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創作大賞応募用    いかなる花の咲くやらん 第7話 時空

「兄上、あちらに頼朝様のお家来衆が控えている様子、祐経もいるかもしれません。行ってみましょう」
「そうだな。しかし、この人混みでは祐経がいても、手がだせるか」
「関係ない者たちを巻き込むわけにはいきませんね」
「とにかく、様子を見に参ろう」
そういって二人は、見物客たちから離れた。

「あーあ、行っちゃった」
「えー、残念」
お囃子が流れて、踊りが始まった。

「今日は祐経はお供をしていないようすだったな」
「それにしても、これだけの行事があったのに、我々は何も知らず。たまたま来ただけというのは情けない。こんなことではいつまで経っても、祐経に巡り合えません」
「そうだな。どうしたものか」
奉納の踊りが終わる頃、二人は見物客の中に戻っていた。

「あ、いらした」
「え、亀若ちゃんの好きな人?」
「好きだなんて、そんな。ちょっと良いなあって」
はにかむ亀若の視線の先には、色が黒くがっしりとした殿方が立っていた。
そしてその隣に、端正な顔立ちの背の高い殿方がいた。
(あ、あの方は)永遠は言葉を失った。
(ああ、ああ、会えた。梅林の君だ)
懐に肌身離さず入れていた虎御石がほんのりと温かくなった。
十郎も気がついた。
(あ、あの娘は)十郎は息をするのも忘れるほどに驚いた。
(間違いない。藤の妖精だ。)
永遠は舞っている間に梅林の君が消えてしまうのではないかと、気が気ではなかった。いっそ、舞台から飛び降りてしまおうと思ったが、十郎が人混みをかき分けて、こちらに向かっているのがわかったので、そのまま舞を続けた。舞い終わった永遠は、大急ぎで舞台から十郎の元へ駆けた。十郎と永遠は、しばらく見つめあった。それが一瞬であったのか、長い時間であったのか、二人にはわからなかった。

「あなたは遠いあの日、梅の林でともに踊った少年ですか」
「ああ、やはり現(うつつ)であったか。藤の妖精よ。どれだけ、あなたを夢見たことか。夢に見すぎて、あの日のことは夢か現(うつつ)か分からなくなっていました」
互いに心が結び合うのを感じた。
「不思議なご縁ですが、これが運命というものでしょうか」
「わかりません。何か大きな力で引き合わされたような。運命という一言で片づけてしまうにはあまりにも大きな力。どんな困難も、時も、距離もすべてを乗り越えて、結ばれなくてはならない定め。体の内から、心の中から、愛が溢れてくる感覚。私が私でなくなっていく」
「私も同じです。何かに突き動かされています。あなたと私の人格が溶け合っていくような。巡り会えた喜びで、満たされていく」

