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餃子の写真を見て餃子を食べたくなるような写真を撮りたい

お久しぶりすぎる。
忙しいということを理由に言葉にすることを
疎かにしていた。

自分の言葉(こころ)に向き合って
その言葉の思いの本当の意味を
ちゃんと受け止めてやりたい。

それを1番ちゃんとできるのは
自分自身やからね。

日々いろいろな事を思う、考える、疑問に思う。
その中で自分の価値観だったり大切にしているものを知る。

俺は写真だけで表現するというよりは
言葉と写真で表現したいと思う。

そう思った矢先に
あるカメラマンさんが先輩の作品を見て
こう言ってた

写真に対して言葉を添えているのは
写真だけでは伝えられるものが少ないからじゃないか?

写真を通して伝えたいことを
言葉で補強しているつもりが
言葉メインになっていないか?

この言葉を聞いた時
「ん?」ってなった
その先輩の表現を初めて見た時
感動したし言葉も写真も素敵だなと俺は思ったから

その先輩の作品たちを否定された=俺の感動を否定された
ように感じたんやと今は思う

この出来事の翌日
東京写真美術館 「APA WARD 2023」写真展を見に行った

展示されている写真を見た時に
展示されている写真が動画のように見えた
その場に自分がいるように感じたり
声や音が聞こえてきたり
自然と涙が出そうになったり
言葉というものがなくても
見た人に言葉を感情を与える写真が多かった

その時
あのカメラマンさんが言っていた本来の意味を理解して
なるほどな。これがプロか…と感じた

実際、この写真展で俺は心を動かされた
こうやってnoteに綴っているのもその影響だし
写真展に行ってからは写真を撮るようになったし
餃子の写真を見てその日は餃子が食べたくなって餃子を食べたし

食べ物の写真を見て食べたくなる
風景の写真を見てそこに行きたくなる
家族写真を見て家族に会いたくなる
写真を見て写真を撮りたくなる

心を動かして人を動かす
そういう写真を撮る



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