃるわけはない。どうしよう。どうしよう。

大磯へ戻った五郎に亀若が声をかけてきた。「五郎様、つかぬことを伺います。全くの検討違いでしたら申し訳ございません。
もしや、先日は工藤祐経様を追っていらしたのではないですか。お二人の仇が工藤祐経様であることは、昔、噂になりました。それでも時が過ぎ、時代も変わり、もう仇討ちはなさらないものと思っておりましたが」
「いやいや、何をおっしゃいますか。仰せの通り時が過ぎ、時代が変わり、それでも仇を討とうなどと、気骨のある者ではありません。どうかそのような推察はなさいますな」
「いいえ、五郎様は気骨のある方。いつも五郎様を気にかけておりましたこの亀若にはわかります。他言は致しません。どうか本心をおうちあけください」
「・・・」
「以前、大磯で永遠さんと十郎様が初めて会った時、あれは頼朝様が安産祈願に高麗神社にいらしたときでした。世間ではその話でもちきりで、皆が頼朝様を一目見ようと大磯へ集まっていました。それなのにお二人は、その日に頼朝様がいらっしゃることをご存知ありませんでした。
そんなことでは、いつまで経っても仇討ちなどできますまい。
私は茶屋で働いておりますので、様々なお噂が耳に入ってまいります。工藤祐経様がいつ、どちらへお出かけなさるかを、五郎様にお伝えすることも出来ます。どうか、私に本当のことを教えていただけませんか」
「いや、仇討ちなど微塵も考えておらん。気骨者であるなど、亀若殿の買い被りですよ。あっはっはっ」
「わかりました。では、私は勝手に工藤祐経様のお噂を、五郎様に伝えさせていただきます。それなら、よろしいですよね」
「そこまで、おっしゃっていただけるなら、そうしてください。私も兄上に付いて大磯まで中四日と空けずに参っております。亀若さんとお話できるのであれば、それも楽しみというものです」

亀若は決意した。(五郎様が仇討ちを望んでおられるのであれば、私はお手伝いをしよう。たとえ、世間が二人を世間を騒がすの不届き者と罵っても、私だけは五郎様の味方でいよう)
愛する五郎のために情報集めをしようと決めた亀若はもう、月蝕を恐れるような軟な娘ではなくなっていた。その後、亀若はことあるごとに工藤祐経の動きを五郎に伝えた。

「五郎様、頼朝様は森戸に、自分が信仰する三島神社の文例を勧請し、たびたび訪れています。別荘を建てて、そこへ遊覧しているようです。森戸の海は特に夕日が美しいことで有名で、流鏑馬や相撲で遊んでいるようです」
「そうですか。亀若さんの情報網はすごいですね。でも、仇討ちは考えておりませんよ」
家に帰った五郎が、十郎にその話をすると
「それならば、祐経が同行する可能性は高いな。よし、次に頼朝が森戸へ行くときに様子を見てみよう」
二人は次の頼朝の遊行の時に、ひそかに後を付けた。果たして祐経の姿はあった、しかし祐経の周囲には常に人が多くいて、なかなか好機は得られそうもなかった。そして一行は夕日を眺め、夜になると月明りの中を船で鎌倉へ帰ってしまった。この様子では森戸で祐経を討つことは難しそうであった。
また、ある時、亀若が掴んできた情報は頼朝の娘の病であった。
「長女の大姫様が病にかかりました。頼朝様は足しげく大山へ通い、日向薬師へ平癒祈願の巡礼をされています。頼朝様は日ごろは大勢の家来を引き連れておいでですが、この時ばかりは途中で馬を降り、日向薬師まで歩いて向かわれるらしいです」
「ありがとう。その、徒歩の途中ならば、祐経を討つことが出来るかもしれないですね。
これだけ、いろいろな情報を得るためには大変な苦労もあり、危ないこともあるでしょう。これ以上白を切るのは罪悪感を覚えます。亀若さんを信じて本当のことをお話いたします。亀若さんのお考えの通り、私たち兄弟は父の仇を討とうとしております。このことは母にも誰にも言っておりません。お理解のこととは思いますが、決して他言は無用です。今まで誰も味方がいないと思っておりましたが、ここにきて百万の見方を得たような心持です。しかし、くれぐれも危ないことはなさいますな」
兄弟は次に巡礼の時に、大山へ先回りした。祐経の姿は確認できたが、ここでも祐経は人々に囲まれるように歩いており、今日も手を出すことは難しかった。
「兄上、祐経は我らに狙われていることをわかっていて、たいへん警戒しているようです。常に自分周りを警備の者に囲ませでいます。これでは、なかなかことがすすみません」
「何か、祐経を油断させる良い手はないものか」
「それならば、兄上と永遠さんが、目立つように二人で逢瀬を重ねるのはいかがでしょうか。今はひっそりと永遠さんと二人で大磯と曽我の間で会っているだけですが、これからは鎌倉や葉山、三浦、大山など、色々な場所へ行くのです。美しい永遠さんを連れて歩けば、巷で噂にもなりましょう。『曽我の兄弟は仇討ちのために祐経を付け回していると思っていたが、美しい虎御前にすっかり上(のぼ)せて、もう仇討ちはやめたのだろう』と世間は思うでしょう。さすれば、祐経も油断をするのではないでしょうか」
「永遠さんを、利用するようで心苦しいが」
「大願成就のためです。なにも永遠さんを悲しませるようなことをするわけではありません。二人で出かけるだけです」