十郎は曽我の家からしばしば大磯の永遠のもとへ馬で通い、二人で大磯の海岸をよく散歩した。
「危ない。永遠さん、馬の後ろに立ってはなりません。馬は臆病で、見えない後ろに誰かが来ると、怯えて攻撃をしてきます。思いっきり蹴飛ばされたら、胸がつぶれて息ができなくなりますよ。子供のころに教わりませんでしたか」
「はい。乗るのはもちろん、こんなに間近に馬を見たのも初めてで」
「では、覚えておいて、今後は気をつけてください。やっと巡り会えたのです。そんなことで、離れ離れになるのは、とても悲しい」
「はい、気を付けます。ありがとう。あっ、あおばとが飛んでいる」
「あおばと?」
「そう、あの鳥の名前です」
「あおばとというのですか。きれいな鳥ですね」
「はい。全体的に緑色のが雌で、羽が赤っぽいのが雄です。あぶり神社のある大山に住んでいて、夏になると、こちらの海まで飛んでくるのです」
「水鳥でもないのに海に。波が来たらひとたまりもありませんね。何故、海に来るのでしょうね」
「塩をなめにくるといわれています。海水を飲むときに、さらわれることもあります。また、その時に隼に襲われたりもします。本当に命がけで、海水を飲もうとしているのです」
「へえ、あんな小さな体で、大いなる決心を秘めているのですね」
「生きるためにどうしても塩を摂ることが必要なのでしょう」
「生きるために,死を覚悟する。私の生き方と通じるものがあるような気がする」
「死を覚悟して生きる…。それは、武士の生き方ということですか。十郎様が死を覚悟していらっしゃるのではありませんよね」
「なんと言ったらよいのだろう。永遠さんに会うまでは、武士として常に死は覚悟していました。本望を成就するためには、この命と引き換えても構わないと思っていました。でも、永遠さんと巡り会った今となっては、思い悩む夜もあります」
「命に代えて成就したい本望がおありになるのですか」
「いやいや、永遠さんのおっしゃる通り、武士の生き方としてです。亡き父の教えです。永遠さん、何故、武士が腹を切るかご存知ですか。切腹はこれしか道がない、追い詰められて死を選ぶというのではないのです。自分が正しく生きた証として、命を持って主張するのです。そのことを、死を覚悟して生きると申しあげたのです。死を覚悟して懸命に生きるアオバトに私は感慨深いものを感じました」
「本当にそれだけですね。私は遠いところから参りました。何とかして、いずれ故郷に戻りたいと思っておりましたが、今は十郎様とここで共に生きていく覚悟をいたしました。十郎様も私と共に生きる覚悟をしてくださいませ。生きるための死ぬ覚悟ではなく、生きるための生きる覚悟をしてほしい」
「……。それにしても、ふしぎな人だ。馬の後ろに立たないという皆が知っているようなことを知らないで、皆が知らないようなことを沢山知っている。永遠さんといると、とても楽しい」
「私も楽しいです。十郎様といると、海の波を見ても幸せで、松ぼっくりさえ宝物に見えます」
「松ぼっくりが宝物ですか。それなら大磯から曽我まで拾って歩いたら、すごいことになりますね。ああ、では面白いものを作りましょう」
そういうと、十郎は懐の小刀を出して、落ちていた枝と松ぼっくりで何やら作り始めた。
「さあ、できました」
十郎が差し出したのは、松ぼっくりとで作ったやじろべえだった。松ぼっくりは、組み合わされて翼を広げ。尾の長い見事な鳳凰になっていて、左右にどんぐりが付いていた。
「すごい。器用なんですね」
「小さいころから、こういった細かい細工が好きでした。五郎によく作ってあげたものです」
「まあ、五郎さんは喜ばれたでしょうね。良いお兄さんだこと」
「五郎も真似をして作ろうとしましたが、五郎は力が余ってどんぐりも松ぼっくりもすぐに割ってしまう。そこで、やじろべえを置く台を作ると言って、岩を割っておりました。どうも細かい作業が苦手みたいで、それから五郎は『こういうことは兄上に任せる。俺は力持ちになる』といっそう鍛錬していました。今では五郎に叶う力持ちはおりますまい」
「兄弟でも、得意なことが違うのですね。そう言えば亀若ちゃんと五郎さんの出会いは、五郎さんがくるみを割ってくれたことらしいですよ」
「そうなんですか。五郎らしい出会いですね」
十郎はやじろべえに小刀で笑顔を書いて、永遠に手渡した。
「まあ、可愛い。ありがとうございます。笑ってる。大切にしますね」
「そうだ。手紙を書いてきたのです。毎日会いたいけれど、会えない日もある。そんなときもずっと永遠さんのことを考えてしまう。同じ思いがぐるぐるして、永遠さんが頭から離れない。そんな気持ちを手紙に書くと、頭がスッキリしてやるべきことが出来るようになります。永遠さんと離れているときの私の気持ちを全部したためてあります。」
「うれしいです。私も一人の時も十郎様のことを思っております。会えないときはとても寂しいです。このお手紙があれば、会えない寂しさも、故郷を離れた心細さも紛らわせることが出来ますね」
二人の心は幸せに満ちていた。

その日も十郎は虎女に会うために大磯に向かっていた。
二宮の小動浜に差し掛かった時、背後にヒューと音がした。振り返ると一本の矢が十郎めがけて飛んできた。
「しまった」
よもやこれまでと思った時にどこからともなく黒い米俵のような物が現れ、矢を受け止めた。
「なんだ。なんだ。確実に仕留めたと思ったのに。いったい何が起こったのだ」
一人の賊が驚いている間に、もう一人の賊が刀を抜いて、体勢を崩して落馬した十郎に斬りかかってきた。
ところがその切っ先は大きな火花を散らしながら、折れて飛んで行った。
またもや黒い米俵のようなものが、賊と十郎の間に割って入ったのだ。
「い、い、石が飛んできた。主は妖術を使うのか」
「引け。妖術にはかなわん」
「そうだな。ひとまず帰って、佑経様に報告しなくては」
賊はほうほうの体で逃げ帰っていった。
驚いたのは賊だけではない。十郎もまた、目の前に転がる矢の刺さった石を呆然と見つめていた。

十郎を襲ったのは佑経の家来であった。家来たちは佑経の屋敷へ戻った。
昨今、建長寺や八幡宮などをはじめ多くの建造物が鎌倉に建てられるにあたり、材木を扱う座(商工所)ができたことから、この辺りを材木座というようになった。佑経の屋敷はその材木座にあった。
「なに、しくじっただと。あの兄弟を野放しにするわけにはいかんのだ。あいつらは必ずわしを殺しに来る。仇討ちなど考えていないかのようなふりをして居るが、五郎が山を下りたのが何よりの証だ。この役立たずどもめ」
「しかし、十郎は妖術を使ったのです。一抱えもあるような大きな黒い石が突然現れ、我々を邪魔しました」
「矢を受け止め、刀の切っ先を跳ね返しました」
「あな、おそろしや」
「妖術だと。ならば、それは五郎の力であろう。あやつめ、箱根山での修行でとんだ力を手に入れおったな。これからはうかうかできぬな。常に警護怠らぬようにせねば」
「五郎の力でしたか」
「ああ、実はな正月に雉が屋敷に舞い込んできたことがあったろう。それの吉兆を占わせたのだ。すると、凶とでた。それも五郎の業に違いない。ええい、忌々しい。お払いだ。お払いの支度をいたせ」

