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八神庵の紐

 架空のキャラクターにも、仲良くなれそうな人となれそうにもない人がいる。

 仲良くなれない気がするのは「ザ・キング・オブ・ファイターズ」に登場する八神庵だ。

 庵は真っ赤な髪で、伸ばした前髪を垂らしている。趣味はバンドで腕っぷしが強い。あんまり学校に来ない不良の同級生みたいな感じ。たまに登校してくると、居るだけで教室が異様な緊張感に包まれる。先生も明らかにびびっている。そんな雰囲気のやつ。

 格闘ゲームのキャラクターなのに、嫌いなものは「暴力」と言っている。必要に迫られない限り戦いたくないらしい。しかし、「暴力をふるいそうな感じ」だけでこっちは全然怖いし、ふるったあとで必要な暴力と言いかねないので信用できない。

 あるいは「こんなに喧嘩してるのに暴力嫌いって言っちゃう俺」に酔ってる可能性もある。やる気ないのに強いのがかっけーみたいな。不良の考えそうなことだ。

 あと、大切なものは彼女とか言っているくせに女をはべらせている。庵チームのメンバーといえばマチュアとバイス。平たく言えばエロい秘書二人だ。主人公の草薙京は柔道家とナルシストを連れた男三人所帯なのに。ずるい。

 庵といえば気になるのは、紐だ。

 髪の色と同じように真っ赤なぴったぴたのズボンを庵は履いている。そしてなぜか両膝を紐のような赤いベルトで「ぷらーん」とつないでいる。たぶんオシャレなのだ。

 その格好のまま相手と戦う。いくら「ぷらーん」としているとはいえ、両足を紐でつないだままでは動きにくいに決まっている。自由に足が開けないからだ。殺し合いに近い戦いに挑むというのに、正気の沙汰ではない。相手に対し「ハンデはこれくらいでいいか?」という挑発の意味もあるのだろうか。やっぱり仲良くなれそうにない。

 もし紐が「ビン!」ってなったせいで足がもつれて転んだりしたら、格好悪いことこの上ない。プライド高そうだから勝つとか負けるとかいう以前に、転ぶこと自体が大屈辱だろう。そんな要らないリスクと庵は戦っている。

 あるいは、間抜けをさらさないために紐の長さを絶妙に調整しているのかもしれない。色々な型の蹴りを試し、紐の伸び幅を計算し、激しく動いても「ビン!」ってならないけど、オシャレとしても成立する長さを徹底的に研究したのだ。情けない姿を見せたくないから、真夜中の部屋で一人黙々と試したはず。

 練習中は調整が足らず「ビン!」ってなることもあったろう。変な筋を痛めて部屋をのたうちまわることもあったろう。ついでにちぎれてしまい、服屋さんに新しいベルトを買いにいくこともあったろう。痛めた足を引きずりながら。さも戦いで負傷したような顔で。

 それでも、庵はめげなかった。俺は紐を「ぷらーん」ってさせたい。紐を「ぷらーん」ってさせるためなら、これしきの試練耐えてみせる。

 その成果なのか、ゲーム中に庵の紐が「ビン!」ってなって転んだりすることはない。きっと戦いに勝った庵は、勝利の喜びよりも紐が「ビン!」ってならなかった安堵に満ち溢れていることだろう。「月を見るたび思いだせ!」とか言いながら、自分はちぎれた紐を前に一人泣いた夜を思いだしているのだ。

 意外と真面目な人のような気がしてきた。もし同じクラスになったら紐のことを思いだして、びびらず話しかけてみようかな。