十郎は永遠を連れて、まず森戸海岸へ行った。
海岸の南側森戸川にかかるみそぎ橋を渡ると森戸神社に着く。
「永遠殿、ここは森戸神社です。平治の乱に敗れ伊豆に流された源頼朝は、三嶋明神を深く信仰し源氏の再興を祈願しました。そのご加護により旗挙げに成功し天下を治めた頼朝様は、鎌倉に拠るとすぐさま信仰する三嶋明神の御分霊を、鎌倉に近いこの葉山の聖地に歓請したのです。将軍自らこの地を訪れ、流鏑馬、笠懸、相撲などの武事を行っています。七瀬祓(ななせはらえ)の霊所としても重要な地です」
「七瀬祓いとは」
「七箇所の神聖な河海である 由比ヶ濱・金洗澤池(かねあらいさわいけ)・固瀬川・六浦・柚川・森戸・江の島龍穴でお祓いをすることです」
「そうなんですね。あら、あそこに岩の中から生えたような松があります」
「ああ、これが千貫松か。和田義盛殿が言っていた。頼朝様が衣笠城に向かう途中、森戸の浜で休憩した際、岩上の松を見て「如何にも珍しき松」と関心を持たれたそうです。そこで、出迎えの和田義盛殿が『我等はこれを千貫の値ありとて千貫松と呼んでおります』とお答えしたところ、頼朝様も、『素晴らしい。岩を貫き根を張り、天を目指して伸びゆかん。無理難題とも思えることを乗り越え、武士の頂点に立った、己のようだ。まさしく千貫の価値あり』とお気に召したようです」
「なるほど岩から生えているような松ですね。根はどうなっているのでしょうか。岩の中に土があるのでしょうか。昔から執念は岩をも通すと言いますね」
「私も岩をも通す強い信念を持つようにいたしましょう。
ああ、そうそう、この辺りには面白いいわれの木もあるのですよ。飛柏槇(ひびゃくしん)の木といって、源頼朝様が参拝の折、三島明神から飛来し根付いたものと言われています」
「三島からここまで、頼朝様を追って木が飛んできたとおっしゃるの」
「まあ、それは頼朝様は木にも慕われるお人柄と、周りの豪族の誰かが、噂を流したんでしょう」
「この木ですね。海を飛んできた槇の赤ちゃんが、石垣にぶつかって、海に落ちまいと、急いで根を張ってしがみついているようにも見えます。案外本当のことかもしれないですよ。ちゃんと大きく育つと良いですね。楽しみです」
森戸海岸から眺める夕景は、まるで溶かした黄金を空から海に流し込んだようであった。