一足先に大磯へ来ていた五郎と虎女が化粧井戸で話をしているところへ十郎がやってきた。
「兄上。おみ足をどうされたのですか」
馬から降りた十郎は左足を引きずるようにして歩いていた。
「いや、先ほど賊に襲われてな。こんな貧乏な身なりの武士を襲っても腹の足しにもならないだろうに」
「十郎様、よくぞご無事で」
「うむ。その時、不思議なことがあってな。まず矢を射られた。突然のことで防ぎようもなかったところへ、米俵ほどの黒い石が現れて矢を受け止めてくれたのだ。そして落馬した私に別の賊が斬りかかっていた。その時もその矢が刺さったままの石が間に入り、刀を跳ね返してくれた。賊は妖術だと恐れをなして、すごすごと逃げて行ったが、助けられた方としても何が何だか」
驚いた虎女は急いて部屋へ戻り、石を持ってきた。
「石とは、この石ですか」
「ううむ。色と形はそっくりだが、いかんせん大きさが全く違う。この石は?」
「はい。いつの頃からか私のそばにあり、事あるごとに私を助けてくれています。そして不思議なことに大きさは都度変わります」
「なんと」
「兄上、見てください。傷があります。ここに丸い穴。ここに切り傷のような」
「この石が私を助けてくれたのか。ありがたい」
そう言って十郎は石に手を合わせた。

大磯からの帰り道、十郎と五郎は襲ってきた賊について話していた。
「佑経といったのですか」
「ああ、去り際に『佑経様におしらせしなくては』と言っていた。虎女さんの前ではただの賊と言っておいたが、間違いない。あれは佑経の手のものだ」
「私が箱根の山を下りて元服したことを耳にしたのでしょうか」
「そうだな。我らが佑経の命を狙うと同様、向こうもこちらを狙っているということか」
「同様って。兄上まったく同様ではありません。我らは父の無念を晴らす仇討ちのため、佑経は己の保身のため」
「わかっておる。ただ、我らも油断してはならぬということだ。そして、これから奴はますますもって警戒することだろう。そうたやすく討たせてはくれんぞ」

ある日、永遠がお座敷から帰ってくると、亀若が布団を被って震えていた。
「何しているの?」
「今日ね、月蝕なんだって。丑の刻から。不吉でしょ。月の光に当たらないように、布団被ってるの。永遠ちゃんも、気を付けて」
『月食が怖いの?』
「永遠ちゃん、怖くないの。さっき頼朝様の御家人さんが話していたの。頼朝様が小山朝政様のお宅に行ったんだけど、月蝕が怖いから、今日はお泊りになるんだって。あんなに偉い人でも怖いんだから、本当に怖いことなんだよ」
「丑の刻はまだまだだし。御家人さんは家に帰らせたんでしょ。頼朝様は小山朝政様のお宅に泊まりたかっただけなんじゃない?今頃、白拍子呼んで酒宴でもなさっているんじゃないかな。頼朝様が怖いのは、月蝕じゃなくて、政子様だよ」
「えー、そうかな。だって、月が蝕まれて消えていくんだよ。月を食べちゃう魔物が夜空にいるんだよ。怖いよー」
「あのね。月食は、怖くないよ。ただの自然現象。
この行灯がお日様だとするでしょ。この、手毬が私たちのいる所。この手鏡が月。
月はね、自分で光っているんじゃなくて、お日様の光を受けて光っているの。この手鏡と同じ。それでね、これらは常に動いているんだけど、それがたまたま三つとも一列に並んじゃう時があるの。そしたら、ほら、手毬の影になって手鏡が光らないでしょ。そしてこれらがずれていくと、ほら、また月が明るくなった。ね、分かった?」
「全然、分からないよ」
「まあ、とにかく、怖くないから、めったにない天体の見世物を楽しもうよ。満月が欠けていって、無くなって、また満月になるなんて、普段は一月かかることがほんの数時間で見られるなんて、凄くない」
「うーん、そう言われれば、そんな気も」
「じゃあ、一緒に見ようね」
「丑の刻だよ。起きていられるかな。寝てしまいそう」
「まあ、そう言わないで」
「不思議だね」
「うん。天文って、不思議」
「違うよ。永遠ちゃんが不思議。永遠ちゃんが何言っているか分からなかったけど、さっきまであんなに怖かった月蝕が楽しみになった。永遠ちゃんって、何者?もしかしたら月から来たの?かぐや姫?」
「うふふ、内緒」
その晩、永遠は亀若の隣で月を眺めながら、母を思い出していた。
(お母さん、どうしているかしら。心配しているだろうな。会いたい。今を一生懸命生きていれば、いつか必ず会えると思う。お母さん、待っていてね。永遠はがんばっているよ)
永遠はそっと虎御石を胸に抱いた。

参考文献 小学館新編日本古典文学全集53曽我物語

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