生まれたっぽい町④
幼稚園は坂の上にきちんと存在していた。真っ昼間だから、園庭で遊んでいる園児たちが見える。昨日までの雨のせいでぬかるんだ土の上で、無邪気に駆けまわっている。職員と思われる女性は洗濯物を干していた。
毎日通っていた幼稚園と、二十七年振りの再会。僕が思ったのは「写真で見たのと同じだな」ということだった。アルバムで見たことのある園舎だなあ、と。つまり、当時の生の自分の記憶ではない。毎日通っていた幼稚園を見ても、奇跡は起きなかった。
いや、もう少し。もう少ししっかり見れば、あるいは中に入ることができれば、何か思い出すかもしれない。
ただ、問題がある。今の僕は三十三歳だ。無関係なのに幼稚園に居ていい年ではない。恋愛の経験では中にいる園児とたいして変わらないし、負けている可能性さえあるけれど、坂を上がって適度に息切れする程度に体は三十三だ。
三十過ぎの私服姿の男性が幼稚園を覗き見しているのは、普通に考えて大変ヤバい。迷子ですと言っても許してくれないだろう。
しょうがない、と僕はあきらめて帰ることにした。
だが、ちょうどその時、裏門から園の建物に入っていく男性を見つけた。きっと園の関係者だ。
またいつここに来ることがあるかもわからない。だめでもともと。僕は白髪頭のその男性に話しかけた。
「あの、こちらの園の方ですか?」
男性は不思議そうな顔で答えた。
「ええ。そうですが」
「あの、わたし、二十七年くらい前にこちらに通っていたものなんですが」
普段「わたし」などとあまり言わないけれど、とにかく不審に思われたくなかったので思わず口から出た。
「あの、もしできたら、中を見学させてもらえないでしょうか」
「……いつの卒業?」
「えっと五十九年生まれで六歳までいたので、えっと……平成……えー」
「先生は誰やった?」
「オオヤ先生です。年中の時は、ばら組で……えっと、卒園の時はひまわり組でした」
情報だけは無駄に記憶している僕は、唱えるように固有名詞をひたすら言った。おかげで、男性は僕が卒園生だということについては信じてくれたらしい。
しかし、男性は怪訝な顔で聞いた。
「はあ。それで、何の目的で中を見たいんですか?」
言われて困った。
何の目的なんだろう。別に中に入ったからといって、知っている人がいるわけでもない。担任の先生が結婚して園を離れたことは大昔に年賀状か何かで知っている。建物も、写真の記憶しかほぼない。
中に入って、見学して、僕は何がしたいのか。
きちんとした理由を見つけられなかった僕は、思うままを言った。
「見たいだけです」
男性はきょとんとした。
無理もない。
「あ、いや、あの、昔、通ってたとこが今どんな感じかなと思いまして。あの、だめだったら全然いいです! 大丈夫です!」
慌ててそう告げると、男性は笑って言った。
「あー。入りな、入りな」
僕の慌てっぷりに少なくとも悪いやつではないと思ったのか、男性は笑顔で門を開けてくれた。
なんか、一人で鶴瓶さんみたいなことをしていると思った。