二人は三浦半島にもしばしば足を運んだ。三浦には頼朝の御所が三か所あった。花の御所と言われ、それぞれが桃、桜、椿の名所で、頼朝は花の季節にこれらの御所へよく出かけた。
その御所の近くには走水神社があった。
走水神社からは、桜越しの海の眺めが見事であった。
「私、走水神社の神話を知っておりますよ」
「ほお、どんな神話があるのですか」
「 景行天皇の御代の話です。東の地方を鎮めようとしていたヤマトタケルの尊が、焼津の帰りにこの地から上総まで船で渡ろうとしました。でも、その時、海が荒れ、このままでは、ヤマトタケルノミコトが、無事に海を渡れないと思った妻のオトタチバナヒメが自ら入水して、海神のお怒りを鎮めになり、ヤマトタケルのミコトは、無事航海を終えられたということです」
「おかげで東の平定という天皇からの任務を果たすことができたのですね。壮大な話だ」
「この話を亀若ちゃんとしたことがあります。亀若ちゃんは素敵な話だと言いました。
『自分も愛する人が危ない時には、海にでも火の中でも飛び込んでお助けしたい。』と言っていました。でも私は、嫌だと思いました。愛する人のために犠牲になることは嫌ではありません。ただ、二人でずっと生きていたいと思ったのです。危なかったら、無理に海を渡らないで、陸を回って行けば良いではないですか。一緒に歩けばどんな遠回りでも幸せです。楽しいです。命を懸けるようなことはやめて欲しいと思います」
「永遠さん、共にずっと一緒に生きていきたい気持ちはわかります。ただ、そうできないこともあるのです。宿命というものが立ちはだかる…」
と語った十郎の顔は苦渋に満ちていた。
「やはり、何かお悩みがあるのですね。思い切ってお聞きしとうございます。時々お見せになる、思いつめたお顔は何なのですか。ずっと、気になっておりました。
宿命とは何なのですか。十郎様が抱えていらっしゃるすべてを永遠に教えてください」
時々十郎の笑顔の陰に暗いものがあることを永遠は気づいていた。
「一緒に居ても、遠くにいるように感じるときがあります」
十郎は自分は自分の背負った宿命を永遠に告げた。
「実は私は仇持ちの身の上なのです。今住んでいる曽我は義父の家で、本当の父は河津に居りました。父は私が五歳の時に父のいとこにあたる工藤祐経に殺されました。梅林で永遠さんに初めて会った直後です。その後 母が曽我殿と再婚しました。私は幼いながらも武士として、父の仇を討つと心に決めたのです。
「仇を討たなくてはならないのですか。お父様のことはご無念に思います。でも、お父様の菩提を弔いながら、ご自身の幸せのために生きていくことはできないのですか」
「弟の五郎は、父の御霊を鎮めるために一度仏道に入りかけました。しかし どんなに経をあげても、心の平静を得ることはできませんでした。いよいよ出家というときに、やはり仇を討つと決めて寺を出て、元服いたしました。
私たち兄弟は、工藤祐経を討つ以外に生きる道がないのです」
「生きる道とおっしゃっても、それは死への道ですよね」
「そうです。私はずるい人間です。永遠さんと共に巡ったのは頼朝様のゆかりの地ばかり。工藤祐経の動向が探れるのではないかと、そんな場所ばかり選びました。また、永遠さんと共にいる姿が世間で評判になれば、仇討ちは諦めたのだと、祐経を欺けるとも考えたのです。本当に申し訳ない。ですから私は永遠さんを愛する資格がないのです。永遠さんを幸せにすることが出来ない。永遠さんとの時間が楽しければ楽しいほど、ともに居たいと思えば思うほど、、幸せな分つらくなくのです。
あまりの優しさについつい甘えてしまいました。もう、会うのはやめましょう。あなたを仇討ちに巻き込むわけにはいかない」
「なんて、ご無体な」
永遠は泣き崩れるように、茶屋へ帰って行った。

