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「いかなる花の咲くやらん」第14章第2話 「縁(えにし)」

令和四年(2022年) 平塚
 
三年の月日がたった。永遠と和香菜は、平塚の白藤稲荷に来ていた。
「今年も、藤の花が咲いたね。すごい良い匂い」
白藤稲荷は今は小さな祠と、畳二畳ほどの藤棚のこじんまりとした社になっている。通りに「虎女の文塚」の看板はあるが、気付く人も少ない。看板にはそれでも、毎年5月になると白い藤が咲く。大ぶりな花びらで、香り高い。
「永遠ちゃん、藤の花って色々花言葉があって、白藤は「なつかしい思い出」という花言葉もあるんだって」
「なつかしい思い出か」
「言い伝えでは、十郎様への思いを断ち切るために、ここで十郎様に頂いた手紙を燃やして。その煙が白藤になったってなっているよね。戻る途中にこの白藤の良い香りに包まれたけれど、白藤が咲いたのかな?私は咲いたところは見ていないんだ」
「ねえ、前にここで一緒に何か燃やしたことあったっけ?」
「ないよ。ここで手紙を燃やしたのは私と、鎌倉時代の友だちの亀若ちゃん。何回も和香ちゃんに話を聞いてもらったから、一緒にいたような気になってしまったんじゃない?」
「そうだよね。・・・一緒に手紙を燃やして、永遠ちゃんが石に乗って消えて行って、そのあと、煙が見る見るうちに白藤に変わって、むせかえるほどの香りがして。白い大きな藤の花が次々と咲いたの。あれ、おかしいな。」
「和香ちゃん・・・」
「永遠ちゃんの言う通り気のせいだよね」
「煙が白藤に変わるところを見た気がするの?もしかして和香ちゃん・・・。いやいや、そんなことあるはずないよね」
「あるはずないことが、いろいろあったからね。どうなんだろうね。何がおきても不思議ではない気がする。いやー、ないない。で、 永遠ちゃんは、卒業したら本当に出家するの?」
「うん。大学院に進んで、曽我物語の研究は続けていくけど」
「もう、十郎様のことは忘れて、別の生き方をしても良いとおもうよ」
「そうだね。そういう生き方もあると思う。でも、私はそうしたいの」
「そうか」
「この藤の花、八百年前の木なのかな。本当に良い匂い」
「ありがたいね。八百年も昔の塚を今もこうして残してくれているなんて」
「ほんと。維持してくれている人に感謝だね」
永遠は目をつぶって、胸いっぱいに、花の香りを吸い込んだ。そして祠に手を合わせた。
「私。永遠は卒業後、十郎様と五郎様のために出家したいと思います。どうか見守ってください」
「その、出家、少し待っていただけませんか」男の人の声がした。
驚いて振りむいた永遠の前にいたのは、なんと五郎にそっくりの青年だった。
「お久しぶりです。永遠殿」
「なぜ?どうして?五郎様なの?」
「はい。曽我五郎です。兄もいますよ」
そう言われて、指さすほうを見ると、そこに、あれだけ会いたくて、会いたくて思い続けた人がいた。
「十郎様」
「約束を果たしに参りました。生まれ変わったら、その時は添い遂げようと約束しましたよね」
 
「私が黄泉の国へ行くときに、何故か、なかなか成仏できずにさまよっていました。暗闇の中で、あなたが手紙を燃やしているのが見えました。あなたの元へ行こうとしましたが、思うように進めず、手紙を燃やす煙に導かれて歩いていきました。すると、急に明るいところに出て。この時代に産まれたのです。前世の記憶が蘇ったのは、つい最近のことです。
五郎とはこの時代でも兄弟です。前世の記憶が戻った時は信じられませんでしたが、五郎も同じ体験をしていたので、本当のことだと思えました。それからずっと、永遠さんに会いたいと思っていました。
今日、ここに来れば、会えると確信がありました。」
語りかける十郎、笑いかける五郎、涙する永遠。その隣で固まっている和香。
 
和香が、五郎を見つめて、
「五郎様。亀若です」と、呟いた。
 
しっかりと抱きあう永遠と十郎。はらはらと散る白藤の花びらを、湘南の風が勢いよく吹き上げ、高麗山の向こうに消えて行った。深緑の高麗山の上に大きなおはぎのような雲が浮かんでいた。
「あっ、虎御石。
私たちの縁(えにし)は結ばれていました。ありがとうございました」
虎は流れる雲に手を合わせた。雲は形を変え、笑顔のようになった。虎御石が二人を祝福し、笑いかけているようであった。


ご愛読ありがとうございました。
皆様との縁(えにし)がありますように。

 

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