亀若がつらそうな永遠の様子を見ていて、心配して声をかけた。
「永遠ちゃん、どうしたの。何かあったの」
「ありがとう。でも何も聞かないで。人には絶対に言ってはいけないことなの。
こんなに悲しんでいる姿も誰にも見せてはいけないんだと思う。でも、でも・・・」
布団をかぶって人に見られないように泣きじゃくる永遠を亀若は見守るしかなかった。
落ち着いたころに、亀若が声をかけた。
「もしかしたら、永遠ちゃんは十郎様と五郎様の秘密を聞いてしまったの」
「えっ、若ちゃん、知っているの?」
「うん。あの、兄弟の不遇は多くの人が知っている。でもそれは幼いころに起きた悲しい事件で。世の中も変わり、再婚するお母様と一緒に伊豆から曽我へいらして、まさか、もう仇討ちをしようとは思っていないだろうと、みんな思っているの。
でも、この前、義盛様がお座敷にいらしたときに、血相を変えて祐経様を追って行かれた兄弟を見て、私は気が付いたの。それから私は五郎様に協力して、祐経様の立ち寄り先を調べてお伝えしているの」
「どうして、そんなことを。酷い。
仇討ちをしたら、そのあとはどうなるの。
咎はうけないの。
もしも、仇を討とうとして逆に打たれてしまうということはないの。
私は嫌だわ。十郎様が死んでしまうなんて」
「わたしだって、ご兄弟には死なないでほしいと思う」
「なら、なんで、仇討ちに協力を。
私なら、仇が打てなくて良いと思ってしまう。危ないことはしないで欲しい。祐経様と十郎様が出会えないように、願ってしまう」
「そうだね。私も同じように願うわ」
「なら、なんで」
「死なないでほしい。ずっとおそばに居たいと思うけど、それは私の願いなの。
兄弟の願いではない」
「兄弟は死にたいの。違うでしょ」
「お二人だって、死にたいわけではないけれど、お父様のご無念を晴らすことが兄弟の本願なの。幼い時からずっとそのために鍛錬されて、士官もあきらめ、ただひたすら修練されてきたの。お父様への孝行、武士としての矜持なの」
「仇討ちは、頼朝様はお許しになるのかしら。」
「平家の時代から、源氏の時代になって、やっと、平穏になったこの頃、その平穏を破ることを頼朝様はお許しにならないと思う。兄弟はそれを分かっていて、それでも仇を討とうとしているのよ」
「お父様への孝行。武士の矜持。私にはわからない」
「そうね。私たち町民には分からないと思う。すべてを理解はできない。でも、兄弟の気持ちを想像して、寄り添いたい。私はそう思ったの」
「ほかのことなら、私だってそうしたい。でも、でも、命がかかっているのよ。
仇を討ってももう、お父様は生き返らないわ。それより、これから、兄弟が幸せに生きるほうが、お父様の望んでいらっしゃることなんじゃないの」
「何が幸せかは、その人しかわからない。その人自身もわからないかもしれない。兄弟の決意は固いわ。私はできる限りのお手伝いをしたい」

二人の言い合いはどこまで行っても平行線であった。しかし、その根幹にあるのはどちらも兄弟を思ってのやるせなさ。お互いの気持ちがわかりすぎるほどわかった。
永遠の叫びは亀若の気持ち、亀若の叫びは永遠の気持ちであった。
永遠と亀若は手を取り合って、泣き続けた。
茶屋の主の菊鶴にも、すべてが聞こえていたが、袖を涙で濡らしながら、(決して口外しまい。二人を見守ろう)と心を決めた。


参考文献 小学館新編日本古典文学全集53曽我物語

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